『ウァース』とは、なんなのか?
「ティナ、あなたはロブソン公爵が拷問の際に言っていた『ウァース』に心当たりはある? 彼は私がそれを持っていると信じ込んでいたようだけれど、心当たりがないの」
ガートルードはずっと考えているのだが、やはりそれがなんなのか見当もつかない。
侍女としてずっとそばにいたティナが、何か気づいたことはないだろうか。
「いいえ、まったく……。グラッドストン大聖堂に関連するものでしょうか? 儀式のアイテムとか」
「ここで聖女として暮らすうちに、何かの機密に触れたということ? でもそれなら、私以外の四人の聖女も条件は同じなはず」
「そうですね」
頷いたティナはしばらく考え込んでから、ポツリと呟きを漏らした。
「あるいは……『ウァース』は生きものとか?」
「生きもの?」
「物質であるとは限らないなと思ったんです。お嬢様が過去に会った誰か……という可能性も」
「確かにそうね。柔軟に考える必要がある」
そもそもロブソン公爵はどういう訳で、ガートルードが『ウァース』の行方を知っていると思い込んだのだろう?
彼に攫われた時、ガートルードは初め『これは過去のいざこざが原因だ』と考えていた。ロブソン公爵は元々ガートルードに激しく執着していたから。
けれど会話をしてみて、すぐにそれは違うというのが分かった。彼は気が狂わんばかりに『ウァース』を求めていた。
とにかく謎が多い。これから本人に会って、『もっとヒントをください』と頼んでみるわけにもいかないし。
そんなことをすれば『藪をつついて蛇を出す』というやつで、下手をすれば十月を待たずに前倒しで、ロブソン公爵に監禁・殺害される恐れもある。二周目も同じ目に遭うのは絶対に嫌だ。
「お嬢様、カリディア侯爵に助けを求めるべきです」
ティナが改まった口調でそう切り出した。
父に助けを……ガートルードはティナの生真面目な顔をじっと見返す。
言いたいことは分かる。でも、それは現実的だろうか? ガートルードは疑問に思うのだ。
「ティナ、正直に言うと私……父様はこの件を解決できないと思う」
「ですがカリディア侯爵は、お嬢様を深く愛しておいでです」
「それでもロブソン公爵の力は絶大だわ。優しい父ではおそらく勝てない」
圧倒的な身分差がある。父では勝負にもならないだろう。五年前は裏技を使ってなんとかしのいだ。もうあの手は使えない。
「お嬢様……」
「それにこんな話、誰も信じないわ。――私たちは十月になぶり殺されたはずなんですけど、ふと気づいたら、ふたりとも半年ほど時間が巻き戻っていました――なんて」
ガートルードはティナを促して歩き始めた。
* * *
彼女たちが話していた廊下の手前――角を曲がったところに身を潜めていたフルーリエン伯爵は、微かに眉根を寄せた。
物思うような表情を浮かべると、彼の美しい青緑の虹彩が深みを増す。
……時間が巻き戻っている、だと? にわかには信じがたいが……。
しかしそう言われてみれば、階段のところで交わした奇妙なやり取りにも納得がいく。ガートルードは『この出来事は二度目だ』と主張していた。彼女は追い詰められていたし、真剣だった。
「鍵はガートルード・カリディアなのか……?」
ようやく取っかかりを掴んだかもしれない。
フルーリエン伯爵は襟元を整え、優雅な身のこなしでそっとその場を離れた。