考察1 「エルフの森は燃やされるべきか」に関するあれこれ
「今なんて?」
「ですから!『エルフの森は燃やされるべきか!』です!」
ほう。どうやら耳が悪くなったわけでは無いようだ。
「なんでまた、そんなテーマを?」
「いや、気になるじゃないですか。なんですぐエルフの森って燃えるんでしょうね?」
いや確かに?よく燃えるイメージはあるけど?
「私って、そういうところに引っ掛かっちゃうんですよね。何というか、そもそもとしての設定的な?」
「うーん。わかるようなわからないような」
確かに俺も、前提として疑問に思うようなことはある。言われてみれば、何でエルフの森ってよく燃やされてるんだ?
「エルフの森が燃えるパターンには、大きく分けて3つあるんですよね」
出雲は続ける。本当に続けるらしい。
言っちゃなんだが、俺もそこそこなオタクとしての自覚があるから、受け入れられる題目であるだけで、普通ドン引きされる気がするんだが。
「まず一つが『エルフという種族が迫害されているから』ですね」
本当に続いた。
だけど、なるほどな。確かにエルフが迫害されている作品は沢山ある。特に人との間に生まれたハーフエルフだとか、ダークエルフだとか。
「森の中でも、ダークエルフの森はとびきりよく燃えますからね。大体のダークエルフが人恨んでますし、その半分以上は森燃やされてますし」
「まぁ確かに、ダークエルフって何かと冷たいイメージはあるかもだな」
ほんわかしたラブコメ色強めの作品では違うだろうが、世界観ががっちりした作品では、難しい立ち位置にいることが多いよな。
「まぁダークエルフはいいんですよ。もともと、『人に害をなす存在』として描かれてきたところがありますからね」
手元のスマホで、軽くダークエルフについて検索してみる。確かにエルフの対をなす「闇のエルフ」として描かれた存在のようだ。何か色々ルーツはあるらしい。詳しいことは知らん。
「ハーフエルフもわかります。異種間での子供は忌み嫌われる云々の話ですね。これに関しては、史実において人間にも見られる考え方ですから」
「言っちゃえば差別って言葉で片付く問題か。ハーフエルフに詳しくはないけど、まぁ確かに分かりやすい理由ではあるな」
国籍で争う人間がいるぐらいなんだ。種族で争う奴らがいたって、何らおかしなことではない。
「この二つのエルフは、まぁ分かりやすい森の焼かれる理由があるんですよね。だから問題は「普通のエルフ」ですよ」
なるほど、普通のエルフね。でもそれなら分かりやすいやつが一つ浮かんでくる。
「二つめは、種族としての、いや、奴隷としての価値の高さか」
「その通りです、先輩!やっぱり奴隷落ちしてこそのエルフですからね!!」
してこそなんて、急に物騒なことを言う出雲に驚いてしまう。て言うか、こんな話題なのにこの子すっごいノリノリなんだが。
「やっぱりエルフは、種族として優秀で、神秘に包まれた、神聖な種族として描かれることが多いですから、そんなエルフを奴隷にしたい強欲な人間は沢山いるわけです」
「確かにな。奴隷のエルフってだけで、思い浮かぶキャラが何人かいるし」
主人公が買い取ったりだとか、逃げ出した奴隷エルフを助けたりだとか、色々なパターンがあるよな。
「さて質問です。彼女たちの中にも、森を焼かれた可哀想なエルフがいます。なぜ彼女たちは、森を焼かれなければいけなかったのでしょうか?」
「それは」
ーーーー確かに、森を焼く明確な理由がない?
別に奴隷落ちだけでも十分なキャラとしての属性だ。
いや、でも。
「まぁ結論を言うと、作者が燃やしたいから燃やしてるんですよね。あ、これ理由の三つめですね」
「結論から入るんかい!てか、作者が燃やしたいからってどう言う意味だ?」
燃やすべきだから燃やすんだろ?燃やしたいからって?
「そもそも考えてみてくださいよ。森を燃やされて悲しむとか、先輩感情移入できますか?」
「それは、えっと、確かにできないかもしれないけど」
それは人間スケールで考えてるからで、エルフにとっての家を燃やされたら悲しいだろ?
「悲しくても、復讐だとか恨みに結びつけるには弱いと思うんですよ。これはあくまで、物語の背景なんですから。家の仇を取る主人公なんて見たことないでしょ?」
でもほら、壮絶な過去があった方が物語は盛り上がるだろ?
「だったら、その家族でも、仲の良かったおじいちゃんでも、とにかく誰かを殺しちゃえばいいんですよ」
おい、また物騒なこと言い出したぞ。
「仮にそうしたとしても、結局エルフの森は燃えるんですけどね。何でわざわざ燃やすんでしょうね?」
「でもほら、森を燃やすことで追い込み漁的な」
「手段の話なら、なおさら魔法とかで片付けちゃえば良いんです。なんたってエルフが出る世界観なんですから。そもそも、森を燃やしてその中で、種族として人間より優秀なエルフを、なおかつ彼女らのホームグランドで捕まえるとか、あまりに現実的じゃなさすぎませんか?」
「それは、まぁ、確かに?」
言われてみれば、そんな気もしてくる。
あーでも。
「争いの果てに燃えたとかは?結果的な話であって、そもそもの目的じゃない場合とか」
「だったらなおさら、森が燃えた事実より、攻撃してきた人間に対する恨みが一番で、森が燃えたことに対する恨みが、一番に置かれることってないですよね?」
むむむ。大体言いたいことが分かってきたかも?
「つまりあれだ。恨みの第一理由にならないのに、何でわざわざ森を燃やすのかってことか」
「そーですそーです!!「仇を取ったよ森さん!」って展開にはならないのに!何でわざわざ森を燃やすことを強調するんですかね??」
「帰る場所を無くすためとか?」
「ご長寿種族エルフが、元住んでいた森を燃やされたぐらいで、路頭に迷うとは思えないですね。種族としてそんなに弱い生き物じゃないはずですし。だって元は、「森の妖精」なんですから」
森の妖精ね。あ、だったらこんぐらいシンプルな理由でいいんじゃないか?
「森の妖精って言うぐらいなんだから、大切なものを焼かれるってだけで、物語の、キャラクターとしての背景としては十分じゃないか?特にエルフだったら、森と一心同体だとかなんたら〜で」
「さすが先輩。良いところをつきますね。森はエルフにとって特別な場所で、読者としては分かりやすい記号になりますから、ぶっちゃけ燃やす理由なんてほとんど雑なもんですよ。要は燃やす理由よりも、森が燃えているという事実が大切なわけですね」
なるほど。別に燃えれば理由なんて何でも良いわけか。で、結局何が言いたかったんだ?これが結論?
「それでは、ここからが本題です」
あ、まだ前座だったのね。てっきりもう結論が出たと思ったが。
「果たして「森を燃やされてないエルフ」に、価値があるのでしょうか?」
また怖いこと言い出したって。
「やはり私は、森は燃やされて然るべきだと思うんですよね」
「ひっでぇなおい」
「ファンタジー要素の強い作品において、エルフって本当に都合のいい存在なんですよね。なんせ、登場人物を誰も殺さずに、人を恨む存在として描くことができるんですから」
「それは……あー確かに。森燃やせばいいわけだからな」
「そう言うことです。日本の作品において、もはや欠かせない要素の一つです。その代名詞とも言える言葉がありますよね?」
「あー。『かわいそうは可愛い』か」
そうなのだ。かわいそうな女の子は、残念ながら可愛いのだ。
あーつまりだ。焼かれたら可哀想だよね?ってぐらいの感覚で焼かれているのか、森。
「そう言うことです。人間をかわいそうにする場合、『家を焼かれたこと』を強調することってほとんど無いですよね?だけどエルフには、『森との結びつき』という分かりやすく、なおかつハードになりすぎないちょうど良い薪があるわけですね」
文字通り、薪ですよ。
いや、笑えんがな。
それに、と彼女は続ける。
「人間はかわいそうにするの、結構大変なんですよね。少なくとも森みたいに分かりやすい記号が無くて、家族とか大切な人とか、読者にとって少なからず重い話になっちゃうんですよね。それを嫌う作者・読者は一定数いるわけですから」
「森焼いて主人公の前に置けば終わるエルフは、確かに簡単なのかもな」
「そうです。森を焼かれたエルフは、万人にとって都合のいい存在なんですよ」
登場人物にとって大切な人が死ぬ描写で、「きつい」と感じる読者は確かにいるかもしれない。だけど森焼かれる描写で「きっつぅ...読むのやめよ...」ってなる読者は前者と比べれば確かに少ないかもな。
「まぁこれが和製エルフの森焼き講座ですかね。そもそもエルフの森焼いて無事生還できてる人間が多いのも、日本人が書いた作品って感じがしますね」
まぁ、言いたいことは大体わかった。正直面白かった。なるほどね。エルフって確かに都合のいい存在だわ。
良い感じに結論が出たかな?そう思って出雲を見ると、彼女はまだまだ納得とは程遠い表情をしていた。
「まだ終わってませんよ?言いましたよね?森を燃やされていないエルフに価値があるのか、と」
「そういえば本題はそこだったな。森を燃やされてないエルフねぇ」
パッと思いつくだけでも、面白い作品は何個か浮かぶ。森は燃えてない。うん。どう考えても価値はあるんだよなぁ。
というか、そう考えるとそもそも、森を燃やされてるエルフって別に多くなくないか?迫害を受けやすいイメージはあるけど。
「いえですから、先輩の意見を聞いてるんですよ。好みの問題ですね。そしたら聞き方を変えましょうかね」
彼女は続ける。
「かわいそうな女の子はお好きですか?」
二人きりの部室で、好みを聞かれたら普通ドギマギするもんだと思う。どうしよう。全然しない。
だってもう、目の前からの圧がすごい。
俺はその視線から逃げるように、少し顔を逸らして答えた。
「俺は……別にそんなことはないな」
正直に答える。
「別に暗い過去がなくたって良いじゃないか。最初から幸せな子が、さらに幸せになるので十分かな」
鬱展開が嫌いとは言わないけど、読んでて疲れることには疲れるんだよなぁ。
そう答えて、視線を戻す。そこにはーーーー
「正気ですか?先輩?」
信じられないものを見るような目で、驚きに染めた表情を向けてくる出雲がいた。
「かわいそうなほうが女の子は可愛いでしょう!」
「や、だから。別にそうじゃなくても可愛いキャラはいるだろ」
「それは純度100%のラブコメでしょう!あんなの恋愛の皮を被った異世界ファンタジーですよ!!陰のない女の子なんて存在するわけないでしょうが!!」
「おい、男の夢を壊すんじゃないよ!」
どんどん話が脱線していく。もう議題が明後日の方にぶっ飛んでしまっている。
だけど、彼女のことが少し理解できた。
要するに、彼女は「森を燃やしたい」のだ。
「好きなのか?鬱展開」
「はい!それはもう!!」
「結局言いたいことは?」
「かわいそうな女の子を一緒に愛でましょう!」
とんでもない発言。だけどその表情は満欄の笑顔そのもの。
「安心してください!先輩もちゃんとこっち側に引き摺り込んであげますから!素質ありますって。だから元気出してください!」
「別に俺は落ち込んで無いぞ!?」
ともかく、こんな始まり。
当然この語らいがこの一回で終わるはずもなく、今後も彼女に振り回されていくわけで。
時間はどのぐらい経っただろうか。当初の予定も忘れて、随分と話し込んでしまった。
「先輩!じゃあ次のお題です!!」
どうやら帰る時間はまだ先になりそうだ。
当分雨は、止みそうにない。
感想欄では、出雲ちゃんとお話しできます。
色々意見お待ちしてます。