考察4 「一次創作と二次創作」に関するあれこれ
俺が作品を作る。どこか現実味のない、しかしすでに決まってしまった現実に、俺は浮ついているのを自覚した。
朝、いつも通りの通学路なのに、どこか景色が変わって見えるのは、いくらなんでも心がざわつきすぎだろうか。
『とはいえ、すぐに創ろうってわけじゃないですよ?しばらくはこうしてだらだら語らいましょう!』
昨日、別れ際に出雲はそう言っていた。だからしばらくは制作に取り掛かるってこともないだろうが、正直に言えば結構楽しみな自分がいた。
「よ、おはよう」
「おーう。おはよ、ケンジ」
教室に入り、席に着いた俺に、クラスメイトであり、小学校からの友人である、平川健二が話しかけてきた。
「で、昨日の子はどういうことなん?」
ガシッと肩を組まれ、ケンジは俺に追求してくる。もしかしなくても出雲のことだろう。結構目立っていた自覚もあるし、そうなるとは思っていたけど。
「驚くことに新入部員だ」
「新入部員?あぁそっか。あめ、一応文芸部の部長だったもんな」
そうなのである。私天城あめは、文芸部の部長なのだ。
「で、なんでまた文芸部なんかに?ほとんど活動してないだろ」
「まぁその、色々あってな。文芸部も幽霊じゃなくなるかもって話だ」
2人で作品を創る。彼女の案に乗ったからには、部室に足を運ぶ回数も増えるだろう。文芸部は幽霊部じゃ無くなるのだ。
「へー、良かったじゃないか。別に文芸部に思い入れなんか無かっただろうけど」
「まぁな。だけどせっかく活動再開するわけだし、中途半端も面白くないかなって」
文芸部に思い入れがなかったのは本当だ。だからって半端な気持ちで取り組むよりも、それなりの気持ちで臨んだ方が、きっと楽しいだろう。
「ま、頑張れよ」
「おう、ほどほどにな」
担任が教室に入ってきて、ホームルームが始まる。その日の授業は、なんだか早く時間が進んだ気がした。
ーーーー
「というわけで!早速案を練ってみましょう!」
「と、言われてもなぁ。一次創作なんてしたことないから、どうすればいいかなんてわからないぞ?あれか、『ぷろっと』とか作るのか」
「なんで異世界言語覚えたての現地民のじゃろり姫みたいになってるんですか」
「よく理解るなぁ」
放課後。出雲は張り切っていた。だけど俺は創作なんてやったことないため、正直何から手をつけるべきか分からないでいた。小ボケ拾われたのは正直嬉しかったりする。オタクの性だな。
「そんなのはほら、先輩男の子だから大丈夫ですよ!寝る前によく妄想してるでしょ?学校に侵入したテロリストを素手でボコしたりしてるでしょ?」
「それ、男子万人共通事項だと思うなよ?」
「してないんですか?」
「シテナイヨ」
「してるんじゃないですかぁ」
ニヤニヤと笑みを浮かべからかってくる出雲。しょうがないだろ!うるせぇ!あれは誰だってしたことあるだろ!
「まぁ企画段階ですから、案なんてざっくりでいいんじゃないですか?というか私も素人ですし。詳しいことなんて分からないですよ」
「前途多難だなぁ」
一応、お前小説投稿したことあるだろと突っ込みそうになったが耐える。なんか地雷な気がする。絶対めんどくさいことになる。
でもまぁ、手探り感が楽しそうなのは間違いない。別に絶対成功させなきゃいけないような課題でもないし、変に気負う必要はないか。
「でもあれだな。二次創作の方が簡単そうだよなぁ」
それは本当に、本当に何気ない一言だった。
そもそもこれは相対的な意見であって、どっちも簡単じゃないことはわかっているのだ。
だから別に、二次創作を軽んじての発言ではなかった。それは間違いない。俺は創作の素人だ。つまりこれは素人の意見で、深い意味なんてないのだ。
だけどそんな一言を、彼女は見逃さなかった。
「今、なんて言いました?」
「イ、イズモサン?」
「今、二次創作は簡単って言いましたか?」
「い、いや、そこまでは言ってな」
「二次創作なんて誰でもできるって言いました!?」
「だから言ってないって!!」
身を乗り出して俺を詰めてくる出雲。近い。普通に照れるからその距離感はやめて欲しいのだが!?
「こうなったら先輩がちゃんと理解できるまで、今日は帰しませんからね!?」
「わかったわかった!だから一旦落ち着いてくれ!」
俺の言葉を受け、一応の落ち着きを見せる出雲。だけどそれは一時的なもので、その激情は今か今かと解き放たれるのを待っている。
「いいですか!?先輩は二次創作の過酷さを分かってません!」
「お、おう?」
「二次創作ってすっごい難しいんですから!!」
「た、例えばどんなところが?」
こうなったら発散させるしかないのは、短い付き合いだがもう分かっている。俺は出雲に続きを促した。
「そうですね。まず第一に原型があるってことですかね」
「原型がある?」
そりゃ、あるだろ。二次創作なんだから。オリジナルである一次創作とは違って、原型があってこその二次創作だ。
原型があるこそ成り立つ分野であって、むしろ物語としての下地がある分、やっぱり一次創作よりハードルは低くないか?
「分かってないですね、先輩。原型があるってことは、そこには法則があってルールが存在するってことなんですよ」
「ルール?」
「そうです。最低限守らなきゃいけないこと。つまりは設定から逸脱できないってことですよ」
「あーつまりあれか。二次創作は一次創作ほど自由ではないってことか」
「そう言うことです。決められたキャラを使って、決められた世界観で書くっていう、ぶっちゃけ縛りプレイみたいなものです」
「なるほどな。そう言われたら急に難しく感じるわ」
確かに一次創作は自分がルールだ。だけど二次創作はそうじゃなくて、少なからず正解がある。
「厄介なのは、読者それぞれに正解があるってことです。言ってしまえば、二次創作は作品に対しての妄想群ですから。読者にとって都合が良くなければいけないのです」
「なるほど。それはすごいしっくりくるわ。人の作品における、頭の中の『こうだったらいいな』を出力したのが二次創作だもんな」
「そういうことです。まぁ要するに、一次創作は作者がルールですからね。だけど二次創作は違う。そこにはルールが存在して、そこから大きく逸脱することはできないんです。もちろんこれは、世に出す作品としての制限ですけどね。個人で楽しむのはもう無限ですね」
なるほど、下地があるが故の制約ってことか。
「先輩は夢SS、ひいては夢主という言葉を聞いたことはありますか?」
突然出雲は、居住まいを正してそんなことを尋ねてきた。
「夢SSは聞いたことあるけど。夢主はつまり、作者自身および読者のことか?そして夢主は、物語の登場人物でもある、で合ってるか?」
中途半端な知識だが、多分あっていると思う。
夢SS。SSとはショートストーリー。つまり短編のことだ。そして夢とは、文字通りドリーム。二次創作のことを指す。
「そういうことです。つまり夢主とはオリキャラのことで、一言で言えば作品から逸脱した存在ですね」
「まぁ、オリキャラがいるのも二次創作ならではだよな」
せっかく妄想を作品として書いているのだ。オリキャラの一人や二人出るだろう
「さてここで、お手持ちの携帯で『夢主』と検索してください。そしてサジェストを覗いてみてください」
「ん、どれどれ」
サジェストといったら関連項目のことか?何が言いたいかはよくわからないが、とりあえず言う通りにする。
「夢主夢主……あぁそういうことか」
「見つけたようですね?そうです。そういうことなんです」
出雲の言いたいことはすぐに分かった。検索の上位にすぐ上がってきたからだ。
「『夢主 嫌い』『夢主 気持ち悪い』かぁ」
「そういうことです。夢主は結構毛嫌いする人がいるんです」
でてきたのは、夢主に対して否定的な意見の数々。
「ふむ、オリキャラの自我が強くて気持ち悪い。原作の原型がない。もうオリジナルでやれよ。結構いろいろと言われてるんだなぁ」
「そうなのです。夢主は好き嫌いが結構出るんですよね」
否定的な意見はほとんど、原作が崩壊していることだったり、オリキャラが気に入らないなどだ。
「まぁ、言いたいことは分かるかもしれない。その作品が好きな人からしたら、原作の崩壊は見ていて気持ちの良いものではないからな」
「そうですね。気に入らないなら見なきゃいいじゃん、っていう意見がたまにありますけど、二次創作作品を公開している以上、そういう意見が飛んでくるのはある程度は仕方ないと思いますよ」
「二次創作が難しいっていうのがわかった気がする」
「そうです。難しいのはここなんですよ。一次創作なら『うるせぇ!ドン!』ってできる意見でも、二次創作だと、しばしば批判が正解な場面が出てきちゃうんですよね。原作という絶対がある以上、二次創作はあくまで二次創作ですから」
なるほど。だけどいくつか、的外れな意見も見て取れた。
「ただ、妄想が気持ち悪いとかっていう意見はお門違いだよな」
「そうなんですよ!別に妄想の中でぐらいいいじゃないですか!気持ち悪くたって!!」
そう、本人たちが楽しかったらいいのだ。その部分に対しては、それを外野がとやかく言う必要はないはず。
「というか、言葉は悪いけど夢小説は気持ち悪くあるべきだよな。その気持ち悪さこそが、夢小説のあるべき姿だろ。そうじゃなきゃあんまり魅力を感じないけどな」
「理解ってますね、あめ先輩!そうなんですよ!気持ち悪くない夢SSなんかあるわけないいんですから!!」
俺の言葉に喜ぶ出雲。例にもれず、書いてるんだろうなぁ。夢主なんだろうなぁ。
「でも、そんな言葉を真に受けちゃう人もいるんですよ。二次創作として完成度が高くとも、気持ち悪いという意見で筆を折ってしまう人がですね」
「なるほどな。でもさ、思ったことがあるんだけどさ、それって本当に『公開』しなきゃいけないのか?ぶっちゃけ、夢小説って自分のために書いてるもんじゃないのか?だったら、わざわざ公開しなくても、したとしても閉じたコミュニティで十分じゃないか?何も筆を折るぐらいなら、そうするのも手だと思うけど」
もちろん筆を折るぐらいなら、だが。的外れな批判が悪いのは分かっているけど、万人受けしないジャンルを、無理して公開する理由が俺にはわからなかった。
ましてやそれで、筆を折ってしまうなんて。
「それができたら苦労はしないですよ。自分が好きなものを、自分が良いと思っていることを共有したい気持ちっていうのは、そう簡単に抑えられるものじゃなんですから。それは一次創作でも二次創作でも一緒です」
「そんなものなのか」
「そんなものなんです」
もちろん、その気持ちは分かる。自分が好きなものを知ってもらいたいという気持ちは、当然俺にだってある。だけど自分が傷ついてまで。俺にはそこまでの気持ちはない。
「先輩も理解出来る日が来るかもですよ?なんせ、先輩も作品を創るんですから」
「かもな。ま、そもそも否定するつもりは全くないけどな」
「ま、ともかく。今後は軽々しく簡単だとか言わないように!わかりました?先輩?」
「はいよ、気を付けるよ」
比較的、という部分は無かったことにされていた。まぁ、たいして意味は変わらないし訂正はしなかった。
「ま、ともかく!あめ先輩の好きな作品とか教えてくださいよ!なんか私ばっかり喋ってる気がします!」
「気のせいじゃないだろうな。ま、いいよ。俺が好きなのはだなーーーー」
出雲にそんなことを言ったくせに、この後俺は好きな作品について語りつくすことになる。救いだったのは、出雲はそんな俺の話を、終始楽しそうに聞いてくれたことだろうか。