久々のおしゃれ
さて――ガートルード&フルーリエン伯爵――打算まみれの初デート、当日。
* * *
「外に出るのは久しぶり」
自室で支度を終えたガートルードは、背筋を伸ばし呼吸を整えた。
十五歳でグラッドストン大聖堂に入ってから、心の安定を得て、穏やかな気持ちで日々を過ごしてきた。
けれど――たぶんずっと、心のどこかでロブソン公爵を恐れていたのだと思う。
外に出たら、攫われてしまうかもしれない。どこかからじっと見られているかもしれない。
もう大人になったのだから、大丈夫よ……九月末にグラッドストン大聖堂を出た時、もう安全なのだと自分に言い聞かせた。けれど結局、十月に攫われてしまい、殺された。
そしてどういう訳か、四月まで引き戻され――……
……今の私は、ロブソン公爵を恐れているかしら?
ガートルードは自身に問いかけてみる。
確かにそう――怖さはある。これからどうなるのだろう、という不安も。
けれど怒りのほうがずっと強い。
――絶対許さない。
無関係のティナを巻き込んだこと、ロブソン公爵に後悔させてやる。
勝つためなら、なんでもするわ。恐怖も、ためらいも、恥も、外聞も、すべてを捨てて全力で挑む。
負けるもんですか。
今日、ガートルードはレモンイエローのドレスを選んだ。修道服以外を身に纏ったのは、四年半ぶり。
侍女のティナはあるじの周囲をぐるりと回り、三百六十度、立ち姿を確認した。
……完璧だわ。
ドレスの明るい色が、ハニーブロンドによくマッチしている。
ガートルードは何を着ていても、ただそこに立っているだけで華麗だが、やはり華やかな色のドレスが良く似合う。そしてこういった上半身がタイトなデザインは、彼女の骨格の美しさをより際立たせる。
清楚なのに、エレガントで、艶っぽく、しなやか。
ティナは感嘆のため息を漏らしたあとで、ふと表情を曇らせた。
「……お嬢様、やはり私も連れて行ってください。死ぬ気でお護りしますから」
「だめよ」
ガートルードが半身振り返り、色気のある流し目でティナを眺める。
ティナは叱られた子犬のような瞳であるじを見返した。
「で、でも」
「グラッドストン大聖堂付きの女性騎士が、カフェまで護衛してくれるから」
「それでも、私」
「あなたがついて来ると心配で、フルーリエン伯爵との話に集中できない」
「そんな」
「だめ」
「お嬢様ぁ」
「だめ、絶対だめ」
「……冷たい」
「お土産に、あなたの好きなアップルパイを買ってくるから」
ガートルードは素早くウィンクしてから、円卓に置いてあった紙袋を手に取り、颯爽と歩き始めた。紙袋の中には、フルーリエン伯爵に贈るための、石鹸を詰め合わせた小箱が入っている。
――出入口の扉は真新しい。先日ガートルードが砕いてしまったので、弁償して補修してもらった。ただし抉った石壁のほうはまだ補修が済んでいないので、寒々しい穴が空いたままだった。
ガートルードはその跡をチラリと眺めてから、背筋を伸ばして部屋から出て行った。
……ティナはそれを涙目で見送った。