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そうやって僕を翻弄するのをやめてくれないか


「ミス・カリディア――婚約の件は、僕とカリディア侯爵とで具体的に話を進めることにします。時折あなたとお会いして進捗をお伝えするようにしますが、ご家庭内でも情報共有しておいてください」


 フルーリエン伯爵の青緑の瞳が、真っ直ぐこちらに向けられる。


 ――清廉なサファイア。そして安らぎのエメラルド。ふたつの要素が綺麗に混ざり合っている。


 ガートルードは笑みを浮かべようとして、どういう訳か失敗してしまった。


 こうして彼と会うまで、ガートルードは追い詰められていたし、状況を少しでも良くしようと必死だった。わらにも縋る思いで、フルーリエン伯爵との対面に賭けた。


 彼はたぶん政略結婚に対する考えがドライで、メリット・デメリットを検討した結果、ガートルードと縁を結ぶことが、今後の展開が有利になると判断したのだろう。


 すごく助かるし、ありがたい。心からお礼を言いたかった。曇りなくにっこりと笑って、感謝を伝えたい。


 それなのに。


 どうしてかしら……瞳がじんわりと熱くなる。自分ではコントロールできない衝動めいた何かが胸に溢れてきて、困った。彼に恋をしているわけではないはずなのに、打算で結婚を申し込んでしまったことが、申し訳なくもあった。


 私にできることって何かしら……ガートルードは考えを巡らせる。


 あなたは多くのものを持っている。そんな中で、私があなたに渡せるものは何?


 絶対に後悔させないわ――さっきはそんなふうに冗談を言ったけれど、本当は全然自信がないの。あなたを喜ばせることができるかどうか、分からない。


 だけどね。


 私はあなたが結婚の話を受けてくれて本当に嬉しいと思っているから、これからはその感謝を、行動で示すわ。


 あなたに対して誠実でいる。


 あなたに尽くす。


 私にできることは、たぶんそのくらいしかないけれど。


「ありがとう」


 短い言葉に多くの気持ちを込めた。――この恩は必ず返すわ。必ず、生涯かけて。


 彼はしばらくのあいだ何も言わずに、こちらを見つめ返していた。


 静かで、どこか温かみのある表情だった。そして少し困っているようでもあった。


「ミス・カリディア――……ガートルードと呼んでも?」


 ふたたび口を開いたフルーリエン伯爵の声はやはり素敵で、ガートルードの口角は自然と上がっていた。


「ええ、もちろん」


「もう少し君と過ごしたいけれど、今日は時間があまりないんです」


 ガートルードは寂しく感じた。……もうお別れなのね、そんなことを思った。


 けれど困らせるわけにもいかない。ガートルードは綺麗な笑みを浮かべる。


「お忙しいところ、お時間をくださって感謝しています」


「いえ、慌ただしくて申し訳ない」


 彼、演技が上手いわ……ガートルードはそんなことを考えていた。


 彼も私と同じように、少し名残惜しそうに見えるもの。……でも、たぶん気のせいね。


「あなたのことはグラッドストン大聖堂まできちんと送り届けます」


「はい」


「ただ、その前に少し寄り道してもいいでしょうか?」


 意外な質問だった。ガートルードは小首を傾げる。


「ええ、大丈夫です」


「君とのデートを早く切り上げるのは、キース殿下から頼まれたお使いが原因で」


 ……デート……ガートルードは本題と関係ない部分に意識を持っていかれた。かぁ、と頬が赤らむ。


 ガートルードがモジモジと俯くと、フルーリエン伯爵はテーブルの上にそっと肘を突き、両手の指を組み合わせたあとで、それを支えとするように額を押しつけ、無言で下を向いた。


 彼の表情は相変わらず凪いでいたが、内心では困り果てていた。


 ……ガートルード……そうやって僕を翻弄するのをやめてくれないか。


 君の感情がどこで振れるのか分からない。分からないから、用心しようがないのだが。


 どうすりゃいいんだ……。


 先日キース殿下から、「できるか?」と問われたことを思い出す。打算まみれでガートルードと付き合えるのか、遊び慣れていない箱入り娘を手元に置けるのか、目的達成のために彼女を利用できるのか、と。


 それに対し、自分は「問題ありません」と答えた。何も期待していないぶん、うまく対処できる――あの時は本当にそう信じていたのだ。


 ……過去の自分に説教をしたい気持ちになってきた。


 ふたりは互いにあれこれ頭の中で考えを巡らせたあとで、ゆっくりと顔を上げた。


 もうボロを出さないようにしなくてはと、どちらも微妙に笑んだようなポーカーフェイスを保とうとしているのが、傍目には奇異に映ったかもしれない。


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