表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/38

ロブソン公爵に殴られた傷がない


 ふたりはグラッドストン大聖堂のホールを突っ切ったあと、東翼の人気ひとけのないエリアに入った。


 ガートルードは歩きながらティナの手をきゅっと強く握る――そこに彼女がいることを確かめるように。


 ティナもまた必死に手を握り返した。


 ふたりは小さなイカダに乗せられ、嵐の海に放り出されたような心地だった。


 けれど最低最悪なことばかりじゃない。互いの存在を今、強く意識している。


 ――私たちは助け合えるし、きっとふたりで乗り越えられるわ。


 近くに誰もいないことを確認し、ガートルードは足を止めてティナに向き合った。ふたりは廊下の端で対峙し、小声で話し始めた。


「時間が戻っているわ――半年も」


 ガートルードが告げると、ティナは呆気に取られている。すぐには言葉が出てこない様子だ。


「信じられないわよね。今、四月なのよ。私たちは十月まで過ごしたはずなのに」


「そんな……何が起きているのでしょう?」


「ねぇ、半年前――つまりそれは『今現在』のことだけれど」


 ややこしいわね、ガートルードは眉根を寄せる。


「私がフルーリエン伯爵に助けられたこと、覚えている?」


「そういえば四月……でしたね。お嬢様が階段から足を踏み外したことがありました。偶然フルーリエン伯爵が真下にいらして、受け止めてくださったので、お嬢様は怪我をしないですみました」


「そう。あの時、ティナはこの近くにいて、落下の際に私が上げた悲鳴を聞きつけて、駆けつけてくれたんじゃなかった? それで階段の上から、私がフルーリエン伯爵に抱え込まれているのを目撃したのよね」


「ええ……寄り添うふたりの姿を上階から見おろして、割って入るのをなんとなく躊躇ったような記憶が」


「どうして?」


「あ、いえ、なんだか邪魔するのも、と……」


 ティナは気まずそうに視線を逸らしている。……どういう意味かしら?


 よく分からなかったが、この部分は本題ではないので、流すことにする。


「私たち、時間を半年遡っているけれど、戻ったのは心だけで、体は当時のままなのよね」


「どうしてそれが分かるのですか――あ、そうか、体に拷問の傷がない、から」


「そう。今の私にはロブソン公爵に殴られた傷がない。それに、一緒に攫われたあなたの髪はほつれていたけれど、今はピシッとしている」


「そうですか」


 ティナは言われて気づいたというように、自身の髪に触れた。


 現状、ガートルードのほうが状況を正確に把握している。


 元々ガートルードのほうが肝は据わっていたけれど、それとは別に、第三者と喋ったというのも大きいかもしれない。ガートルードはフルーリエン伯爵と話したことで、ティナよりも客観性を得ている。


「オリジナル――一周目の四月と同じ状況だったのは、私が階段を落ちるところまで、ね。だってその後私たちは、ここで話し込んだりしなかったもの」


「確かに」


「つまり二周目の今は、過去を改変していることになるわ」


「この時間は……会話しているだけですが、改変に入るのでしょうか?」


「そう思う。私たちには四月から十月までの記憶が残っていて、それが今ふたりに、過去と違う行動を取らせている。私たちはこれから何度も、一周目とは違う行動を選択していくはず。――二周目は準備も用意もできる。次は勝ちましょう、ティナ」


「もうロブソン公爵の好きにはさせません」


「ひとりきりだったら、泣き出したくなっていたでしょうけれど、私たちはふたりで支え合えるわ」


「今度こそ必ずお嬢様をお護りします」


 ティナがガートルードの手を取った。


 ……あなたをどこか遠くにやって、せめてティナだけでも助けるという方法も選べるけれど……


「お嬢様、私は絶対におそばを離れません」


 いつもはフワフワと朗らかなティナが、厳しい顔つきでこちらを見つめてくる。


 ガートルードの涙腺がふたたび緩んだ。


「……馬鹿ね。あなたには関係ないことなのに」


「関係なくありません。一度、私も殺されています。これはすでに私の問題でもあるんです」


 今の台詞はガートルードから遠ざけられないよう、ティナなりに必死に理由を捻り出したのだろう。それが分かっているからこそ、ガートルードはティナをどうすべきか考えなければならないと思った。


 ガートルードは表情を暗くし、ティナに尋ねた。


「……あなたはどうやって死んだの?」


「頭部を殴られたお嬢様が動かなくなり、ロブソン公爵が死亡を確認したあと、私に注射を打ちました。毒薬だと思います。すごく苦しかったけれど、すぐに何も分からなくなって」


 殴る蹴るの暴行を受けるより、即効性の毒薬でかえってよかったのか……ガートルードには分からない。こんなふうに、マシな死因について真剣に考える日が来ようとは、夢にも思わなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ