表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/38

助けてくれた人


「――大丈夫ですか?」


 落ち着いた声音。ガートルード・カリディアは彼の腕に抱え込まれていることにやっと気づいた。


 ……これはなんなの? さっきまで私は薄暗い拷問部屋にいたはず。それなのに……


 ガートルードは震え始めた。青年のフロックコートを必死で掴む。


「ここ、どこ……?」


「ミス・カリディア? 大丈夫ですか?」


「どこなの?」


 ガートルードの様子が普通ではないことに気づいたのか、青年が慎重に答える。


「ここはグラッドストン大聖堂ですよ。地下にある墓地ネクロポリスから上がる階段の途中です。私の前を歩いていたあなたは、足を踏み外して落ちてきました」


「私、これ二度目だわ」


「え?」


「以前同じように、ここであなたに抱き留めてもらったわよね?」


 半年前――そうだ、半年前。四月の出来事。


 あの時もガートルードは階段を踏み外した。そのまま下まで落ちていたら大怪我をするところだったが、すぐ後ろにいた彼が助けてくれた。


 ええと、この人の名前は……。


「あ、あなたはフルーリエン伯爵ですよね?」


 美貌の青年貴族メレディス・フルーリエン伯爵。二十三歳という若さでキース殿下の側近を務めている、何かと話題の人物である。


「ええ、そうです。……もしかして頭を打ちましたか? なるべく衝撃を与えないように、気をつけて受け止めたつもりでしたが」


「今は頭を打っていないわ。でもさっき――」


「さっき?」


「ねぇ答えて。あなた、私を助けたのはこれが二度目よね?」


「いえ。私があなたを抱き留めたのは、これが初めてです」


 ガートルードは眉根を寄せ、じっと彼の顔を見つめた。……嘘を言っている様子はない。でも絶対に二度目だわ。こんな印象的な出来事、忘れるわけがない。


「フルーリエン伯爵、半年前に私と会ったことを、忘れていらっしゃるだけでは?」


「そんなはずはありません。――ミス・カリディアを抱き留めるという幸運が以前にもあったなら、忘れるわけがない」


 彼、口が上手いわ……ガートルードは混乱した頭でどうでもいいことを考えていた。


「あの……私が落ちた時、何か変じゃなかった? たとえば、あなたの前には誰もいなかったはずなのに、突然私が出現して落ちてきた……とか」


「あなたはずっと前を歩いていましたし、突然出現したりしていませんよ」


 馬鹿馬鹿しい問いにも、フルーリエン伯爵は律儀に答えてくれる。もしかすると彼はまだガートルードがどこかで頭を打ったと考えていて、会話しながら様子を観察しているのかもしれなかった。


 ガートルードはパニックになりかけている。


 どういうこと? やだもう、これはどういうことなの?


「今、十月よね?」


「……四月です」


 半年前? では、時間が戻った?


 嘘でしょう……ガートルードは額を押さえた。私、どうしちゃったの?


「ミス・カリディア、医務室に行きましょう」


 促されても返事をすることもできず、ガートルードは上の空で視線をあちこちに彷徨わせた。


 ――時間が戻ったのなら、ティナも無事でどこかにいるの?


 ティナ――ああ、ティナ、ごめんなさい! ロブソン公爵は用のある私だけを攫うべきだった。ガートルードに仕えている、無関係の侍女まで巻き込むなんて!


 優しくてとてもいい子なのよ。あんな目に遭っていいわけがない。


「――ティナ! 無事? ティナ‼」


 大声で呼ぶと、遠くのほうから駆け足の音が響いてきて、階段の上にティナが現れた。癖のない綺麗な黒髪をしっかりと束ねている、いつもの姿だ。


 ティナの顔は真っ青で、恐怖のためか表情は強張っている。骨格が華奢なため、こんなふうに追い詰められた顔をしていると、今にも貧血を起こして倒れてしまいそうに見えた。


「お嬢様! ああ――ああ、神様!」


 ティナの顔がくしゃりと歪む。


「ティナ……」


 ガートルードも涙声になり、縋るように前に手を伸ばす。


 ティナが階段を駆け下りてきて、性急な仕草でガートルードに抱き着いてきた。こちらの肩口に顔を埋め、声を震わせる。


「お嬢様……ご無事で……ごめんなさい、私、何も……できなかった」


「ごめんなさい、ティナ……護ってあげられなかった」


 ガートルードもティナの体をぎゅっと抱きしめ返す。


 ふたりはボロボロと涙を零して、互いをいたわった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ