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巻き戻りは本当にあったのか?


 キース殿下が悪たれていても、『子犬がキャンキャン鳴いているのと同レベル』と認識しているフルーリエン伯爵はそれをスルーし、グラッドストン大聖堂での出来事を思い出していた。


 ……やはり不可解。


「階段を踏み外したガートルードを受け止めたのですが、彼女がその時に『私を助けたのはこれが二度目よね?』と言ったんです」


「お前たち、以前に会ったことがあったっけ?」


 キース殿下がふたたび頬杖を突いて尋ねる。


「いいえ。監視対象なので、遠目に様子を見ることはありましたが、顔は合わせないようにしていました」


「じゃあお前の気を惹こうとして、そんなことを言ったとか?」


「そういう雰囲気ではありませんでした」


 フルーリエン伯爵は微かに眉根を寄せる。


「すぐにガートルードの侍女もやって来ましたし」


「侍女か。どんな女?」


「ティナ・ロリンズという名前で、子爵令嬢。ガートルードのひとつ上で、二十一歳。ティナは十代前半で行儀見習いのためガートルードの侍女になり、それからずっと仕えています」


「ガートルードが五人目の聖女に決まる前からか」


「ええ。ティナはグラッドストン大聖堂では修道女見習いという扱いになっているようですが、実質ガートルードの侍女ですね。黒髪の女性で、実直そうな印象を受けました」


「黒髪……?」


 キース殿下が難しい顔で考え込む。


「どうかしましたか?」


「ティナって侍女は、なんかこう、ニコニコした感じのやつか」


「ん……ニコニコ、ですか?」


 あの時はガートルードも侍女も相当切羽詰まっていたから、普段朗らかかどうかは分からない。


「そう」キース殿下はなぜかへの字口。「以前グラッドストン大聖堂で、喋ったことがあるんだよ」


「そうですか」


「俺が側廊を南に向かって歩いていたら、すれ違った女がいきなり話しかけてきてさぁ――『そのまま真っ直ぐ行くと、引き返すようですよ。向こうのほうで、今、工事しているので』って」


「親切ですね」


「そうかぁ? それでそいつがさ、『別の道を教えましょうか?』って言うわけよ。意図が分からなくね?」


「いえ、意図ははっきり分かります。――『工事中だから迂回せよ』の意ですよ」


「俺、なんかのトラップかと思ったわ。それで『どういうつもりで言ってる?』って訊いたら、『親切心です』って端的に返された。話しかけてきた時はニコニコしてたんだけどさ、俺の返しを聞いて、びっくりした顔してたな。それで最後に捨て台詞吐きやがってよぉ――『怒っている人と話すのは怖いので、もう行きますね。あなたの態度、相当残念ですよ』だってさ。言うじゃねぇか、なんだこの女、と思って」


「…………」


 フルーリエン伯爵は奇妙な気まずさを感じ、押し黙ってしまった。


 ……なんだろう。甘酸っぱくないか……?


「なんだよ?」


「いえ」


「怒らないから言えよ」


 怒らないのか。じゃあ。


「……さすが永遠の十四歳」


 安定のこじらせぶり。


「おう、表出ろ、コラ‼」


 キース殿下が約束を破ってブチ切れたので、フルーリエン伯爵は「すみませんでした」と素直に詫びを入れた。


 十四歳の心を持つ人の扱いは難しい。


「話を続けますね――その後私はガートルードのあとをつけ、彼女が侍女と話をしているのを聞いたのですが……それがなんとも奇妙な内容で」


「奇妙な内容? 具体的に言え。もったいぶるなよ」


「もったいぶっているわけでは」


「じゃあなんだ」


「ガートルードは『時間が巻き戻った』と言っていました。今は四月ですが、半年後の十月に彼女は殺されて、『今、ここ』に戻ったのだと。そして彼女と一緒にいた侍女も同じ認識でいるようでした。侍女も同時期に死んだらしい」


「――ほう」


 この時、キース殿下に起きた変化は劇的だった。瞳に強い光が宿り、口角が綺麗に上がっている。


 フルーリエン伯爵は戸惑いを覚えた。――上手く言えないのだが、キース殿下の思考がどこか遠くに飛んでいるような、不可思議な感じがしたのだ。



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