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飛び火と夏の蛾


 大事件の後にやる授業なんて些末なもので物思いに耽るうちにすぐに過ぎ去ってしまっていた。

 何をしたかも覚えてられないほどに早い時間の蒸発だった。


 昼休み、何も不思議なことはなく当然のようにチャイムがなって訪れた。


 おなかが減った。

 生理的反応とはいえこんなときまで主張が激しい。

 いけにえを宣告された彼女のことについて自分は深刻に悩んでいたから生理的に食欲はあっても精神的に食べる気にはなれなかった。

 しかし、原動力が湧いたところで何に向かってその力を使えばいいのかも分からない。

 自分が何をすべきなのか、どうしたいのかも分かっていない。


(そもそも僕には関わる資格もないかもしれないが……)


 僕も春川さんもこの春に進級したばかりの氷坂高校二年生。ただのクラスメイト。その縁の細さで出張るようなことではないと客観的には見える。


(…………)


 ひとまずはこの原動力は何をするべきかを考えることに使うことにした。

 黙々と白米を口に運びながら春川さんのことを思い浮かべる。


 いけにえ。

 春川さん。


 そんな二つの文字が脳内で結合しては嫌悪感によって分離する。その分離反応で食欲の減退が発生して箸が止まりそうになるが今は食べると決めたからには食べるのだ。


 前提としてまず僕は春川さんを助けたいんだ。

 好きだからとかではなく純粋に助けたいと思う。

 春川さんを助けることが僕の目標。

 そして次に考えるべきことはその方法だ。


 思いつかない……


 米を食べながら自分の無能加減に嫌気が差す。

 差すがそれでも食べて力をつけるしかない。


 仮に春川さんがにげられたとしてその後どうするかだ。自分のせいで水害が起こり、死者が出たらその責任を背負ってしまうだろう。加えて春川さんの家族がどういう目に合うかも想像できる。


 袋小路じゃないか。


 未来の袋小路だ。


 生きるために捨てるもの。死んで守れるもの。

 天秤はどちらにも傾かない。

 全ての元凶は水分神であり、アレさえいなくなれば全ては丸く解決するというのにと神に対する恨み言が砂時計の砂のように時をかけて山を成す。


 まぁ、人間では神の意志など操れない。


 詰んでる、と僕の視界が暗くなってきたところで教室の真ん中に固まってるグループから春川さんの話題が聞こえてくることになる。


「いけにえなんて古い言葉、久々に聞いたわ」


 嘲笑じみた声だ。


「中明目川のなんとか神も本当に人を見る目がないわね。薊を傍に侍らせたら一日中小言が煩くて大変でしょうに。まぁしょぼくれた川の神なんだからセンスがなくて当然ね」


 冷酷に微笑み、穢れなき毒で彩る春川さんとはまた百八十度違ったプラスチックのような美女。

 編み込みの入った白絹の髪を肩まで下し、眼はカラーコンタクトを入れているのか宇宙の如き青銀色をしている。制服もカスタマイズされて少しヒラヒラ感が増しているように見えるし、校章があった部分には複雑な紋章とそれを取り囲む『FURFUR』という文字が縫い付けられていた。きっとどこかのオートクチュールブランドのものだろう。

 細部までメイクでカスタマイズされた顔は計算されつくしており、怒り眉の形すら美しい。鋭い目尻が悪女の印象を与えるがその逆にカリスマ性も讃えている。


 このエレガントでアロガントな感じはレジーナさんだ。

 本名は諸星(もろほし)聖子(せいこ)だけど、自分には似合わないからと、レジーナと呼ぶように周りには言っている。聖子と呼んだ人間はこの世から抹消される、らしい。


「選ぶのなら私のように完璧な人間を選べばいいのに。きっと気後れしたのね」


 自信に満ち満ちた顔で神を嘲る。

 顎の下に手の甲を添えるそのしぐさはライトノベルに出てくる悪役令嬢そのものだ。

 しかし、その発言を冗談として一笑に付すような人間は彼女の周りにはいない。


「レジーナさんのオクシデンタルな美しさは黴臭い神々には刺激が強すぎたんですよ。国際化の流れまでは川の神様でも司れないということでしょう」

「あはは、国際化の流行はちょっと規模が大きすぎるんじゃない? それにしても莉々ちゃんの褒め方って面白いよね」

「センスが独特よね。山田は何にでも過度な言葉を使いたがるのよ」

「そんなぁ、適切な誉め言葉ですよ。何の誇張も無いクリーンな新聞部を目指しているんですから! 昨今のメディアへの信用の失墜は部活規模の私たち新聞部も憂いていることです。信用は大事!」

「新聞部員が言うとなんか説得力あるね! 嘘くさいけど!」

「そんなぁ!」


 三人は軽妙な談笑を繰り広げるがふとした瞬間にレジーナさんのバラのように美しい顔が曇った。


「一十、薊のことは気の毒に。今のうちにお悔やみ申し上げるわ。あなたのショックは私たち以上のものだってことは理解しているつもりだから」


 ブラックアイラインが心なしか優しさを帯びている。

 慰めるようにレジーナさんはそういうが苧環さんの方は口角を上げてすこし斜めを見た。


「うん……ありがとうレジーナちゃん」


 苧環さんの声は元気がなかった。


「でも、個人的には何とかなると思うんだ! 薊ちゃんならもう神様くらいぶったおしちゃうよ! そのふざけた幻想をぶち壊す、みたいな! ……それに彼女を前にして私の方が辛気臭い顔するなんておこがましいから。個人的にはやっぱり悔しいけどさ」


 苧環一十にとっては春川薊は対極の位置にいる人物だった。

 控え目でサブカル好きということ以外に特に特徴のない自分。対して春川は何にも控えないし媚びない姿勢を貫く。どこかの誰かのようにその強さに目を惹かれることがあった。


 苧環には映画製作に関する実績や知識、センスがあって本当の意味では凡夫と同じではないのだが、その目線は佐上稲生と同じ高さにあった。 


「ふっ、流石のあの鉄娘もここで打ち止めだと信じたいわね。神にすら反逆しだしたら恐ろしいもの」


 それもそうだね、と苧環さんは苦笑した。


「あ、レジーナちゃんが学級委員長をやるのは応援するよ。私もレジーナちゃんには前々からそういう役が良いと思ってたんだ」


 苧環はメガネのブリッジに左手の人差し指を当てて目を笑わせた。


 顔を隠して話題を変えて。

 苧環にしては下手な嘘をついた。


「おっ。学級委員長の話か?大天才たる俺も学級委員長には立候補するぞ!」


 隣で茹で餃子を食べていた短髪男子が元気よく振り返る。

 彼もまたレジーナ一派の一人、九重超越だ。

 

「呼んでないのに来たわね。まるで夏の夜の羽虫みたいだわ」

「レジーナとの一騎打ち。どちらの方がこのクラスの長に相応しいか命運を掛けようではないか!」


 レジーナ傘下のクラスメイト達には次回の学級委員長選挙の方が大事な話題となっているらしい。

 校内新聞に携わり校内のあらゆる人物の住所からスリーサイズまで把握しているという新聞部の千代田莉々(ちよだりり)

 先ほど春川さんを助けていた苧環さんは実は昨年の高校映画の祭典、孔雀祭の文部科学大臣賞を取った映画クリエイター班の脚本担当という肩書がある。

 そして、その分析力であらゆる未来を見抜くと自称する大天才の九重(ここのえ)超越(こえる)


 レジーナさんの周りに集まる人物はそれ相応の肩書を持っているクラスの中でもハイエンドな方な生徒たちだ。

 異才にして異彩。しかしながら、孤独になることなくレジーナさんの下で徒党を組んでいる。

 本当に友人関係だけなのかは怪しいが、利害だったり方向性だったり似通ったところがあるのだろう。だから、孤高の天才たちではなく天才の群れとなっている。


 レジーナさんを含めてその机島には六人いる。

 そこに今はいない一人放送部員と呼ばれる人物と春川さんが加わって八人、それがこのクラスで最も才能を帯びた者達だ。

 まぁ春川さんは苧環さんとくらいしか話さずあの机島で食べることは殆どなかったが。


 僕とは似ても似つかない。

 自分と彼らを見比べて対岸の火事ながら自分の中で灯る火の小ささにいたたまれなくなる。


「はは、いつになくパッとしない顔。惨めな奴だな」

「何だよ」

「何だよって、こっちの台詞だ。俺の隣でそんな辛気臭そうに食べないでくれよ。それとも俺もそんなお通夜みたいな雰囲気で食えっていうのか?気楽にいろよ、こんなに平和なんだから」

「そうだな。残酷なまでに平和だよ、まったく」

「平和なら残酷なわけないだろ。たった一人おせっかいで口うるさいのが減るだけだ」


 隣で食べる銀矢はこちらを見ずに飄々と会話を流す。


「……春川さんが馬鹿にされたというのに僕には立ち上がって言い返せる勇気がない。情けないなぁ」


 しおらしいことを言ったかもしれない。

 その言葉を遺して僕は弁当を持って教室を出た。


 こういう時は屋上で食べるのに限るな。

 彼らは眩しい。

 残酷なまでに眩しく光り輝き、炎のように周りを焼き尽くす。

 そういう意味では春川さんも眩しい。僕はその眩しさに惹かれる一匹の蛾で今身を燃やし尽くしかけている。

 蛾には眩さなどはありはしない。

 ただ意味もなく燃え尽きる。


 燃え尽きる前に距離を置くべきか……


 いつものことではないが、一人で食べたいときは屋上で食べることに決めている。

 校舎裏手の花壇で見つけた屋上の鍵を使って一人で食べたいときはいつもそこいっているのだ。


 階段を上ると舞台が見え、使われなくなった椅子や机が埃を被りながら小窓から漏れる光に照らされている。それを昇って行った暗がりの先に重々しい鉄扉があるのだ。


 鍵穴に鍵を刺す。


「……開いてる?」


 感触だけで分かる。

 先生がここに来る用事があっただろうか。或いは清掃員でも? 

 

 おもむろにドアのぶに手を掛けて音を立てないように回してみた。


 すると、鉄扉はいつもより軽快に開いたのだった。


 


 

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