フルーリエン伯爵、ガートルードに完全服従
「フルーリエン伯爵――私たちこれから、宝石店でイザベラさんと鉢合わせするわけですよね?」
「そうですね。すみません、彼女がいつ宝石店を出るつもりか分からないので、あとの予定もあるし、これ以上は待てない」
「別に構いませんが、宝石店で私が不愉快な思いをすることは、ないですね?」
「…………」
「私、誰かにジロジロと値踏みされるように見られるのは嫌ですわ」
「…………ガートルード。やはり先にグラッドストン大聖堂に送ります。フィニー隊長には会わないほうがいいかもしれない」
「いいえ、それはだめ」
「しかし」
「コクマーは私も確認しないと」
「そうだけど」
「過去、イザベラさんとデートしたことは?」
「ありません」
「ふぅん……本当に?」
「ええ、誓って」
防戦一方のフルーリエン伯爵は、『浮気もしていないのに、どうして浮気男の末路みたいな気分を味わわされているのだろうか?』と考えていた。
全部キース殿下のせいだ。
キース殿下は『永遠の十四歳』と呼ばれているくせに、酸いも甘いも噛み分けているかのように、時折妙な勘の良さを発揮する。彼はすぐにイザベラに目をつけた。
「――イザベラ・フィニー、あの女、お前に気があるぞ」
彼がそう言い出した時、フルーリエン伯爵は素早く頭の中で計算した――少々の面倒臭さはあるけれど、その気持ちを利用すれば、ローズ騎士団を上手に制御できないだろうか。
キース殿下がニヤリと笑う。
「馬鹿と鋏は使いようだな」
乙女の純情を弄ぶ、なかなかの鬼畜発言だが、キース殿下はそもそもそういう人だ。そしてフルーリエン伯爵もまた、任務であるのなら、ある程度は割り切ることができる。
キース殿下に「お前の女子人気のおかげで、俺はものすごく楽ができている」と言われ、肩をポンポンと叩かれ、今に至る。
――とはいえローズ騎士団は、キース殿下にとって脅威ではなかった。彼曰く、『いい感じのウザさ』とのことである。
その程度なら、特に注意を払う必要もない。だからフルーリエン伯爵はイザベラ・フィニーを口説いたことはなかったし、何か具体的に彼女を利用したこともなかった。
ただ、彼女は職務にかこつけて、フルーリエン伯爵ばかりを執拗にマークしたがったので、それを逆手に取ったことは何度かあった。――フェイク情報をこれみよがしに彼女の前で扱い、攪乱したり。面倒な案件があれば、わざと「ローズ騎士団より先に、我々が解決しなければ」という会話を彼女に聞かせ、向こうの競争心を煽って押しつけたり。そして重要なミッションの際は、上手く尾行を撒いてきた。
――付かず離れず――彼女の気持ちを引きつけておけば、少々のメリットはあるので、フルーリエン伯爵は時折イザベラにいい顔をした。事務的な数秒間の会話であっても、相手をドキリとさせることは可能だ。
……そんなふうに不実なことをしてきたツケが、今まさに回ってきている。
ガートルードがイザベラと対面した場合、どうなるだろうか。
少し前までは、自分はガートルードを最優先するし、イザベラのことはなんとも思っていないのだから、三者で顔を合わせたとしても、別に構わないだろうと考えていた。
しかし、だ――やはりマズイ気がする。
イザベラは思い込みが激しいので、『私たち心で通じ合っているわよね』という感じを出してきそうだ。それをガートルードが見た時に、本当に問題は起きないのか?
厄介な要素はほかにもある――ローズ騎士団の副隊長ボイトは、フルーリエン伯爵個人に反感を抱いている。そしておそらくだが、ボイトはガートルードのような女性が好みだ。……あいつがしゃしゃり出てきたら、最悪だな。今も近くにいるだろうし。
「……あの、ガートルードさん」
やはりなんとかしてガートルードを先に帰そう――彼女をグラッドストン大聖堂まで送り届け、またここまで戻ればいい――そう決めて、切り出そうとしたのだが。
彼女が上半身をテーブル上に乗り出し、右手を伸ばして来た。
フルーリエン伯爵は二の句を継げず、ただ彼女を見つめることしかできなかった。
ガートルードがこちらのタイに触れ、伏し目がちに吐息を漏らす。
「フルーリエン伯爵……あのね」
彼女の金色の虹彩が、ゆっくりとフルーリエン伯爵を絡め取った。
「――私と婚約したら、イザベラさんにいい顔をしてはだめよ」
緩急――言葉に気を取られていると、タイをくい、と引かれる。
フルーリエン伯爵は彼女の手の甲に、自身の手のひらをそっと重ねた。
そして、
「重々承知しました」
と静かに答えた。
……普段の彼は、キース殿下が相手であっても、ここまで従順ではない。




