そうして彼女は歩きだした
帰りのHRが終わり、ザワザワしている教室内でしゃなは帰り支度をしていた。
「しゃなー! お迎え来てるよ~!」
クラスメイトに呼ばれたしゃなは帰り支度をやめ、声がしたほうに視線をやる。
教室の入口に笑顔のクラスメイトと、何を考えているのか分からない顔をした『ハルカ』が立っていた。
「(……さぁ、今日も演じますかっ)」
二人の顔を見たしゃなは心の中で気合いを入れ、スクールバッグを掴んで席を立った。
廊下に立っていたハルカの隣に並び、ハルカの腕に自分の腕を絡める。
さっきまでの何を考えているのか分からない顔はどこへやら……まるで本物の恋人に向けるような笑顔をしゃなに向けるハルカと歩き出す。
「わ! 三年のしゃなさんとハルカさんだ!」
「二人ともきれい……」
「本当にお似合い」
「よっ! うちの高校の名物カップル!」
「ヒューヒュー!」
しゃなとハルカが歩き出すと、廊下に居た人間全員が壁に寄り、しゃなたちに注目し始める。
恋人同士がただ仲良く歩くだけで何故こんなに騒がれるのか? それは二人の容姿がわりと整っているということと、一番は──
「私、最初はちょっと抵抗あったけど二人見て変わったわ」
「分かる」
──二人が女性同士のカップルだからだろう。
しゃなたちが校門をくぐるまで、二人へのコソコソ話やひやかしは続いた。
校門を通り過ぎ、しばらく歩いたところでようやく静かになる。
顔面に笑顔を貼り付け、腕を組んで歩いていた二人は周りに人気がなくなったのを確認すると、一瞬で笑顔を消し、組んでいた腕を外して距離を取った。
「……はぁー、疲れた」
ため息をつきながらしゃなが言う。
「同じく。てか、今日も聞かれたよ」
「待って、当てる」
しゃなは指折り数えながら、ハルカと付き合い始めてから周りの人に言われてきたことを挙げていく。
「親には言ったの? 将来どうすんの? 女同士ってどうヤんの?」
「フルコンボ。全部」
「……ね、やっぱ、みんなに言う?」
「しゃなは今更言えるの? 本当は一年前に別れてましたって」
しゃなは、ハルカの言葉に何も言えず口ごもった。
「でしょ? どうせ卒業まで後少しだし、学校でだけ付き合ってるフリしとけばいいんじゃん?」
しゃなとハルカは、学校にいる間だけラブラブカップルを演じている。
二人は高校に入学してから出会い、友人を経て、二年生の夏にしゃなから告白し、付き合い始めた。
「ハルカのことが、恋愛的に好き。恋人になれたら嬉しい。……女同士とかムリだったら、ごめん」
「マジ? こんなことあるんだ……」
「ごめん」
「謝らないで。あたしもしゃなのこと、ずっと好きだったから、めっちゃ嬉しい」
しかし、それからわずか一ヶ月で二人は破局してしまう。
しゃなは当時のことを振り返る。
──あの時は本当に嬉しかった。嬉しすぎて付き合い始めた次の日から、ずっと腕組んでイチャイチャしてた。
ぶっちゃけ女同士がくっついてたって、周りは仲良いんだーくらいの認識で終わるから。
だから、友達も冗談とかそういうんで聞いたんだと思う。
しゃなとハルカは、昼ご飯を買うため購買の列に並んでいた。
相変わらずピッタリとくっつき、腕を組んで顔を寄せあい話す二人。
その姿を後ろから見ていた友達の一人が、しゃな達を指差して聞いてきた。
「なんか二人、急に距離近くない? 付き合ってんの?」
冷静になって思えば、軽い冗談だったんだろう。しかし、幸せ絶頂だったしゃなは大きな声で言ってしまった。
「えっ、なんで分かったの? そうだよ、ハルカと昨日から付き合ってるの!」
大きな声で言ったしゃなのこの言葉は、友達だけではなく、その場にいた全員に届き、一週間もすれば、この学校で二人のことを知らない者はいないほどになってしまった。
さすがに全校生徒に知られ、二人で歩いているだけでコソコソ話やひやかしなどをされるようになっては良い気はしない。
「あれは実は冗談だったの。周りにもそう言ってくれないかな?」
「大丈夫大丈夫。あのときのしゃなのキラッキラッした目を見たら、冗談じゃないって分かるし。いろいろ大変かもだけど、この学校の子は、みーんな二人の味方だから! ファイティン!」
なんとかしようと友達に言ってみるも失敗。
知らない子達からのコソコソ話やセクハラ紛いのひやかし等に、二人はストレスが溜まっていった。
付き合って一ヶ月経つ頃には、二人でいても喧嘩ばかりするようになっていた。
喧嘩や周りからの反応に、だんだんとハルカへの気持ちが薄れてきてしまったしゃな。
話し合いの末、しゃなとハルカは交際一ヶ月で別れることになった。
別れた次の日。
みんなに別れたことを話そうとしゃなが学校へ行くと、数人の女子たちに囲まれた。
「え、何? 何?」
突然の出来事に怯えるしゃな。
「私たち、あなたたち二人のファンクラブを作ったの! 会員はすでに五十人ほど居るわ」
「……え?」
「応援してるから! それじゃ!」
言うだけ言うと女の子たちは去っていってしまった。
さらに、先生たちからも「LGBTについて考えるきっかけになった」と感謝されてしまうわで、なんだか別れたと言える雰囲気ではなくなってしまった。
仕方がないので、しゃなとハルカはほとぼりが覚めるまで、学校ではラブラブな恋人を演じることにした。
(まあ、全く覚めることなくここまできちゃったけど)
「あっ」
気付くとしゃなの家の前まで来ていた。
ハルカの帰り道の途中にしゃなの家があり、別れてからもハルカはしゃなを家まで送ってくれている。
「いつもありがとう」
「別に途中だし。……それより」
「ああ、うん」
しゃなは目を閉じる。
するとすぐに唇にふにっとした感触が触れ、離れていった。
しゃなが目を開けると、夕日に照らされ頬がほんのり色づいたハルカが、足早に去って行った。
「じゃあ」
ハルカは帰り際に必ず、しゃなにキスをする。
これも恋人だったときから変わらない。
「(いくらラブラブカップルを演じてるからって、キスまでする必要あるのかな?)」
しゃなはハルカが自分にキスする理由が分からなかった。
ハルカの姿が見えなくなると、しゃなは鞄からスマホを取り出した。
通話アプリをタップし、履歴の一番上にいる人物に掛ける。
ツーコールほどしたところで、相手が出た。
『おつかれ~』
「おつかれぃ。さっきハルカと別れたよ」
『りょ! いつものとこで待ってるから、早く来てねチャギヤ』
チャギヤとは、韓国語で恋人のことを指す言葉だ。
しゃなと通話相手は、最近韓国ドラマにハマッていて、ついつい覚えた言葉を使いたいあまり、日本語と韓国語がごちゃまぜの変な話し方になってしまう。
「ふふ、了解。すぐ行くね、愛莉」
愛莉とは、しゃなとハルカに付き合っているのか聞いてきた友達の名前だ。
しゃなと愛莉は、現在お付き合いをしている。
きっかけは、三年生になったばかりの頃。
たまたま愛莉にハルカのことを聞かれ、なんとなく別れたけれどカップルを演じていることを話してしまった。
自分が聞いたからかと落ち込む愛莉を慰めているうちに、なんと愛莉から告白され、付き合うことになった。
人としてどうなの? と思うだろうが、しゃなの中ではハルカとは完全に終わっているからオッケーなのだ。
周りに騒がれたり、嫌な思いをしたハルカとの付き合いで学んだしゃなは、ハルカとの関係を隠れ蓑に、愛莉とこっそりお付き合いをしている。
「(ハルカも別に今の状態を辞めたくないみたいだし、まさにウィンウィンてやつ?)」