曇らせたがりな君と通学路
「おはようです!先輩!」
「わわっ。お、おお。おはよう出雲」
朝、通学路を歩いていると、後ろから軽い衝撃に襲われた。振り返るとそこには、からかうような笑顔を見せる出雲がいた。朝から体当たりとは、元気で何よりだ。
「出雲も徒歩通学なのか?」
「そうですよ!その感じだと、先輩も毎日歩いてるんですね?」
「まぁな。たまに自転車も使うけど、基本的には歩きだな」
俺の家は、学校からおよそ歩いて10分という近場だ。ぶっちゃけ、近いからこの学校を選んだというのもある。自転車を使ってもいいのだが、学校までが中学校の通学路ということもあり、人通りが多いから歩いているのだ。
「私もですよ!もしかして、家も結構近い感じですかね?」
「そうかもな。俺はさっき家出たばっかりだし」
俺の家は学校から最寄りの駅とは逆方向なので、通学路で会うということはこの辺に住んでいるのか。
もしかしたらこれまでも、意識していないだけで何度もすれ違ったりしているかもしれない。
「まぁ、せっかくだし一緒に行くか。出雲は誰かと待ち合わせしたりしてるか?」
「してないです!一緒に行きましょー!」
というわけで、二人並んで歩き始める。
こんな姿を見られたらいらぬ勘繰りをされそうだが、減るような名誉もないし、むしろ光栄なぐらいか。誤解という点では、もう手遅れなような気もするし。
無論、出雲が嫌がらなければだが、嫌がるようなら教室に呼びになんか来ないだろうし、変に遠慮することもないだろう。
「ねぇねぇあめ先輩。そういえば気になってたんですけど、どうして文芸部って、先輩がいながら幽霊部になっちゃってたんですか?」
「それはだな。本当に大した理由はないぞ?」
理由は簡単だ。本当に大した理由はない。
「二つ学年が上の代に部員は二人いたんだけどな。その人たちも部室を溜まり場にしてるだけで、文芸部的な活動は一切してなくてさ。正直な話をすると、俺が文芸部に入ったのは、文芸部が幽霊部だったからなんだよな」
「なるほど、幽霊部になったわけじゃなくて、元々幽霊部だったんですね」
その通りだ。だからぶっちゃけ、入るのは文芸部じゃなくても良かったのだ。部活に力を入れるつもりが元々なくて、幽霊部だって他に選択肢がなかったわけでもなかった。本が好きだから文芸部にしただけだ。
「んで俺の代に入部したのが俺だけで、先輩一人しかいない部に入るのも憚れたんだろうな。新入部員はそれ以降現れなくて、俺も活動をしてなかったってわけだ」
「じゃあ、あの日先輩がいたのって」
「ああ、本当にたまたまだよ」
雨が降っていたあの日、たまたま出会った二人と言えば、どこか聞こえはいいかもしれないけれど、実際は幽霊とサボりの二人だ。少々ドラマに欠けるだろう。
「たまたま、ですか」
「出雲?」
出雲のそんな呟きに引っかかる。何か、思うところがあっただろうか。
「いいえ?なんでもありませんよ!」
パッと笑顔を咲かせる出雲。何か言いたそうだったが、深追いするのも良くないだろうか。
「さ、どんどん歩きましょ!」
「お、おう」
なんだかはぐらかされた気がするが、一度聞きそびれるとそれ以上聞くのも嫌がられそうだ。
俺は仕方なしに、半歩前を歩く出雲に着いていく。
「ーーーーなんてシチュ、良くあるじゃないですか?」
振り返り半歩分の距離を詰めて、してやったりといったにやけ顔で、上目遣いに出雲はそう言ってきた。
だけど残念かな。俺は鈍感系じゃないんだなこれが。
「うん。なんかそんな気はしてたけど」
「えー!?全く動じず!?どんだけ鋭いんですか先輩!?」
だって、本当にたまたまだろあれ。
「まぁ、はい。本当にたまたまですね。そもそも文芸部が存命って、私知らなかったですもん」
「さぼり部員同士が、偶然鉢合わせただけだもんな」
どこか拗ねたようにむくれる出雲。なんだろう、小動物が拗ねてるみたいで、うん、あれだな。
まぁ、実は出雲が狙ってやっていたとか、そんな事情があれば劇的ではあるが、正真正銘初対面みたいだし、そもそもそんなことをする理由もないしな。
「まあ、先輩が察しいいのはわかりましたよ。私としてはもっと騙されてくれてもよかったんですけどね」
「残念だけど、俺は鈍感系があんまり好きじゃないんでね」
よくあるシチュエーションだ。ヒロインの子が主人公が知らない秘密を抱えていて、少し悲しそうな表情を浮かべたりする、あれだ。
「鈍感系はともかく、出雲はこういう場面が好きそうだな」
「ええ!好きですとも!!女の子が苦悩する姿!最高です!」
ああ、どうやら曇らせスイッチが入ってしまったようだ。
「特に主人公が悪くないパターンは最高ですね!主人公の心を守るために、女の子は秘密を抱え込むのです。それを知った主人公が、ヒロインへの好感度を高めてもよし。はたまた、自分の不甲斐なさに曇るのもよし。一度で二度おいしいですね!ね?あめ先輩?」
「ボクモソウオモイマス」
こうなったら、同意を得るまで「わからせ」られそうなので、大人しく同意しておく。言いたいことは分かるしな。
「ちなみに私も、鈍感系はそんなに好きじゃないですね。なんというか、違う生き物を見ているようで。ギャグに振っている鈍感は好きですけど、恋愛に振った鈍感は好きになれません」
「わかるわ。俺もそんな理由だわ」
あいつら、いくら何でも鈍感が過ぎるからな。鈍感というよりも、人の心とかデリカシーがないというように受け取ってしまうのだ。
「そうなんですよ!あいつらーーーー」
出雲の話はどんどんと熱を帯びていく。暴走気味ではあったが、やっぱり出雲とのこういう話をするのは楽しいな。
なんて言っている間にも学校には近づいているわけで、つまりは同級生に会う可能性も高いわけで。
「あ、ことちゃん、おは、よー……?」
ことちゃん、つまりは出雲ことのことだろう。同級生らしき女の子が、出雲に挨拶をしてきた。
「あ、えっと……その?」
「……」
黒髪ロングの、いかにもお嬢様を想起させる様な見た目の彼女は、挨拶の途中で俺に気づいたのだろう。かなり気まずい空気が流れる。
「あ、おはよう楓!」
当の本人はどこ吹く風。元気に挨拶を返す。
「あ、そっか初対面だよね!この人が例の先輩だよ!」
「あ、ああー!この人が例の!」
「おい、例のってなんだよ。どんな紹介してるんだ」
まともな人物像が彼女に浮かんでいるか、すごい心配なんだが?
「新城楓です。ことちゃんとは中学校からの友達なんですよ」
「天城あめだ。一応出雲の先輩?ってことになってる。よろしくな」
言いながら、そもそも新城さんの先輩でもあるわけで、言っててなんかおかしく感じる。
ともかく、挨拶の感じだとすごい良い子そうだ。まぁ、出雲の友人だから変人ってわけでもないか。
「なんか失礼なこと考えてませんか?」
「カンガエテナイヨ」
「あーその顔はごまかしてる顔です!さっきもその顔してたの気づいてますからね!?」
「わっ、ちょ、落ち着けって。俺が悪かったから頭突きすんのやめろ!!」
俺の腕をつかんで肩付近に頭突きしてくる。普通に痛い痛い!
それにだ。学校が近いということは、同級生たちからの目線も多いわけで、端的に言うと色々と恥ずかしい!!
(なんでもなさそうにしよってからに!俺が意識しすぎなだけなのか!?)
そんな俺たちの様子を見て、新庄さんは笑顔でこんな一言を投下してきた。
「仲良しですね」
「否定してもしなくても地獄なんだが!?」
訂正。いい子じゃないかもしれん。あの笑顔でこのセリフは、完全に分かってやってる。
「むう。二人で通じ合ってる感、気に入らないんですけど」
「だったら落ち着きを覚えろ。な?だから俺の腕を振り回すのをやめなさい。ね?」
結局そのあと、学校に着いて新庄さんが出雲を止めるまで、俺の腕はおもちゃにされ続けた。
ーーーー
「先輩、優しそうな人だね」
「んー認めるのもやぶさかではないですかね?」
天城先輩と別れてから、私はことちゃんにそう切り出した。全く、素直じゃないんだから。
「まぁ、良い人であるのは間違いないですね。私のわがままに、なんだかんだ付き合ってくれますし」
お、ことちゃんが少し素直になった。冗談でも、先輩の良いところを否定する気にはなれなかった様だ。
かっわよ。
「先輩恥ずかしそうにしてたね」
「いいんですよ!私を適当にあしらった罰だから!」
全く、どれだけ先輩の事を気に入ったのだろうか。文句を言いながらも、その表情はとても楽しそうだ。
(本人は気づいてるのかな?)
気になったら、聞いてしまうのが早いだろう。
「ことちゃんは、先輩のこと何とも思ってないの?」
「えっ!?わ、私が先輩のこと……?」
察しがいいことちゃんは、私が言わんとしていることを正しく理解したようだ。
「まぁ、その、なんですか?」
ことちゃんは少し考える仕草を見せると、少し間をあけて、少し照れたように言った。
「なんでもなくは、ないかな?」