勝って!
ガートルードは衝動めいた何かに呑み込まれた――彼女はたぶん激しく怒っていた。
もう嫌だわ――自分の非力さを悔やむのは嫌!
フルーリエン伯爵の姿は、五年前の父の姿を思い起こさせた。ガーデンパーティ会場で、格上のロブソン公爵からガートルードを護ってくれた父。
私はここでもまた護られるだけ? 私が今ここにいなかったら――フルーリエン伯爵ひとりだったなら、彼は逃げるという選択肢も選べたんじゃないの? ガートルードを安全に逃がす時間を稼ぐために、こうして条件が悪い中で戦わざるをえなくなった。
ガートルードは十月にティナを巻き込んだ。ティナはガートルードの侍女でなければ、あんな目に遭わずにすんだ。時間が半年巻き戻って――それでまたこうなるなら、新たに別の被害者を増やしただけだわ。
ガートルードが呼び出したりしなければ、フルーリエン伯爵は今日このカフェに来なかった。たとえ向かいの宝石店に用があったのだとしても、目的の『コクマー』だけをさっと回収して、今頃はキース殿下の執務室に戻っていたかも。
「フルーリエン伯爵――いつどうやって死ぬかは、私自身が決めるわ」
「……ガートルード?」
「ここであなたが負けたら、後ろにいる私も死ぬのよ、だからしっかり勝って!」
フルーリエン伯爵が虚を衝かれ、目を瞠る。
ふたりの視線が絡んだ。
彼の表情が変わった――端正な顔に、ふわりと淡い笑みが浮かぶ。それはまるで秋の木漏れ日のようだった。冬の到来を予期している、刹那的な安らぎ。
ガートルードは気持ちが通じ合ったのが分かった。
――私はどこにもいかない。
どんな結果になろうとも、ここにいる。だってあなたは私の夫になる人だから。
フルーリエン伯爵がモーリーンに短く命じた。
「何があってもガートルードを護れ」
「はい、必ず」
モーリーンが身をかがめ、足元に留めてあった短剣を引き抜く。お茶を飲んでいた時はのんびりして見えた顔が、今は厳しく引き締まっている。
「――来るぞ」
フルーリエン伯爵の警告とほぼ同時に、
――ドガァァァン!!!!
前方で凄まじい破壊音が響いた。大砲でも撃ち込んだような轟音で、鼓膜がビリビリと痺れる。
音が響く一瞬前に、左から右へ何かが横切ったのが、ガートルードにもかろうじて目視できた。それはとんでもない速さで、残像のひとコマを網膜が奇跡的に捉えたにすぎなかったのだが。
通りを挟んだ宝石店の前に土煙が立ち込める。横手から飛んで来た何かが壁面を破壊したようで、粉塵が舞っている。それが風で流されると、いくらか視界が晴れ、入口扉から看板らしきものの脚が突き出ているのが見えた。
現在地のカフェは角地に建っていて、ガートルードたちが今いるのが、東通り沿いのテラス席。
前方十メートルほど先で建物が途切れ、その向こうは北通りに接している。
その角から身の丈三メートルはあろうかという、巨大な骸骨騎士が現れた。
そしてそれに続き、通常サイズのスケルトンがワラワラと出て来る。二、三、四、五体、さらにもっと――……瞬く間に数が増えていった。
巨大な骸骨騎士だけ目指す場所が違うようだ――一体だけ迷いなくメインストリートに足を踏み出し、宝石店のほうへ向かう。
そのほかのスケルトンはすべてこちらに向かって来る。
そんな中、薄紅赤の長い髪を下ろした、人型の美しい悪魔がフラリと現れた。彼は手に細長いレイピアを提げている。
その悪魔が歩道の際で足を止め、フルーリエン伯爵をしっかりと見据えた。顎を微かに上げ、うっとりと陶酔したような笑みを浮かべる。
悪魔の唇がなまめかしく動いた。
――『ミ・ナ・ゴ・ロ・シ・ダ』――
ニ十体弱のスケルトンが、大雨のあとの川の濁流のように、前のめりにこちらに押し寄せて来た。




