僕たちは良いコンビになれます
「……ガートルード」
「はい、なんでしょう」
フルーリエン伯爵は気分を切り替え、事務的に話を進めることにした。
「あらかじめ言っておきますが、宝石店には今、ローズ騎士団の隊長がいます。そのせいで少し、面倒な思いをさせるかもしれません」
ガートルードはフルーリエン伯爵の端正な顔を見つめ返した。
……ローズ騎士団……というのは、どんな組織なのかしら。
十五歳でグラッドストン大聖堂に入り、俗世から隔離されて暮らしてきたので、ガートルードは一般常識に欠ける部分がある。外のことでも、爆発的に人気があるものについては、ほかの聖女や修道女たちが話題に挙げるので、耳にする機会もあるのだが。
「ローズ騎士団というのは、フルーリエン伯爵とどのようなご関係なのでしょうか?」
「敵対関係――というと大袈裟ですが、良好な関係にないのは確かですね」
「そうなのですか」
「ローズ騎士団はジェームズ王弟殿下が指揮している組織です。――彼らは場合によりこちらの後方支援をすることもありますが、基本的には、キース殿下が無茶をしないよう監視をするのが、自分たちの存在意義だと考えているらしい」
なんとなくであるが、フルーリエン伯爵はそういった面倒なしがらみも、さらりとスマートに躱してしまいそうなイメージがあった。相手がムキになって両手を広げて立ちはだかっても、水の流れのようにすり抜けてしまいそう。
けれど「面倒な思いをさせるかもしれません」とガートルードにわざわざ断ったくらいだから、普段から相当手を焼いているのだろうか。
――それともうひとつ、気になったのが。
「フルーリエン伯爵――どうしてローズ騎士団の隊長が、宝石店にいるのをご存知なのですか?」
元々ローズ騎士団と宝石店で合流する予定だったなら、ガートルードを連れて立ち寄るという発想にならなそうである。互いに仲が悪いなら尚更で、『デート後に女を連れて来た』と言われそうだから、フルーリエン伯爵はそのリスクを回避しそう。
「先ほど、ローズ騎士団の隊長が宝石店に入って行くのが見えました」
え、見えた?
「でも、フルーリエン伯爵はお店のほうに背中を向けていますよね? お話の最中、一度も振り返らなかったのに」
ガートルードの右斜め前方にお店があり、対面のフルーリエン伯爵からは完全に死角に当たるはず。
すると彼が一瞬、チラリと卓上のシュガーポットに視線を向けた。――このカフェのシュガーポットは、表面がツルリとした金属製である。
ガートルードは呆気に取られた。……まさか、反射で見たの?
会話の最中、彼はガートルードの話をしっかり聞いていた。対面の相手に誠実に向き合いながら、こんなふうに細やかに、ほかにも気を配れるものなのだろうか?
ガートルードのほうはフルーリエン伯爵との会話に集中しすぎていて、周囲にはまるで注意を払っていなかった。
通りを挟んだ宝石店に誰が入って行こうが、まるで気づいてもいなかったし、さらに言えばこのカフェに関してもそうである。――隣席にも客がいるが、その人を背景としてしか認識していなかった。よくよく見てみれば、四十代くらいの女性がひとり腰かけていて、ガートルードは『私ったら、なんて迂闊なのかしら』と思った。
あるいは――私は自覚しているより、フルーリエン伯爵に心を開いてるのかしら? ロブソン公爵に狙われたことで、なんでも過敏になりがちなはずなのに、対面にフルーリエン伯爵がいてくれる――そのことに安心して、リラックスしきっていたわけだ。
「特殊な訓練を受けているだけなので、お気になさらず」
フルーリエン伯爵がなんてことないというように言う。
「……私は特殊な訓練を受けたとしても、あなたのようにはなれないと思います」
眉尻を下げるガートルードを眺め、彼がくすりと笑みを漏らす。
「それなら僕たちは良いコンビになれますね」
「え?」
「僕は周囲に気を配れるし、あなたは良い香りの石鹸を作れる。互いにできないことを補い合える関係は理想です」
「私の能力、あなたの役に立つとは思えないけれど」
「そんなことはありません。あなたはただそこにいるだけで、無敵だと思いますよ」
からかっているのか、女性を気持ちよく持ち上げる彼なりのマナーなのか、なんとも微妙なラインの発言だった。
けれどフルーリエン伯爵の笑みは上品で、それでいてとても楽しげに感じられたので、悪い気がするわけもない。ガートルードは耳が熱くなるのを感じた。
「もう……フルーリエン伯爵、私を困らせないでください」
「分かりました」
彼の瞳はまだ物柔らかなままで、ガートルードの耳はますます赤くなる。




