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二周目で決着させます


「キース殿下?」


「お前、どう思うよ?」


「どう、とは?」


「本当に時間が巻き戻ったと思うか?」


「……正直、信じるかどうかは半々ですかね。ガートルード本人と、侍女、ふたりが同じ認識でいるようでしたし、彼女たちは追い詰められていましたから、真実味はありましたが」


「それでも『半々』なのかよ?」


 からかうような口調。口元には無邪気な笑みが浮かんでいる。


 ……いよいよおかしい。フルーリエン伯爵は警戒した。


 キース殿下がこういう顔つきになっている時は要注意である。たぶん今、雑談しながら頭のほうは別のことで高速回転している。彼がぶっ飛んだことを言って周囲を振り回す直前は、こんな感じになるのが常だ。


 フルーリエン伯爵は慎重に続けた。


「なんらかの原因で譫妄せんもうを起こしていた可能性もあるかな、と」


「それだとふたりが同じことを言っているのはおかしくないか? 幻覚は伝染しないだろう」


「ガートルードが聖女になってから、もう五年たちますよね。すでに期間満了している。キリのいい年度末までなんとか引き延ばしてもあと半年――九月末にはグラッドストン大聖堂を出なければならない。彼女たちにとってはそれがストレスで、『十月になって外に出たら、殺されるかもしれない』といつも話し合っていたとしたら? それを現実のように錯覚した可能性もある」


「まぁ確かにそれは否定できない」


 キース殿下は軽く流してから、


「だが」


 と続けた。――ここからが本題――


 彼の薄灰の瞳がフルーリエン伯爵を見据える。その色は人を食ったようでもあり、不思議と思慮深さも感じさせる深みがあった。


「お前がガートルードを抱き留めたのは――三時間くらい前か?」


「はい、そうです」


「三時間前、俺はなんか変な感じがしたんだよ」


「変な感じ……ですか」


 思い返してみるが、フルーリエン伯爵は特に何も感じなかった。


 キース殿下がははぁ、と笑みを漏らす。


「なんかこう、脳味噌をガツンと強く揺すられたような、強烈な感じだったなぁ……時空が歪んだ、みたいな。それでさ、『ん?』と思った瞬間、急にその記憶が曖昧になった。今さっきお前から『時間が巻き戻った』と聞くまで、それを忘れていたくらいだ」


 耳を傾けていたフルーリエン伯爵は、はっきりと眉根を寄せ、キース殿下を見返した。


 ……もしもそんなことが起きたのだとすれば、それはもう人智を超えた、神の領域ではないか。


 超感覚的なキース殿下だからこそ、たとえ一瞬でも違和感を感じ取れたのだろう。


 フルーリエン伯爵はグラッドストン大聖堂で見聞きしたことを思い出しながら、口を開いた。


「ガートルードは半年後の十月に、ロブソン公爵に拷問され、殺されたそうです。――ロブソン公爵は『ウァース』を探していて、それをガートルードが持っていると信じ込んでいたらしい」


「『ウァース』か――なんだか知らんがそれ、おそらくガートルードが持っているぞ」


 どうしてそうなる?


「しかし彼女は心当たりがないと言っていました」


「いいや、ガートルードが関係している」


 なぜ?


 だが、キース殿下に断言されると、フルーリエン伯爵はそれを信じるしかない。なぜならこういう時、キース殿下は絶対に勘を外さないからだ。


 ふと、キース殿下が眉根を寄せ、小首を傾げる。


「……巻き戻りは『ウァース』が引き起こしたってことか? だとすると……」


「キース殿下?」


「おい、クソ――今後の展開次第では、三周目もありうるぞ」


「…………」


「そうなったらもうお手上げだな――また巻き戻りが起こり、三周目が始まるだろ? ガートルードが階段から落ちる――そしてお前が受け止める――問題はそのあとだ。彼女と侍女はもう、振り返りの会話をしない」


 なるほど。フルーリエン伯爵はキース殿下の言わんとしていることを理解した。


「確かにそうですね。ガートルードは今回初めて巻き戻りを体験したので、動転しきっていた。それにより侍女のティナに廊下ですぐ話をしたけれど、また同じことが起きた場合は『またか』となるから、同じ話はしない」


「ああ、そうだ。次はヒントなしで俺たちは動かなければならない――三周目の俺が、今の俺より賢いといいが」


 キース殿下のこの言葉はつまり、『三周目には行かせるな』という意味だ。彼は重要な局面で、不確定な賭けはしない。


 ふたり、しばらくのあいだ黙して見つめ合う。


 フルーリエン伯爵は佇まいを正した。すべきことを決めた彼は冷徹な仮面をかぶり、表情を殺す。


「二周目で決着させます。――『ウァース』を確保し、ロブソン公爵の息の根を止める」


「おそらくだが、一周目で俺たちはしくじったのだろうな」


 チ、とキース殿下が舌打ちする。彼の表情は形容しがたいほど邪悪だった。


「妹も九月末でグラッドストン大聖堂を出る――その前にロブソン公爵は潰しておく予定だった。ところが、だ――あの馬鹿公爵は十月も生きていて、ガートルードと侍女を攫い、なぶり殺したわけだ。それは俺たちが殺したも同然じゃねぇのか?」


 キース殿下の言葉はフルーリエン伯爵の胸を深く抉った。


 フルーリエン伯爵は瞳を細め、腹の底から湧き上がってくる怒りに耐えた。……自分たちがしくじったから、女性がふたり死んだ。時間が戻り生き返ったからそれでいい、とは決してならない。痛みは彼女たちの魂に刻み込まれただろう。


 そしてキース殿下が抱いた怒りは、フルーリエン伯爵のそれを超えている。


(はらわた)が煮え返るぜ――一周目で殺し損ねた敵を全員、血の海に沈めてやる」



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― 新着の感想 ―
[一言] 殿下何か知らないといいつつも何かご存知で? ちゃんと頭がまわるタイプのようだから、味方になるならありがたいですよね。 ちゃんといい人そうなんだけどなあ、もてないのかあ。 物語の、主人公のお相…
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