君のほうが百倍もスイート
「ええ!」
ガートルードは衝撃を受けた。
「それ、怒っていいんじゃない?」
「僕が怒る前に、キース殿下がブチ切れたけれど」
あの馬鹿げた騒動を思い出し、フルーリエン伯爵が遠い目になる。
――大人な彼がげんなりしているさまは、ガートルードからするとなんだか可愛らしく感じられた。
「僕と、悪魔と、キース殿下――三者で揉めに揉めたあと、こちらが泣くことにしました。結局『十パーセント以下』という条件は破っていないことになるし、情報はどうしても欲しかったから」
「力はいつか戻してもらえるんですか?」
「そうですね、でもまだ当分難しい。……ただ、キース殿下が本気でゴネたおかげで、悪魔が譲歩しまして。現状でも、数分間だけなら、百パーセント使える」
「あら」
「でも百パーセント使用すると、そのあと僕は気絶します」
「え」
「現状『ない』魔力を強制的に使おうとするわけだから、別のところから引っ張ってくるしかない。つまり体力を削って、魔力に代替する仕組みです」
「現状『ない』……ですか」ガートルードは不思議に感じた。「でも、もともとフルーリエン伯爵は膨大な魔力を持っていらしたのでしょう? 悪魔が出力を抑えているだけで、いつも体の中にあるのでは?」
「いえ、僕の魔力は今現在、悪魔が別のことに利用しています。体から定量抜き続ける魔術式が組まれているので、非常事態もそれは継続される」
「……なるほど」
「そんな訳で数分間はまともに戦えますが、あまり意味はないのかもしれない。力を全解放しないとヤバイ敵に遭遇して、数分後絶対に気絶するというのは、状況的に詰んでいるので」
フルーリエン伯爵が微かに眉根を寄せた。
「常時一パーセントで戦っていくのは、正直しんどい。あとで悪魔に訊いたら――そこそこ強い人間は十パーセント程度残るはずだが、強ければ強いほどさらに力が抑えられる――そういう仕組みらしくて。……そんなのってある? 総量から、決まった量が引かれると思うじゃないか? なんと残す量の上限値が決まっているシステムだった」
「そうねぇ」
ガートルードは頬に手を当て優雅にため息を吐いてから、ふと可笑しそうな笑みを浮かべた。
フルーリエン伯爵が半目になる。
「……今の話で、笑うところありました?」
「いえ、だって」
今度こそガートルードははっきりと笑った。金色の虹彩が輝いている。
「あなたってお人好しだな、と思って」
「そんなこと、初めて言われました」
「フルーリエン伯爵は損な約束ばかりさせられています」
「かもね。君と結婚させられそうだし」
「そうね。可哀想」
「けれどその代わりに、ミス・カリディアは心から僕に尽くしてくれるんでしたっけ?」
結婚してくれたら、心からあなたに尽くす――彼女は少し前にそう言った。
「ええ」キャンディみたいに甘い笑みを浮かべるガートルード。「絶対に後悔させないわ」
「大きく出ましたね」
「疑うの?」
「さぁどうだろう」
「いいわ――じゃあ、ここで、私がサービス精神旺盛だというのを教えてあげます」
ガートルードがテーブルに肘を突き、前のめりになる。
彼女の形の良い胸が強調され、フルーリエン伯爵の思考が一瞬止まりかけた。
「……どうやって?」
機械的に返しながら、彼女の金色の虹彩を見返す。
……この悪戯好きな女性と、これから先、自分のペースを崩さず付き合っていけるのだろうか?
「優しい私が、あなたのお茶に砂糖を入れてあげるわ」
先ほど給仕されたばかりのティーカップをチョイチョイと指すガートルード。
……君は何を笑っているんだ、まったく。
「僕は紅茶に砂糖は入れない」
「甘いのも美味しいわよ」
「そうですか……でも結構」
砂糖よりも、君のほうが百倍もスイートだ。
フルーリエン伯爵は視線を彼女から逸らし、表情こそ変えなかったものの、『もうお手上げかもしれない』と考えていた。




