ふたりは見張られている
監視対象のカフェは角地に建っていた。
フルーリエン伯爵とガートルードが着席しているテラス席は、東通りに面している。東通りのほうがメインで、華やかな印象。
一方、交差する北通りのほうは狭くて薄暗い。
騎士服を身に纏ったイザベラ・フィニーは、北通りに佇んでいた。――角に立ち、半身捻るようにして、テラス席を眺める。彼女の茶色の癖毛がサラリと揺れた。
……フルーリエン伯爵。
ここからは彼の背中が見える。イザベラの頬がほんのり赤くなった。
……ええと、あと、フルーリエン伯爵が(おそらく)職務上仕方なく我慢して会っている令嬢。
視線がガートルードのほうに移り、イザベラの口元が分かりやすくへの字に下がる。
イザベラは考えを巡らせた。
フルーリエン伯爵は年上の女性がお好きらしいと聞いたわ。――以前(下品な)キース殿下がフルーリエン伯爵の肩に右腕を乗っけて、「お前、十以上も上の女としか遊ばんの?」とからかっていた。その時近くにいたイザベラは耳を澄ませて盗み聞きしたものだ。フルーリエン伯爵は「そんなことありません。しばらく黙っていてください」と冷たく返していたっけ。
……あれ、本当なのかしら。
イザベラは今二十五歳で、フルーリエン伯爵のふたつ上だ。たったふたつ上――ああん、もう、どうして私、あと十年早く生まれなかったのかしら! 今三十五歳なら、ワンチャンあったかもしれないのに!
悶々としていると、後ろから声がかかった。
「――イザベラ様、フルーリエン伯爵の様子はどんな感じですか?」
イザベラはハッとして姿勢を正し、振り返る。
話しかけてきたのは部下のボイトだ。肩幅が広く、ガッチリしたタイプ。イザベラよりも四つ上なのだが、見た目はもっと上――三十代に感じられる。イザベラの好みの顔ではないが、意外とモテるらしい。
ボイトは元々イザベラの父に仕えていた。そのせいか今でも、『フィニー隊長』ではなく『イザベラ様』と名前のほうで呼びかけてくる。
イザベラはごほん、と咳払いをしてから口を開く。
「フルーリエン伯爵はどうやらお疲れモードね。世間知らずのガートルードに付き合わされて、うんざりしていそう」
ボイトが微かに眉根を寄せる。
「この位置から、フルーリエン伯爵のお顔が見えますか? 我々は彼の背中側にいますが」
「私には分かる――フルーリエン伯爵の背中が泣いているわ」
「そうですか?」
角の向こうをよく確認しようというのか、ボイトが足を踏み出そうとしたので、イザベラは慌てて彼の胸を突いた。
「止まりなさい! あまり乗り出すと、見つかってしまうでしょ」
「申し訳ありません」
ボイトが実直に謝る。彼はイザベラに対して忠実なのだ。
「我々『ローズ騎士団』の任務は、『フルーリエン伯爵の動向をひそかに監視する』というものよ。フルーリエン伯爵本人に、見ていることがバレないようにしないと」
ジェームズ王弟殿下が指揮するローズ騎士団は、少し特殊な立場を取っている。
権力の中枢であるキース殿下とは極力距離を置き、独自の活動をしているのだ。
何かあればもちろんキース殿下のサポートに回るが、彼が間違ったことをしないか、しっかり監視をするのも重要な任務。
とはいえキース殿下はのらりくらり得体が知れないので、結果的に殿下の側近であるフルーリエン伯爵を監視することが多くなる。
「……それにしても、キース殿下には困ったものね」
イザベラの勝気な目尻がキュッと上がる。
我がローズ騎士団長ジェームズ王弟殿下は三十代半ばで、几帳面、生真面目、話し言葉にも教養があり、イザベラは彼のことを尊敬していた。
だからこそ、正反対の属性であるキース殿下に対しては、強い不満を抱いている。
「教養はないし、話すことすべてが馬鹿っぽいし、口だけで弱そうだし。剣を握っているのを見たこともない。あれは部下になんでも丸投げするタイプよ、絶対」
「――イザベラ様、誰かに聞かれると問題です」
「あ……そうね」
イザベラは慌ててボイトの後方を窺った。十メートルほど離れたところに男性騎士三名が佇んでいる。彼らもまたイザベラの部下たちだ。
少し距離があるので、話の内容は聞こえていないだろうが、一応気をつけないといけない。信用はしているのだが、『王太子への悪口を聞かれてもOKか?』となると、そこまでの間柄でもなかったから。