未知との遭遇
ガタガタ揺れる馬車の中、舌を噛まないように私とステファンは無言でひたすら耐えていた。
やっぱり馬車の改善は必要ね。急務よ!
王都内にあるタウンハウスじゃなくて領地の家まで向かってるから行程は約4時間を見込んでるわ。もう旅やん。
ポタッポタポタポタポタッー
あ〜とうとう雨が降ってきた。屋根に当たる雨音が激しい。馬が冷えないように防水コートのような物を御者が馬に着せていたけど風邪ひかないか心配ね。
暫く走っているとガタンッと大きな音と衝撃がし停車した。私は急停止に対応できず勢いよく床に転がり落ちた。
痛いわ。こんな時でも声を出さないなんて私やるわね。
それにしても何が起きたんだろ?
頭を抑えたステファンが声をかけてきた。
「いてぇ〜。お嬢大丈夫ですか〜?うわぁ。いてぇ」
「大丈夫よ。床に寝転がってるけどね。助け起こしてくれる?」
「はいはい。よっこらしょっと」
「若者がなんて言葉を使うのよ」
「知らないんですか?世間はレトロブームですよ」
「言葉もレトロブームなの?」
「さあ?」
「適当だなおい」
コンコンコンコンッ!ー
「お嬢様!!ステファン!ご無事ですか〜!?」
ステファンがドアを開けると御者のジェフリーがびしょ濡れで立っている。30代も後半に差し掛かり大人の渋みが増して水も滴る良い男♡ってワケではない。少し訛があって可愛いおじさんなんだけど、今のびしょ濡れ度合いは心配の域よ。
「ジェフリー私は大丈夫ですわ。あなたこそびしょ濡れじゃないの風邪ひくわよ。いま拭いてもすぐに濡れるだけだから屋敷に着いたらすぐお風呂に入りなさいね」
「へぇ」
なんだその返事は。気が抜けるな〜。
「それで?何があったの?」
「それが、雨で地面が泥濘んで轍が出来てまして、それに車輪が埋まりましたんでさ」
あ〜。これだから舗装されてない道路はよ!
全国アスファルト化計画も進めねばならない。
私のやらなければならないリストにはまた一つ追加されたわ。
「そう。じゃあなんとかしないとね。私も手伝うわ。ステファン貴方もよ」
「ひぇ〜。濡れるのいやです〜」
ステファンの耳元で小声で囁く。
「ツベコベ言わずにやるんだよ」
「鬼だぁ」
ベチャベチャな地面に降り立つと雨が激しく私達を濡らしていく。この世界傘もないんだよ。どうかしてるよ、酸性雨とかないのかな?禿げたくないから心配。後で手始めに傘作ったろうかな。
車輪の埋まり具合をチェックすると確かにハマってはいるがまだなんとか出来そうだ。
「お嬢様、濡れてしまいますんでここは俺等だけでなんとかします。馬車の中にいてくだせい」
「え〜?俺は強制ですか〜?だるいっす」
ステファンよ。お前こういうときは協力でしょうが。ジェフリーが居なかったらガッツリ拳骨くらわせてるところよ。
「ジェフリー。こういうのは早めに対処しないと後々面倒だわ。私は非効率的なことは嫌いなの。なにか車輪の下に敷けるものがあればいいんだけど。なにか木の板とか、布でもいいわ。あるかしら?」
「そだな。それなら俺の服ならどうですかい?」
そう言って徐ろに自分のジャケットをジェフリーが脱いだ。セクシーショット〜!フ〜!イケオジ爆誕!ではありません。
「ジェフリー。あなたそのジャケット大切にしてるじゃないの。ダメよそんな大事なものを車輪の下に敷くなんて。グチャグチャのドロドロのボロボロでもう二度と着れなくなるわよ?」
「でもお嬢様。これぐらいしか無ぇんです」
いやいや探せばあるやろ~!
「そんな上等な服ではなくてなにか薄くてしけそうなものはと...」
キョロキョロ辺りを見回してみると...
あった!ちょうどいいのあるじゃ〜ん!
ちょっと汚くて触るのためらうな...。
後で手を洗えばいいか。
ヒョイッと拾ったのは道の脇に落ちていた蔦。これを車輪の下にかませてゆっくりと進めば行ける気がする!
蔦をふたりに渡して指示をしていくわよ~。
「はいこれ、ふたりとも持って。で、これを車輪の下に入れて。そうグッと入れて。危ないから手を挟まないように気をつけてね」
挟んだらグッチャグチャのスプラッタだもんね。
「ふぅ。お嬢。出来ましたよ〜。」
「こっちも出来ましたぜ」
「じゃあゆっくりと馬車を動かしてみましょう」
ジェフリーは御者台にすわって手綱を手にした。私とステファンは外から確認を続けることにした。
「お嬢様。ジェフリーいっきま〜す」
え?なんでその台詞を?まさかこの人も転生者?....ま、どっちでもいいか。本編には関係ないだろうし。
ゆっくりと動き出した馬車は蔦を踏み埋まることなく上手く轍から抜け出した。
「おお〜!すげぇ!ジェフリーさんやるじゃん!!さすが単に年齢を重ねただけじゃないぜ!」
ステファンが飛び跳ねて喜んでるけど、今の褒めてんのかな?ジェフリー本人の前では聞きづらいわ。
「お嬢様!俺やりましたよ!!見てましたか?!」
「えぇ。見てたわよ。ジェフリーならやってくれると思ってたわ!」
褒めるって大事だよね。特に上から下の者に褒めるってことは自己肯定感はアップするし、働く上でのモチベーションにも繋がるよね。いやぁ、使用人のメンタルケアまでしちゃうとは私やるやん。誰も褒めてくれないから自分で自分を褒めちゃうもんね〜♪
ゆっくりと無事な辺りまで馬車を進めると一旦停めてもらい、私達も馬車に乗り込んだ。
「ふぅ〜。これは後で掃除大変ね。私達ドロドロよ。後でメイド長に怒られる未来が見えるわ」
「え〜?それって俺も怒られるんですかね?納得いかないなぁ」
「怒られるときは一緒よ。私達一蓮托生じゃないの。墓場まで〜」
「ひぇっ!怖いですって!」
「ただの冗談じゃないの。大袈裟ね」
「今のお嬢の姿みたらみんなお化けかと思いますよ」
「なぬ?!鏡はどこだ!この美幼女がお化け化は画的に許されんって。ちょっとステファンなんとかして!」
「俺不器用なんですけど〜」
「もう使えないったらありゃしない!もういいわ、自分でなんとかヘアセットするわよ」
持ってきたバッグにはブラシを入れてきて良かった〜。いそいそと取り出して絡まった髪の毛を梳かして落ち武者からお嬢様までクラスチェンジするわよ。
傷まないように毛先から優しく少しずつ梳かしていかないといけない。髪の毛はデリケートなんだよ。どこの世界でもそれは変わらないね。
なんとか全体的にブラシを入れて絡まりを解消できた。馬車の窓に映る私は不鮮明だけど美しいわ!!よしオケー。
窓から外を見ると雨足は更に強くなるばかりで川の増水も気になるところだ。
右手に川を見ながら馬車は屋敷に向かって進んでいく。私は引き続き自分のお尻を守るためキュッとお尻を引き締めた。
もう少しで到着するだろう。そう思ったのに馬車はまたもや途中で停まった。
今度はなんだろ?ジェフリーがトイレ行きたいぐらいならいいんだけど。
「お嬢様!!川に竜が流れてます!」
何がながれてるって?!
竜?!この世界を竜いんの?!
見たい!めっちゃ見たい!
「なんてこと!早く助けないといけないわ〜」
「お嬢....好奇心が前のめりでひどい棒読みになってますよ」
棒読みがなんだ!!竜だよ!?あの伝説のファンタジーの!世界を滅ぼす竜!うん。滅ぼすのはだめだな。
私はダッシュで馬車を飛び出した。
「ジェフリー!竜はどこなの?!」
雨が全身に強く叩きつけてくる。さっきヘアセットしたのに一瞬で終わった。
「お嬢様!あそこです!!」
ジェフリーの示す先には丸太が流れていてその上に確かに竜みたいな丸いのが引っかかっている。今は川中にある岩と岩の間に丸太が挟まってるがいつ流れていくか分からない。増水具合をみるとそこまでの猶予はないだろう。
竜見たさに好奇心だけだったが、これはやらねばならない。
どうやって助けよう。
「泳ぎ得意な人いる?!」
ふたりを交互に見るけどどっちも目をさっとそらした。
・・・皆無!
だよね〜。それに半端なスイミング能力だと二次災害を引き起こしかねない。
「ねぇ!丸太とロープない?!」
「お嬢様!ロープならありやす!」
よし!あとは丸太だな。
「川上から丸太にロープを括り付けて流す。それに竜が乗ったら引っ張って回収!この作戦でいこう!だから丸太もしくはそれに代わるものを探してきましょう!よーいどん!」
私達は散り散りに丸太を探しに走った。正直云うと人助けとか、善行とかボランティアとか私は大っきらい。心のそこからの善人じゃないことは自覚してるもの。でもね、悪ではないからさ。人を助けて徳を積めばそのお返しは思わぬ形で自分を救ってくれる。そう思うようにしてるのよ。これはこれでギブアンドテイクの考えだな。だから必ずあの竜は私が助けたるわい!!根性みせろわたし〜!!!
丸太の代わりになる流木をジェフリーが見つけてくれた。漬物石みたいなのを持ってきたステファンは残念君だったわ。なぜこの石が却下なのかと嘆いていたけど、説明いらないよね?沈むって。あんなの流したら作戦破綻するって。やれやれだな。
流木にロープを括り付けてジェフリーが川上から大きく振りかぶって投げ入れた。
上手いこと真ん中辺りに届いてロープを調節しながら竜のいるところまでコントロールしていく。流石御者だな。馬もロープも同じってか。
「ジェフリーすごいわ!あともう少しで届きそう」
隣でジェフリーは汗なのか雨の滴なのか目に入らないように顔を顰めながらロープを操っている。
竜を見ると少し顔をもたげて周りを確認している。言葉は通じるのかしら?
「そこの竜さ〜ん!今助けるからね〜!そこの流れてくる流木に掴まって〜!!」
ちゃんと声は届いたかな?竜はこっちをみてるけどそれだけでアクションは起こさない。私の声じゃ雨音に掻き消されたのかもしれない。
「竜さ〜ん!!流木もうすぐですよ〜!!掴まって〜!!」
隣からオペラみたいな衝撃波を感じるこの声はジェフリーだ!!あんたロープ引っ張って、そんないい声まで出して!今日のMVP決定!!
竜はジェフリーの声がしっかりと届いたようで流れてくる流木にタイミングよく乗り移った。
「よし!今よジェフリー引っ張って!ステファンもジェフリーをサポートして!私は...私は...応援するわ!よっこいしょ〜どっこいしょ〜よっこいしょ〜どっこいしょ〜」
ジェフリーとステファンは川の流れに上手く乗りながらゆっくりとしかし確実に竜を岸まで寄せてくる。
「お嬢〜!気が抜けるので応援いらないっす!!」
にゃに?!私はできることがないからせめて邪魔にならないほうがいいよね。仕方ない今は従うか。
私は両手をギュッと強く握りしめてふたりの頑張りを見守っていた。
「あ!もう少し!もう少しよ!」
川岸までなんとか手繰り寄せることができそうだ。
「ステファン。このロープ絶対に離すなよ。俺があの竜助けてくるでな」
ジェフリーはさっとステファンに託すと川岸にまで辿り着いた竜を腕に抱えて戻ってきた。
「ジェフリー良くやったわ!その竜大丈夫かしら?」
「元々、竜は水には強いから濡れてるのは問題ねぇんですが衰弱してますな。ここまで大変だったんだな」
竜は意識はあるようだが疲れてるようで元気はない。無理もないと思う。だってこの竜は人が抱えられる大きさだから。
「この子は子供なの?」
「んだす。竜はゆっくり時間かけて大人になるけどもこの子はまだ産まれて数年かもしれねぇな」
「そう...。心細くて恐かったでしょうに。よく頑張ったわね」
「お嬢って優しいことも言えたんすね〜」
おいステファン、おめぇ後で覚えとけよ。心の中で指をピシっと突きつけたわよ。
竜は薄いピンク色の皮膚をしていてお目々は蒼いガラス玉みたいにキラキラして大きい。
「もう大丈夫よ。うちは平和だから安心して休めるからね。よし。ふたりとも急いで帰りましょう!この子もそうだけど、私達も風邪引きそうよ」
「ガッテン承知〜!」
竜はステファンが受け取り、馬車は再び屋敷に向かう。
そう時間がかかることなく馬車は無事屋敷に到着した。
先にステファンが降りて、次に私が降りる。
「ジェフリー!出来るだけ早くお風呂に入りなさいね!温かいスープも飲むのよ!」
「お嬢様!ありがとうございやす!そうさしてもらいます!」
馬車で去っていくジェフリーを見送り玄関に向き直るとそこには腕組をした阿修羅が立っていた。
いや、訂正するわ。
うちのメイド長で、とてもとても有能な彼女は....
「シンシア....。只今戻りましたわ」
「....お嬢様」
あ〜これはお説教3時間コースかな。
正座しなきゃなんとかなるか。
私はこの前遂に目を開けたまま寝るという技を身に着けたんだもんね〜。
「お嬢様。ご無事で良かった...」
え?!ちょっ、ちょっ、待ってよ。やめてよ。普段めちゃくちゃ厳しいじゃん。
時にはお尻もペンペン叩くじゃん。
なのにこうやって優しいときがあるとさやっぱ泣いちゃうよ〜...。
「お嬢様が通られた道の川が決壊して、道路が崩れた所があると報せが届いてシンシアはシンシアは心配いたしました!ご無事のお帰り嬉しく思います」
「うぅ〜...しんしあ〜。うぇ〜んっ...ひっく。ひっく....」
暫く無事を確かめるために抱きしめあった。
「あの〜。俺寒いんでもう行っていいすか?」
ステファンこの野郎。水差すなやぁ!あ、竜もいたね、いけないいけない。早く家に入ろうっと。
「ひっく。ステファンあなたも今日はありがとう。しっかり休んでね。ひっく。ご苦労さま」
竜はシンシアが受け取り、私はまず浴場に直行した。
私の希望で我が家には浴場が作られており、湯船には季節のハーブや花なんかを浮かべていつでも入れるようにしている。
そう、なんとこの世界温泉があったんですよ。
私が生きるこの大陸には火山がある、だから絶対温泉あるはず!いやあってくれないと火山大国で生きるメリット無いじゃんって思って5歳の時に水脈探して掘ってみたんだよね。掘るのは主に侍従たちが。
そしたら吹き上げるように温泉が出てきてそこから我が家ではいつでも温泉に入れるっていうこと。
衛生管理って健康の為にすごい大事だから領内の民にもお風呂に毎日入って貰えるように共同浴場を作って、領民は月額料金を払ってもらうことで入り放題にしてるの。
そこでは私が試行錯誤の上で作ったオーガニック石鹸もどきと、ドリンク、入浴剤のお土産も販売しててうちの領内の目玉になっているんだよね。もう売上が右肩上がりで左団扇っすわ。
毎日お風呂に入るようになったからか、人の体臭とか汚れとか気にならなくなるから大人勢の夜のあれやこれやが快適になったのかな?出生率も上がったし、病気の罹患率も下がった。温泉の良さを楽しみに旅行客まで来るようになったからホテルを伯爵家で建てて、郷土料理も研究したりしてリピーターを増やす努力もしてるんだから。
なんとかこの世界をより良い世界にしたいっていうより、自分が過ごしやすい世界にしたい。ただそれだけよ。そこにあるのは純粋な欲!
決して人の為じゃない!自分の為なのだ!
「あ〜。いい湯だな〜。芯から冷えた身体が温まる〜」
首元までお湯につかって下がった体温を取り戻す。うぉ〜。気持ちいい。この気持ち良さを知ってるのは前世日本人だったからかな。
「お嬢様。心の声が出ておりますよ」
おっと〜。いけねいけね。お嬢の私としたことが。私専属のメイドのカナンが微笑みながら窘めてきたわ。うん。今日もカナンは可愛いわ。
カナンにも素の自分を見せてるからへっちゃらだけどね。
「大丈夫よ。態度は場所に依って変えてるから」
「ふとした時に素の自分が出てしまう。そういうこともありますから気をつけてくださいね」
「は〜い...」
脳みそまでホカホカしそうな位に温まると全身を私プロデュースの石鹸で洗ってもらった。前世であったオールインワンのオーガニック石鹸を目指して作ってはみたけど、なかなか良い仕上がりだわ。
「お嬢様。今日の石鹸の香りはオレンジピールとカモミールにしましたよ」
「いいね〜。爽やかで食事の匂いを邪魔しないからナイスなチョイスよ」
「ふふっ。ありがとうございます」
ピカピカに全身を磨いてもらい簡素な紺色のワンピースを身につけた。
前はゴテゴテしたドレスを着てたけど、全力で拒否したら私は家でならワンピースで食事しても
いいことになったんだよね。でも他の家族はまだドレスアップして生きてる。なんとか健康の観点から服装を変えていきたいな。
こういうのって時代の流行リーダーが発信していけば変わるのかな?
リーダーは....王族だよなきっと。あとはサロンを仕切ってるマダムかな?
あ〜まだ子供過ぎて接点持てないし身分違いもあるしなぁ。
追々考えるか〜。
この世界はスキンケアの概念がなかったから、オーガニック化粧水と保湿クリームこれだけは先に作った。美容液とかアイクリームとかは後でも大丈夫。日焼け止めの開発には手こずってるけど絶対に完成させるわよ。
乾燥、紫外線、刺激は美肌の大敵!
一生の戦いだからね。
そして、それを大量生産はせずに限定生産していって希少性をウリにする必要があるわ。でも平民だって美意識高い人は多いから流通できるように原材料を割安なものにするか、貴族用の化粧水を希釈して薄める分価格を落とすか。今はまだ試験段階だから、この屋敷に勤める全従業員と、ウチが管理してるホテルのスタッフにつかってもらって臨床試験に付き合ってもらってるけど、評判は上々だから今のうちに生産ラインを安定させないとね。
ホテルのスタッフの教育はウチの精鋭部隊であるメイド長シンシアと執事長のファビオンにお任せした結果、三ツ星ホテルかってなくらいの接客スキルを身につけちゃったんだよね。
いやぁ、私が求めた以上の成果を齎すなんて、すんばらしい働きだよ。私なにもすることないな。
接客もサービスも料理も全てがハイクラスだからまた来たい!とリピーターが続出中。
ウチの財産まじで増える一方だから、領地内を整えるのに使える予算が増えた〜!
そろそろ計画を実行に移すときがきたようだ。
私は不敵な笑いを浮かべながらこの後のことをシュミレーションしていた。
やっぱりイメトレってすごい大事。
こう来たらこう!こう言われたらこう!みたいに想定しておくと慌て度合いが抑えられるよね。
「お嬢様。悪人面になってます。お可愛らしいのに...表情管理しましょう」
はっ!私としたことが気が抜けてたわ。
「カナン。指摘してくれてありがとう。助かったわ。確かにこの悪人面は閲覧注意だわ」
現代ならモザイクもんな表情しちまった。いっけね。気をつけようっと。
「お嬢様。整いましたよ。食堂に参りましょう」
「えぇ。ありがとう。髪も綺麗にアップにしてくれて嬉しいわ」
この世界では髪は必ず纏めるかハーフアップとかにして、結ばない状態で誰かと会うことはないんだよね。マナー違反になっちゃうんだって。私は出来れば食事の時はお団子にしてキッチリ纏めておきたい派なんだよね。前に髪の毛がスープに浸ってすごく怒られたし、気にしてご飯食べたくないもん。
カナンと話しながらてくてく廊下を進むと食堂に到着した。
カナンがノックをして中に入室の声をかけてくれる。
このやり取り...めんどくせぇな!家族なのに。気軽に入ればいいじゃんって思うけどまぁこれもマナーだか言ってたわ。
促されて中に入ったけど....
家族誰もいねぇ!!じゃあドアをオープンにしておこうや。
あ〜あ。領内アスファルト計画と馬車改造計画のプレゼンを家族にしたかったのにな。
ステファンが料理を乗せたワゴンで入ってきた。
「ステファン。ちゃんと温まった?」
「ウス。ちゃんと風呂に入りましたよ。隅々まで洗いました。隅々まで。」
「なら良かったわ」
いつもの席につくとステファンが料理を運んでくれるけど、なんだかなぁ。
こんなに美味しそうなのにひとりじゃ味気ないな。静かだし、なんか人の会話聞きたいな。
「ねぇ。静かすぎて寂しいわ。あなた達でなんか雑談してくれない?」
ステファンとカナンがキョロキョロと戸惑ってるけど逃さねぇぜ。
食堂にいるのは私含めて3人だけだ。
気を遣わないメンツならいいでしょ。
「例えばさ世間話でもなんでもいいの。最近の流行りは〜とか。どこのお店が美味しいとか。なんでもいいんだけどなんか話してよ。あ、私に話しかけなくて大丈夫だから」
ステファンは口を尖らせて話題を探してるわ。以外に律儀。
「そうだなぁ。じゃあ...パン屋の息子のジャックがこの前キャシーに告白したんですよ」
「なに?!告白だと?!」
ワクテカもワクテカじゃん!
「お嬢には話しかけなくていいけど勝手に喋るよってことですか?」
「いいから続き!」
「フラレました」
「そうか〜」
「これが100回目の告白だったみたいで」
え、100回だと?重いな。ヘビーだな。しつこすぎてそれ最後嫌われんじゃね?
「最近の恋愛小説の流行りで、一途な諦めない男が人気なんですよ」
「にしても重すぎないか?それに諦めも察しも悪すぎるだろ」
「お嬢様。それは野暮ってなものですよ」
カナンのウィンク可愛えぇ〜!
「現実と虚構は大きな隔たりがありますから。物語では何度告白しようとも気持ち悪がられずに最後は結ばれる。現実ではありえませんが、それをジャックさんはいい作戦だと勘違いしてしまったんでしょうね。お気の毒に。」
ヤベェ。なんだろ800のダメージ喰らって一気に私のMPが減った気がする。ヲタクの私には厳しめに響いたわ。
げ、現実とフィクションの違いは理解してるんだから....
「でもお嬢様。最近面白い本が市中に出回るようになったんですよ」
「どんな話なの?」
「小説なんですけど、悪役令嬢ものとか、異世界転生とか、ハーレム物とかでしたね。あとはツンデレとかBでLな特別な方しか購入できないジャンルの本があるとか」
えっ!?ちょっと待って。それ絶対前世ヲタクじゃん!私以外にも前世の記憶持ちがいるんだ!しかも作る側のヲタクだ!すごいぞこれは!上手くいけば小説を、原作をもとに漫画を描いて、ゆくゆくはそれをミュージカル化して地方行脚するのもありだし。この地に観に来てもらうとかありかも!この世界でアイドル作っちゃう?うぉ〜!ワクワクしてきた!
「カナン!その小説の作者とコンタクトがとりたい!誰が書いてるの?!」
「それが、本名ではなくて作家名がMrsブルネットというそうです」
あ〜。まぁ本名で出してないことは想定済みよ。ブルネットね〜...。髪色に因んでるのかな?世界中のブルネット色の髪の人に聞いて回るわけにもいかんな。
仕方ない作者の正体はまたゆっくり追うか。
「その中でも大人気なのが運命の番という作品なんですよ」
番ね〜。はっ、くだらな。興味ミジンコほどもないな。でも楽しげに話すカナンが可愛いから聞いちゃおう。
「運命の番に出逢うと雷に撃たれたみたいにビビビビッて衝撃が走って一目で分かるんですって。作者の数少ない情報ですと、作者自身が運命の番を得ているそうなんです」
「現実にもあるってこと?」
「はい、そうですよ。もちろん種族は限定されます。運命の番が分かると言われているのは竜人、獣人、エルフ、魔族、主にこの4種族です」
「この世界には色んな種族がいるんだね」
「お嬢。俺腹減りました。もう食べないならもらっていいっすか?」
割り込んできたステファンが指差すのは私が少しだけ手を付けたけど殆ど食べてない料理の数々。
お腹空いてないし、残すのはもったいないわね。
「いいわよ。食べかけでよければだけど。ほらそこに座って食べなさい」
「ラッキー♪これ食べて見たかったんすよね。魚美味そう!いただき〜!」
パクパク食べてるけど物凄いスピードでも綺麗に食べれるのは凄いわ。
何気にちゃんとマナーを収得してるのね。
感心感心。
「もうすぐ王族の式典があるので国内の貴族全員と世界中の代表者がこの国に集うんですよ。その中にはもちろんエルフも来るので楽しみなんです♪」
え?!なにそれ聞いてないけど!
なんで誰も教えてくれなかったんだよ〜。
ってことはまたあの重いドレス着て、骨を圧迫するコルセット着なきゃいけないってこと?
.....絶対イヤ!!!
「カナン!式典まであとどれくらい?」
「え?確かあと2週間程だったと思いますよ」
2週間か...イケるかな。ギリギリかな。
よっし!下着とドレスを私好みにリメイクしてやる!
「わたしやることできた!ご馳走さま!!」
ダッシュで部屋に向かわないと!
衣装部屋には私の全く好みじゃないドレスがびっちりと掛けられている。
その中でも一番シンプルな落ち着いた色合いのドレスを探した。
これだ!!
このドレスをリメイクしてやるもんね〜。
この濃い青のドレスの色合いは重たすぎずでも子供っぽくもないからピッタリだと思うわ。
まずはフリル、レース、リボン全部を丁寧に外さないとね。
ちまちまとした作業は肩も凝るし腰は痛えわで集中力も必要だからイライラしてきたわ!
「お嬢様。代わりましょうか?」
振り向くと女神のようなカナン様が私に手を差し伸べてくれてる。わぁ...女神やんか。
「いいの?これ結構、いや思ってた数倍大変で....ありがとう」
カナンはしっかりと受けとってくれた。
ほんと感謝。感謝カンゲキ雨嵐...これ誰が言ってたんだっけ?
私は邪魔にしかならないし正直めっちゃ眠い。
カナンが寝てもいいって言ってくれたからお言葉に甘えて寝ちゃおう。
ベッドに入ったら私は秒で夢の中の住人になったみたい。
ぐっすり眠れるって幸せだよね~。
明日に備えて私は休息するのであった。