考察5 「ヒロイン」に関するあれこれ ーツンデレ編ー
「先輩、ヒロインを決めましょう!」
「これまた唐突だなぁ」
バタンと、勢いよく部室に入ってきた出雲は、開口一番そう言った。
俺としては例の噂なんかについて質問しようと思っていたのだが、タイミングを失ってしまった。まぁ、聞かなくて困ることでもないから、後回しでもいいか。
「というか、一番最初に決めるのがヒロインなのか?普通こういうのって、世界観とか主人公とか、それこそ結末から決めていくようなもんじゃないのか?ほら、プロットとかってよく聞くだろ」
「よく考えてみてくださいあめ先輩。私たちは素人ですよ?そんな人たちが簡単にそんなものを作れるわけないじゃないですか」
「た、たしかに……?」
「だから私、考えました。作品を作っていく上でのテーマというか、私たちのルールに近いものですね」
ほほう。それは気になる。というか出雲は出雲でいろいろと考えてくれてるんだな。
「テーマはズバリ!!【いかにヒロインの可愛さを引き出せるか】です!!」
「ヒロインの可愛さ、なるほど!そういうことか!」
出雲が言いたいのはズバリ、「ヒロインの魅力的な部分を引き出すための舞台」を作品として作り上げるということか。
「つまりあれだ、ヒロインの設定っとシチュエーションだけ作っちゃって、あとはそれに必要なパーツを当てはめていくと」
「いぐざくとりーです。さすがは先輩」
なるほど、確かにそれなら作品作りのイメージはしやすいな。
「というわけで、細かい設定の前に属性を決めちゃいましょうか!」
「属性、ねぇ」
つまりは性格、一番重要な個性の部分だ。
「ツンデレだな」
「ツンデレですね」
決定。いやぁアブナイ。ほかの意見が出ていたら戦争が始まるところだった。
「やっぱツンデレっていいですよねー!定番ではありますけど、素直になれない女の子って本当に可愛い!」
「そうなんだよな。やっぱりヒロインといえば、ツンデレが一番って感じがするな」
もちろん主観であり、他属性に比べて120%の魅力って話だけどな。
「さすがわかってますね!やっぱり紆余曲折を経て、主人公にデレデレな姿を見せるのが最高ですよね!!これこそツンデレって感じで!」
「……は?」
え、今なんて?
(今なんて?)
「今なんて?」
「え?」
自分でも驚くほど低い声が出た。いや、それはいいのだ。それよりも、今なんて?
「いやだから、主人公にデレデレしている姿が最高って」
「それはツンデレ、いや、そうか?君は今、ツンデレの話をしているんだよな?つまり君は、ツンデレヒロインはデレる部分が最高だと、そう言いたいんだね?」
ミシリと、俺の中で何かが壊れる音がした。
「そ、そうですね?だってデレの部分が一番大事ですよね?一番ヒロインが輝く瞬間じゃないですか!」
「違う、違うぞ出雲。ツンデレが一番輝くのはだな?」
いつもはやられっぱなしだ。ここらで一つ理解らせてやるとしようじゃないか
「デレていないときなんだよ!!!」
教育の時間だ。
ーーーー
こんなあめ先輩を見るのは初めてだった。なんというかスイッチが入ってしまったというか、具体的に言えば目からハイライトが無くなっている。怖い。
「いいか?ツンデレが一番輝くのはな、デレてないときなんだよ!ツンデレが甘えるような行動をするのが良いのは認める。だけどな?ツンデレのツンデレたる所以はツンツンしてるところなんだよ。いいか?安易なデレは許しちゃいけない。開始1話でツンよりもデレの比率が多い奴はツンデレじゃねぇぞ。そんなのはただのかまってちゃんだぞ。ただコミュニケーションが下手なだけだぞ!!!」
「せ、せんぱい。おちついt」
「いいか!?デレなくていいんだよ!お互い言葉にしなくてもわかってるから〜みたいな、二人だけの距離感を楽しみたいんだよこっちは!!」
「もうそれ先輩の癖ですよね!?単純に先輩がそういうのが好きってだけじゃないですか!!」
「そうだが?」
「ひ、開き直った!?無敵ですか???」
取り乱したかのように思えば、スンっと落ち着きを取り戻す先輩。どうやら私は大きな地雷を踏んでしまったようだ。
「あのな?極論ツンデレキャラはデレなくっていいんだよ」
今度は諭すように語りかけてくる。落ち着いてくれたのはよかったけど、内容には気になる点が多い。
「いやいや、それじゃあツンデレではなくないですか?」
普段ツンツンしている女の子が、不意に見せるいつもと違う表情にそそられるのでは?
「それがそうでもないんだな」
まるでわかってないとでも言いそうな先輩。なんだか得意げになってるところは普段見ないので、ちょっとかわいいとか思ったりしなかったり。
「いいか?デレにも芸術点というものがあってだな?ただデレればいいってもんじゃないんだよ」
「と、言いますと?」
「デレは気づきにくければにくいだけいいんだよ。それは作中の登場人物もそうだが、メタ的な視点で見てる読者にとってもだ!!」
「読者にとっても?どういう意味っすか?」
気づかれなければ、作品として体をなさないのでは?
「例えばだが、ここにあるクラスメイトがいます」
「はい」
「二人は男女で、女子は男子に対してツンツンしてます。しかし二人は何の因果か同じ部活になっちゃうわけだ」
「まぁ、テンプレというか、聞いたことのある設定ですね」
「そして季節は冬。古い部室棟にはエアコンなんてものはなく、電気ストーブで暖をとるわけだ」
「なんというか、ノッてきましたね先輩」
一人で熱弁する先輩は、とても楽しそうだ。え、もしかして普段の私ってこんな感じ?
「しかしコンセントの位置が悪いのかストーブが遠くて、普段の定位置では、男子生徒は満足に暖をとれない。しかし女子生徒はストーブの近くに座ってるから問題がない。男子生徒は気を使って決してそれを口には出さないが、まぁそこそこ辛いわけだ」
「例えが具体的すぎるんですが」
本当に例え話ですよね?それ。
「さぁ、ここで女子がとる行動は何でしょうか」
「え、そんなの決まってるじゃないですか!頬を朱色に染めながら『も、もうちょっとこっちに座ってもいいわよ……』とか言うんですよ!男の子はそれを聞いて「お、おう……」とか言って少し気まずい無言の時間が流れるんですよ。その距離感というか、素直になり切れないもどかしさがたまらないというか!」
その空間がいいんですよねー。精一杯ごまかしつつも、気遣いが隠し切れないところっていうか!!
「甘い、甘いぞ出雲。それじゃ80点、いや、良くて95点といったところだな」
「めっちゃ高得点じゃないすか」
「確かに、そんなシチュエーションもいいかもしれない。だけどな、ここでの最適解はそうじゃないんだよ」
「と、言いますと?」
「延長コードだ」
「……はい?」
えんちょうこーど?あの、コンセントに差して使う、あの?
「いいか?ある日の描写で、男子が寒いという描写だけを残しておくんだよ。もちろん、女子に遠慮して改善を諦めるような心情も残しておく」
「は、はぁ」
「場面は移る。部活としての活動なのか、学校生活なのか、はたまた学外の活動なのか。なんだっていいさ。その中で女子の男子に対する心情が少し改善されるわけだ」
「まぁ、物語である以上は、何かしらの進展はあるでしょうしね」
わからん。先輩が言いたいことがわからん。延長コードってどういう意味だ?この流れだと、二人にとってちょうどいい位置に調整するだけじゃないだろうし。
「しかしだ、男子の女子に対する心情はまだ特に変わっていない。ここまではオッケーか?」
「オッケーっす」
「よし。そして場面は、部室での一幕へ。当然そこでは二人の会話が織りなされるわけだが、そこで背景に注目していだだきたい」
「……延長コードでストーブの位置が変わってるんすね?」
な、なるほど。言いたいことが分かったかも?
「つまり、さりげない行動にデレが隠れていると嬉しいんすね?」
「そういうことだ。近くに寄らせるとかは、何というか直接的すぎる。こうしたさりげない部分に、心の距離の遷移を表されてほしいんだよ」
まぁ、言いたいことはわかるっすよ?
「それに後で男子が気づくんすね?それを見て、「なんだよあいつ……ったく///」みたいになるのがいいんすね!!」
確かにさりげないデレ……いいかも。
「まぁ、確かにそういうパターンもいいさ。だけどな、そういう描写は無くたっていいんだよ」
「え?でもそれじゃデレの意味なくないですか?誰にも気づいてもらえないんじゃ、かわいそうじゃないですか」
男の子のためのデレ。気づかれなければかわいそうではないか。
「誰にも気づかれてないっていうのは間違いだぞ。よく考えてみてくれ。この場にいるのは、二人と作者と、そして俺たちがいるだろ」
「つ、つまり、読者にだけ通じればいいと!?」
そ、それじゃあ物語として形を成さないのでは?
「想像してみるんだ。その延長コードを見て、俺たち読者は気づくわけだ。ああ、なんて素直じゃなくて、可愛いんだろうと。でもな、男子はそれに気づかない。だけどな、女子はそのことに何の文句も言わないどころか、それを気にする素振り、および描写すら見せないんだよ」
「そ、それって……!!」
「わかるか!?その健気さが垣間見える気遣いの尊さが!!ありがとうと言ってほしいわけじゃない。その奉仕精神ともとれる献身が!!」
「せ、せんぱい!!」
「いいか、第三者にしかわからないデレというものが存在するんだよ!!本人はデレてるつもりがないのかもしれないがな?俺たちにとっては、それで十分なんだよ!!」
「な、なんかわかった気がするっす先輩!!」
正直ここまでガチな話をされるとは思ってなかったけど、言いたいことはわかる。確かにいい。これはいいものだ。
確かにいいけど、あれだ、うん。
なんだかなぁ?
「なんか、めんどくさいっす」
「っーーーー!?!?」
「いや、先輩の言いたいことはわかるっすよ?だけどなんだか限定的っていうか、わかりにくいっていうか」
「と、ととと、と、言いますと?」
動揺しすぎでは?このモードの先輩面白いな。
「やっぱり分かりやすいのも大事じゃないですか?やっぱり関係が進んで、今までの分甘えるのが可愛いというか」
「うーん。まぁ、言いたいことはわかるよ。だけどな、なんというかツンデレキャラがそうなると、ちょっとがっかりしちゃうところもあるというか」
「ええ!?何言ってるんですか!!ツンデレっすよ!?デレを否定してどうするんすか!!」
「いや、デレを否定というよりも、キャラがブレブレなのはどうなのッていうか」
キャラがブレブレ?
「いや、どうしてもな。ツンの部分が魅力のキャラっていると思うんだよ。それがある一定を過ぎると一切ツンツンしなくなる。それは違うんじゃないのか?っていう」
「あぁ、そういうことですか」
それはちょっとわかるかもしれない。
「もちろんこれは個人差があるんだろうけどさ、ツンデレを名乗る以上は、ずっとツンツンはしててほしいんだよ」
「わがままですねぇ。でも、ちょっとわかるのが悔しいっす」
ほんとにこれは、個人の好みの範疇ですからね。
「脱線したな。続きに戻るか」
「あ、まだあるんすね」
「当たり前だ。まぁつまりは、デレずにデレる方法があるってことだ」
「それは確かに納得っす。他にもあるんすか?」
「もちろんだ。とはいえ、おそらく聞いたことのあるようなものばっかだぞ?」
そう前置きをして先輩は続ける。
「例えば『普段仲の悪い妹が、たまたま連絡もなしに家に帰るのが遅くなった兄に怒る』とかな」
「これはまた具体的ですね!?で、でもそういうことですか。これは分かりやすいっすね」
つまり、兄の身を案じて心配したわけだ。それを起因とした怒りの感情。怒りというデレ。たしかにこれは、遠回りなデレだ。
「他にはそうだな。嫉妬なんて一番わかりやすいな。それによって拗ねるのか、怒るのか、悲しむのか。どうであれ、読者から見れば立派なデレだ」
「なんというか、最初からそう言ってくれればすぐに理解できたんですけどね」
今日の先輩はなんだか、まわりくどいっす。
「むむ。そうか?悪いな、こんな話をするのなんて普段機会がないからな。出雲以外にこんな話しないし、つい楽しくなってな」
(そ、それって)
ドキリと、そう胸が少し高鳴ったのを自覚する。
あぁもう!こんな話をした後に、そんなストレートに言うこともないでしょうに。
「わ、わかりました!ともかく、ヒロインはツンデレキャラで確定ですね!!きょ、今日はこの辺にしましょうか!!」
「お、おう。そうだな。それじゃあ帰るか」
「はい!私用事あるので、職員室寄っていきますね!!」
「おーう。じゃ、また明日な」
「!!は、はい!また明日、です!」
そう言い残して、私は早足で廊下を歩く。
なんだか負けた気がするのに、自分は誤魔化せない。
「また、明日」
ぼそりと呟き、私は真っすぐ、先輩に追いつかれないように帰った。