グッバイ、旧世界
――ロブソン公爵別邸。
この場にロブソン公爵はおらず、クラシカルな広間には四体の悪魔が集まっていた。
――カルキイ
――スパル
――ハヌマーユ
――ラクシュ
ラクシュには遅刻癖があり、今日も約束の時間に三十分も遅れてきたので、厳格なハヌマーユは大層機嫌が悪い。
取りまとめ役のカルキイが代表して尋ねた。
「『ウァース』が『姫』に渡るよう、確かに手配したのだな?」
ラクシュが軽い調子で答える。
「OK、完璧、問題ありませんよ」
ならばよいと、カルキイは頷いてみせる。
ところがハヌマーユは納得がいかない。ラクシュを横目で睨み、チクリと皮肉った。
「お前の『問題ありません』は信用できない」
「大丈夫ですってばー」
「しかしお前は以前も『もう遅刻しません』と言ったぞ。それなのに今日も――」
「それはそれ。これはこれでしょ」
だらしないやつは結局、何をしたってだらしない……ハヌマーユはそう思っているので、ラクシュのことがまったく信用できなかった。
「お前の言葉は軽いのだ」
「もう、うるさいなぁ」
「本当に大丈夫か? 『ウァース』をグラッドストン大聖堂に持ち込むのは大変なはずだが?」
「大・丈・夫」
「――そのくらいにしろ」
言い争いに辟易したカルキイが割って入り、話を打ち切る。
「では、あとは時を待つのみ。半年後、我らが姫――エスメ王女殿下をお迎えすればよいな」
それを受けて、ラクシュはにっこり笑って手を振ってみせた。
「グッバイ、旧世界――しみったれたこの世界も、もうすぐ終わると思うと、それなりに愛おしいものですね」
ハヌマーユがそれを聞き、フンと鼻を鳴らした。
* * *
――グラッドストン大聖堂。
キース殿下の妹君、エスメ王女殿下は、ぼんやりと視線を彷徨わせた。
修道女がお茶を給仕しながら尋ねる。
「聖女様、どうかなさいましたか?」
「いえ」
エスメ王女殿下は小首を傾げる。――プラチナブロンドの髪がサラリと揺れ、陽光を反射する。
それは十六歳らしい、気取らない仕草だった。
「まるでフーガみたい」
「フーガ……ですか?」
「そう――音楽のフーガ。音が、逃げる」
「?」
「逃げて、繰り返すの――繰り返す――私、あれ、好きだわ」
小さく呟きを漏らし、エスメ王女殿下は瞳を細めた。
2.始動(終)