巻き戻り
次こそ必ず勝つ――絶対許さない。
* * *
――原点、一周目、十月。
「ウァースはどこだ?」
執拗に尋ねられても、ガートルード・カリディア侯爵令嬢にはそれがなんなのか見当もつかない。
薄暗い部屋に押し込まれたガートルードは、椅子に縄で縛りつけられ、激しい拷問を受けていた。
何度も殴られたせいで、ガートルードの滑らかだった頬はボロボロに傷つき、唇の端には血が滲んでいる。
それでもなおガートルードは美しかった。ほとんど日が射し込まない部屋でも、彼女の豪奢なハニーブロンドの髪は輝きを放っている。
「ウァースはどこだ!」
ジョナス・ロブソン公爵が怒鳴る。
うな垂れていたガートルードは頭をなんとか動かし、凄惨な表情を浮かべてロブソン公爵を見上げた。
そして口の端を持ち上げ、不屈の精神で嘲笑ってみせた。
「……いいから殺しなさいよ、ロブソン公爵」
相手が顔を晒して拷問しているということは、こちらが喋ろうが喋るまいが、どうせ殺すつもりなのだ。
そしてガートルードは『ウァース』の情報を提供することができないので、この拷問は終わらない。ロブソン公爵は『ガートルードに訊いても無駄』という現実を受け入れられずにいる。そして信じがたいことに、ロブソン公爵自体が『ウァース』の詳細を知らないようなのだ。知らないくせに、ガートルードからなんとしても聞き出そうとしている。
……となればもう、早く殺させるように仕向けるしかなかった。
「ウァースの行方を言え、ガートルード!」
「不愉快だわ、名前を呼び捨てにしないでくださる? この腰抜け野郎」
激高したロブソン公爵がガートルードの頭部を激しく殴打する。
飛び散った鮮血を見て、共に拘束されていたガートルードの侍女ティナが泣き叫ぶ。
「いやぁ、やめて、お嬢様を殴らないで‼ 私を殴ればいい! 代わりに私を殴りなさいよ! お嬢様! お嬢様――‼」
ティナは叫び続けた。喉が潰れても叫び続けた。
意識が朦朧としてきたガートルードは奥歯を噛みしめる。
ごめんなさい、ティナ――……せめてあなただけでも。
優しいあなただけでも逃がしてあげたかった。
* * *
力が欲しい
大切な人を護れる力が
* * *
――デッドエンド――
――ウァース作用――
――リセット――
* * *
ふと気づいた時には、ガートルードの体はふわりと宙に浮いていた。
思わず中空に手を伸ばす。遥か上に広がる天井は美しいリブ・ヴォールトで、曲線を描くフレームを境に、光と影が神秘的に交差している。
え――ここはもしかして、グラッドストン大聖堂? 私、なぜ――……?
状況がまるで分からない。頭が激しく混乱する。浮遊感は続き、なすすべもなく後ろ向きに落ちて行く。
背中と肩に何かが触れた。ガートルードは目をきゅっと閉じ、来るべき衝撃に備えた。
「…………!」
なぜかどこも痛くない。ガートルードは温かい何かに包まれていた。……恐る恐る目を開ける。
するとすぐ近くに澄んだ青緑の虹彩があった。サファイアとエメラルドが均等に溶け合ったみたいな、不思議な色合い。
彼は髪色もまた印象的だった。最高級のインペリアルトパーズのような輝くオレンジ色の髪が、陽光を淡く反射している。
……端正な顔だわ。この人……見たことがある。
ガートルードは瞬きし、至近距離にある彼の瞳を見返した。
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