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フルーリエン伯爵は弱いという、ボイトの思い込み


 ボイトはボイトで色々拗らせているので、フルーリエン伯爵に強い苛立ちを覚えた。


「というか、フルーリエン伯爵は本当に可哀想なんですかね? むしろキース殿下がお気の毒なのでは?」


「え?」


「だってフルーリエン伯爵って、ありえないくらい、すごく弱いじゃないですか。キース殿下が子供じみているんだから、そのぶん部下のフルーリエン伯爵がしっかりしないといけない。――けれど、どうです? フルーリエン伯爵は笑えるくらい弱い」


「弱、い……と言い切ってしまうのは、どうかしら」


 ヒク、とイザベラの目元が痙攣する。


「別に、その、弱くはないんじゃない?」


「弱いですよ」


「でも」


「つい先日、彼はオーク十体ごときに手こずっていたんです。たまたまそこに居合わせた私がすべて退治してやりましたが」


「そ、そう……その話、初めて聞いたわ」


「自慢するほどのことでもないのでね」


 と言いつつ、結局ここで自慢しているボイト。


 腕組みをして、フンと鼻を鳴らす。


「フルーリエン伯爵はまったく情けない。キース殿下の側近を務めるなら、あのくらいはひとりでなんとかできなくては」


「ちょっと、言いすぎよ」


 イザベラはムッとした。


「その意見は厳しすぎるわ。だってあなたは王国一の騎士でしょ――馬上槍試合では五年連続で優勝している猛者だもの。自分ができるからって、皆が同じことをできると思わないで」


「まぁ、それはそうかもしれませんが」


 ボイトは渋々頷いてみせたが、それでもフルーリエン伯爵に対して、微塵も敬意を持てそうになかった。


 ――確かに自分は無敵だ。でも、だからなんだって言うんだ?


 この強さは楽をして手に入れたものではない。血の滲むような努力を重ねて、やっとこの境地に辿り着いた。


 大体だな――情けないのはフルーリエン伯爵だけじゃないぞ。キース殿下直属の部隊全員、情けない。


 彼らは誰ひとりとして馬上槍試合に出たことがないのだ。負けるのが怖いからだろう。


 そういうズルイところが気に入らない。努力もせず、結果も出さず。恥をかくのが怖くて、逃げ続ける。


 そしていざオークに襲われたら、ひとりでは何もできない。ボイトだって、魔物十体をひとりで倒すのは楽ではなかった。けれどやった。代わりにやってくれる人間がほかにいないからだ。


 外見が良いというだけで、人生で楽をしてきたフルーリエン伯爵――ボイトに助けてもらって、恥ずかしくなかったのだろうか。


 あの時「助かりました」と素直に礼を言われ、ひどく腹が立った。「助かりました」じゃないだろ。もっと恥じろ。恥じて死ね、と言いたい。


「イザベラ様、フルーリエン伯爵をかばうのはおやめください。――やはり、弱い騎士はダサイですよ。フルーリエン伯爵はこの上なくダサイ」


「うっ……でも、そんなに弱くない……かもよ? ええと、その、十体のオークに手こずった時は、ちょっと風邪気味だった、とか……? 彼の事情は分からないじゃない」


「いえ、別日、彼が夜遅くに第五訓練所で稽古しているのを見たんです」


「珍しいわね」イザベラは不意を突かれたようだ。「フルーリエン伯爵は普段そこを使わないでしょう」


「ええ、キース殿下直轄の第一訓練所が、その夜は使えなかったみたいですね。――フルーリエン伯爵が、彼の部下であるクリンガーと手合わせしていたので、面白そうだから遠目に見学したんですよ。そうしたらもう……すべてが幼稚すぎて」


「幼稚……」


「気の利いた魔法は使えないようだし、魔法剣も使いこなせていない。強者につきものの圧がまるでない。クリンガーのほうが明らかに手を抜いていて、すぐに『もうやめましょう』と声をかけていた」


「そ、そう……」


 イザベラの顔色は悪い。


 キース殿下の悪口ならいくら聞いても構わないが、自分が推しているフルーリエン伯爵をこうも貶されると、ものすごく嫌な気分になる。


 というかね……ボイトが規格外に強すぎるのよ。そりゃあ、あなたと比べれば、誰だって軟弱でしょうよ。


 ボイトは少し大人げないと思う。なぜかフルーリエン伯爵にだけ、理不尽に評価が厳しいわ。あなたの理論でいけば、この国の騎士は全員『幼稚』ってことになるじゃない。なのにフルーリエン伯爵だけ狙い撃ちで、親のかたきみたいに貶すなんてひどい。それってただ彼にケチをつけたいだけでしょ。


 苛立ちを覚えながら視線を巡らせると、通りを挟んだ向こう側に宝石店が見えた。……あそこはイザベラの馴染みの店だ。


「私、しばらく外すわ」


「イザベラ様?」


「宝石店に挨拶をしてくる。ほら――あそこは知り合いの店だから、向こうが先に気づいて、大声で話しかけてくるかもしれない。そうしたらマズイでしょう? カフェにいるフルーリエン伯爵の注意を引きたくないし」


「ああ、なるほど、分かりました」


 なかなかに無茶な言い訳だったが、ボイトが疑わなかったので、イザベラはそそくさと歩き出した。


 歩きながらどんどん腹が立ってくる。


 ……ボイトのやつぅ……フルーリエン伯爵の悪口を好き勝手に言わないでよね! 性格悪すぎない? どうせあれでしょう――フルーリエン伯爵が格好良いから、嫉妬してるのよね! ダサすぎ!


 大体ね、あなた私より弱いじゃない! たとえ剣術でまさっても、魔法の実力は私のほうが上だから! 女性は馬上槍試合に出られないから、そのおかげであなたは優勝できただけよ! あのトーナメントが『男女混合、魔法使用可』だったら、私が優勝してたはずなの! もう、腹立つわぁ、生意気ぃ!


 イザベラは『陰口仲間と方向性が合わず、気分を害したので、職務放棄してみた』という、騎士にあるまじき、中々に痛い行動に出た。


 原因を遡ってみれば、一方的に悪口を聞かされたわけではなく、そもそも自分が言い出したから、こうなったというのに。


 他人のことはものすごく厳しい目で見るのに、自分に対してはそのジャッジが甘々になるという、矛盾だらけのイザベラなのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 何だこいつら…。 騎士道なんか無い世界なんですかね。
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