未婚の男女がふたりきりで……
カフェに着いたところで、ガートルードはここまで護衛してくれた女性騎士ブルックに礼を言った。
「ありがとう、もう大聖堂に戻って大丈夫よ」
「差し出がましいようですが、ここで待機し、お話が終わるまでお待ちしましょうか? 帰り道が心配です」
武骨で大柄なブルックが、案ずるような視線を向けてくる。
「いえ、本当に気にしないで。帰りはフルーリエン伯爵に送っていただくから」
「ああ、それならば」
ホッとしたように声が柔らかくなる。
ガートルードは女性騎士を見上げ、キュートな笑みを浮かべた。
――部屋を出る時はひどく気が張っていたのだけれど、こうしてロブソン公爵とは関係のない、真面目で善良な人と話していると、気負いが抜けて自然体に戻れる。それは良いことのようにガートルードには思えた。
いつ死ぬか分からないのだから、優しい人のことも、ちゃんと覚えておきたいわ。
ブルックも釣られて笑みを返してくれるかと思いきや、なぜか渋い顔に。
「あの……フルーリエン伯爵は、女性から大変おモテになると伺っております」
「ん……そうなの?」
話の流れが読めずに、ガートルードは小首を傾げる。
それを眺めおろすブルックがさらに顰めツラに。
「ガートルード様、本当に大丈夫ですか?」
「よく分からないけれど、大丈夫よ」
「よく分かっていないところが不安なのです」
「何が不安なの?」
「いえ、その……つまり、未婚の男女がふたりきりで……」
「ふたりきりって、昼間のカフェよ」
「でもその……先ほどのように微笑まれたら、女性慣れしているフルーリエン伯爵であっても、耐えられるでしょうか」
意味が分からない。
「んー……私は彼を怒らせる?」
「いえ、怒らせはしませんが、煽るとは思います」
「煽る? 生意気ということ?」
やだ、気をつけなきゃ。会話してすぐに反感を持たれたら、結婚してもらえないわ。
ガートルードが悲しそうにブルックを見上げると、相手はなぜか額を押さえてしまった。
「……これは……大丈夫なのか? 大人びているのに、無邪気……極めて危険……」
「ねぇ、あの――」
ガートルードは心配になり、女性騎士の腕に手を触れた。すると、
「ガートルード様……そうだ、これを差し上げます」
ブルックがポケットに手を入れ、銀色の笛を取り出した。そしてそれをガートルードの手のひらの上に載せる。美しい細工の笛だ。
ガートルードは目を瞠った。これ……一周目でもいただいたわ。
九月末、グラッドストン大聖堂を出る際に、『お守り』だと言って、ブルックがくれた。ガートルードがあまりに不安そうだったから、可哀想に思ったのかもしれない。
それが二周目の今回は、手に入るのが半年も早まっている。……まぁ一周目では、こうしてカフェでフルーリエン伯爵と会うこともなかったのだけれど。
ガートルードは不思議な気持ちがした。
――『ウァース』――そうだわ、これからは何かを手にするたび、『これはウァースでは?』と疑わなければならないのね。
でも。
ガートルードの瞳が揺れた。……私、素直に嬉しいわ。私はブルックからこの笛をもらって、嬉しいと思っている。