ヤキモチを焼くイザベラ
イザベラははぁ、と額を押さえた。先ほどよりも声を抑えて続ける。
「でも、キース殿下にうんざりするのは無理もないことでしょう? ――ジェームズ王弟殿下も、私も、あなたも――ローズ騎士団の面々は、気苦労が絶えないわ。それはキース殿下がのらりくらり遊んでばかりいるからよ。それでいて、意外と各所で人気があるの。納得がいかない! キース殿下が駄目人間なのを知っているのは、我々ローズ騎士団の人間だけ。ということはつまり、よ――ローズ騎士団がこっそり支えて『あげている』からこそ、キース殿下はなんとかやれているってことでしょ?」
「それは、確かに」
ボイトの顔に怒りが滲む。彼もまたキース殿下とその直属部隊については、日頃から『どうしようもない』と考えていたからだ。
やつらは真面目に大規模訓練も行ったことがないし、『今、なんの課題に取り組んでいるか』をしっかり表明したこともない。魔物が町で被害を出しても、キース殿下が慌てて騒いだことは一度もなく、いつの間にか運良く解決している。キース殿下の長所は『とんでもない運の良さ』――それ以外に何もないのではないだろうか。
王太子があれでは、あまりにも不甲斐なさすぎる。せめて少しくらい慌てれば可愛げがあるものを、無能でふてぶてしいとは、良い点が見つからない。
上がだめだと、こうしてローズ騎士団の気苦労は増えるばかりなので、もっとしっかりしてほしい。
あるいは、だめならだめで、『自分は王太子としてあまりに無能だが、優秀なローズ騎士団のおかげで、なんとかボロを出さずに済んでいる。側近のフルーリエン伯爵も同じくだめなんだ――我々は本当にどうしようもなくて、申し訳ない』と下々に向けて正直に言うべきだ。
ふたりは苛々してきた。
ここにいないキース殿下のことを好き勝手に貶しているはずなのに、まったく爽快じゃない。悪口を言っているこちらがひたすらムカムカさせられて、相手は絶好調にツキまくって皆に一目置かれているだなんて、ものすごく理不尽だ。
イザベラの悪口が止まらなくなる。
「……ったく、このところ悪魔の動きが活発化しているのに、キース殿下ときたら!」
「まぁ、王太子殿下は元々子供じみた方ですから、仕方がありません」
「フルーリエン伯爵も可哀想に。今日カフェでガートルードに会えと、キース殿下に無理矢理命じられたのでしょうね。上に振り回されているんだわ」
「そうなのですか?」
「ええ、たぶん……だって、なんで今さらガートルード・カリディア? 彼女の功績って何? 無能聖女だし、フルーリエン伯爵の好みでもない。胸が大きいのは慎みがないわ。サラシを下に巻いて、平らに潰すべきよ。大体、家柄以外で、ガートルードに何かひとつでも価値があるの? 彼女と面会するよう、部下のフルーリエン伯爵に強要した、キース殿下の気が知れない」
「…………」
忠実なる部下のボイトが、ここで初めて困った顔をした。――『ガートルードに何かひとつでも価値があるの?』という言葉に引っかかりを覚えたためだ。
ボイトから見て、ガートルードはこの上なく魅力的な女性である。
それから当国で定期的に耳にする、この『胸が大きいと慎みがないから、サラシで潰すべき理論』だが、この説の出所は一体どこなのだろう?
……謎すぎる。少なくともボイトは、紳士諸君がこの理論を述べているのを一度も聞いたことがない。女性でも言わない人が大半なのだが、一部に根強くこれを主張し続ける層が存在する。
不満を述べたイザベラ本人は胸も腰もスレンダーだから、サラシを巻いてまで、どこも潰す必要がなさそうだけれど、自分の体型をガートルードにも強要するのは酷ではないか。ガートルードだって好きで胸が大きくなったわけでもあるまい。大体――ガートルードは胸以外かなり細いから、あのスタイルはもはや不可抗力だと思う。体質に違いないのに、そんなふうに意地悪を言ったら可哀想だ。……というか、ボイト個人はガートルードの体型が大好きだ。大人びているのに可愛らしさもある、あの顔も大好きだ。ずっと見ていたい。
――正直な話、ボイトはフルーリエン伯爵が羨ましかった。
上からの命令でもなんでもいいから、ガートルードとお茶を飲めるチャンスが巡ってくるのなら、自分なら相当ウキウキすると思う。
――ああ、くそ、フルーリエン伯爵め! 顔しか取り柄のないやつが、ちゃっかり今、ガートルードとデートしているんだよなぁ! 俺と代われよ!