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奇跡の女、ガートルード


 ガートルードと侍女のティナは、自室の円卓を囲んで椅子に腰かけていた。


 小箱にいそいそと何かを詰めているガートルードを眺め、ティナが眉尻を下げる。


「……お嬢様、本当にフルーリエン伯爵と結婚するつもりですか?」


「ええ」


 ガートルードは集中しているのか、手元に視線を落としている。


「ねぇ、見て、ティナ――私、ちゃんと力をコントロールできる」


「そうですね。常時ゴリラ状態じゃなくてよかった」


「私はおしとやかなゴリラなの」


 ふふ、と作業しながら微笑むガートルード。


 先日彼女はドアと壁をうっかり破壊してしまったが、触れるものすべてを砕くわけではなく、日常生活では力を抑えることができている。……興奮するとちょっと危ない、というのはあるが。


 そんなあるじを見守るティナの表情は晴れない。


「ところでそれ、何を詰めていらっしゃるのです?」


「素敵な香りの石鹸よ」


 ガートルードが手を止めてにっこり笑う。


「それをどうするのですか?」


「フルーリエン伯爵にお渡しするのよ」


「……え?」


「ほら、会ってお礼をお伝えする際に、手土産が必要じゃない? これ、私の手作りなの。大好きな香り」


「……石鹸を贈るのって、失礼になりませんか?」


「どうして?」


「あなたは体を洗ったほうがいいですよ、みたいな」


 泥まみれで石鹸を必要としている人に渡すのならいいのかもしれないけれど、ティナの常識からすると、清潔感のあるフルーリエン伯爵のような男性に、この手のものをプレゼントするのはどうかと思う。


 しかし、


「それの何がいけないの?」


 ガートルードはピンときていない様子。


「お嬢様……」


「この石鹸を使えば、私と同じ良い香りに包まれるわ。貰って嫌な気分になるはずないわよ」


 謎の自己肯定感と、感覚のズレ。ティナは絶句した。お嬢様のことが大好きなだけに、冷や汗が出てくる。


「あの、でも」


「私の計画は完璧」


「ええと……そもそもフルーリエン伯爵が『会いたくない』と断ってきたら?」


 ガートルードは『絶対に会ってもらえる』と信じているようだけれど、ティナはそれを危なっかしいと考えていた。


 ――フルーリエン伯爵を間近に見て思ったのだが、彼は絶対にモテる。


 女性からアプローチされるのは日常茶飯事のはず。


 ああいう男性が女性から積極的に迫られた場合、『またか』と引いてしまわないだろうか。ティナはそれを心配していた。


「彼が『会わない』なんて絶対に言うわけがない」


 なぜか迷いのないガートルード。


 ティナは絶句した。ガートルードは普段、自身の美しさにまるで無頓着であるのだが、フルーリエン伯爵に対するこの自信は一体どこから来ているのだろう? らしくないといえばらしくない。


 ティナが固まっていると、ガートルードが口元に笑みを浮かべて続ける。


「誰かに心から感謝をされて、嫌な気分になる人なんかいないわ。だから『お礼を言いたい』と伝えれば、フルーリエン伯爵は会ってくださる。そして『人助けをしてよかった』と思うはずだわ」


 ……お嬢様……ティナは涙ぐんだ。


 十五歳でグラッドストン大聖堂に入ったため、お嬢様は世間知らずだわ。


 大丈夫かしら……ティナはますます心配になってきた。


 ――ところで、ティナは石鹸の贈りものが良くないと考えていたのだが、実はガートルードに奇跡の追い風が吹いていた。


 というのも、各方面に影響力を持つどこかの貴婦人が、『意中の殿方に良い香りの石鹸を贈るのは、トレンドですのよ。わたくしと同じ香りになりましょう、という大人の誘い方ですの』などと言ったとか言わなかったとかで、今上流階級のイケている男女のあいだで、石鹸を贈り合うブームが到来していたからだ。


 ――計算なくトレンドに乗っかってしまう、奇跡の女、ガートルード。


 そしてたとえガートルードが失礼なものを贈ったとしても、それは些細なことである。


 なぜなら相手方のフルーリエン伯爵のほうだって、打算まみれでガートルードに近づこうとしていたからだ。


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