第6話 さぁ、掃除をしようか。
学園長から地図を貰い、自分の寮であるストレイナイツ寮へと向かう。
他の寮は一体どうなってるかはさっぱり分からないが、私の場合はどうやら学園の範囲内とはいえ……まるきり城の離れにあるような印象があった。
日もすっかり暮れてる時間だ、流石にやや肌寒い心地を感じながらも私は目の前にある屋敷へと向かう。
「庭掃除もした方が良さそうだな、1000年前のものとはいえ、よくこんな場所もちこたえたな。」
木造じゃないだけまだマシかなぁ、なんて軽く呟きながら鬱蒼とした雑草の中を掻き分けていく。
カンテラを掲げると、クモの巣が張ったり埃っぽいのは見て取れる。
私はポケットから貰った鍵をドアの鍵穴に差し込む。
ガチャリ、と音を立てて鍵が開く音が聞こえる。
ゆっくりとドアを開こうとするが、蝶番が錆びているせいもあってかギイイィと不快な音を立てながら開かれる。
ぶわっと広がる埃っぽい匂いに思わず咳き込む。
「げほっげほっ、げほっ………マジで廃墟ナンバーワンだな。これを一人で掃除するのは骨が折れるもんだ。」
「でも、そういえば此処は魔法の世界だったよな………あまり使ったことがないけど、使えたりしないのだろうかな。」
その場に荷物を置き、軽く咳払いをしてどうしたもんかと悩む。
まだ杖は貰ってない、けど自分には魔力はある。
多少の事は、大丈夫だと思う………多分。
「まずは灯りをつけるしかないな、"明かりよ、全て灯れ。"」
指先を杖代わりに埃をかぶった燭台達に向ける。
短い詠唱に合わせ、ぽぽぽぽぽっと次々に蝋燭に火が灯る。
真っ暗な屋敷の中はあっという間に明るくなり、思わず私は嬉しさのあまりに身震いした。
「良し!折角なら私好みの屋敷に作りかえてしまうか。」
「まずはそうだな……"掃除用具たちはこの屋敷を全て綺麗にしなさい。"後はそうだな………"壁よ、その色を菫色に染まりなさい。"」
掃除用具である、箒はひとりでに動き出して床を履いていき、雑巾とバケツはひとりでバケツの水を汲んで床をピカピカに拭いていく。
私はその掃除を指揮者のように、あれこれと魔法を掛けていく。
数分程経つと、部屋の隅々まで全て自分好みと言わんばかりの状況になった。
「そういえば家具も揃えなきゃ行けないかな。」
「庭の方から揃えた方がいいか………。」
一度荷物をリビングに置いておき、そそくさと庭へ出る。
ぼさぼさになった雑草達を引き抜くのは、この時間だけでは絶対に足りない。
「こんな場所でも彼らを呼ぶ事は出来んのだろうかな………」
そう、この私黒霧 四夜はかつて妖精郷と呼ばれた妖精達の住む世界で約10年もの間育ってきたのだ。
この話については、いずれ語るつもりではあるが……今は掃除が先だ。
私はおもむろに、人差し指と親指で丸を作りそれを口に咥える形で指笛を吹く。
ガサガサと音を立てて、一つ二つ、と小さな光が灯されていく。
私はその小さく淡い光に向かってしゃがんで声を掛ける。
「こんばんは小さな妖精さん達、良かったら私の手伝いをしてくれないかな。」
「勿論、その手伝いのお礼はするよ。」
出来るだけ警戒させぬよう、そして彼らにしっかり聞こえるように優しい声で囁く。
ゆらゆらと光はその声を聞いたのか、戸惑うように私の方を見ている。
出来るだけ警戒させないように、笑顔を作って手を振る。
彼らは私の事を視認できたのか、一気に私の方へと群がる。
「知ってる!その匂い知ってる!私たちの子!」
「おかえり!おかえり!私たちの子!」
「ぼくらと同じだ!手伝う?手伝う?」
「はは、ありがとう。良かったらこの庭の手入れを手伝ってくれないかい?私一人じゃどうにもならないんだ。」
くるくると私の周りを飛び交う彼らに、庭の掃除を手伝ってもらうように声を掛ける。
こういう時に妖精達の手があると助かるから、割と頼み事をすることは多い。
「「「いいよ!いいよ!きみの頼みだもの!」」」
小さな妖精たちは私の声に答える、どうやら庭のことは綺麗に出来そうだ。
すると、ふと一人の妖精が私の近くにやってきてその小さな声で私の耳に耳打ちする。
「ねぇねぇ妖精の子、ぼくたちに君の名前を教えてくれないかい?これからもきみの役に立ちたいの。」
「そうだったね、別の世界の君達からはアシュレイ=グッドフェローズ、トネリコの森の良き友として、呼ばれてたんだ。良かったら私のこともアッシュと呼んでくれないかい?」
指先に乗せた妖精の頬を撫でると、妖精は嬉しそうに飛び上がってくるくると踊る。
「わかった!分かった!アッシュ!」
「いとしいいとしい僕らの子!君はやっぱり妖精の子!」
楽しげに踊る妖精達を見つめながら、私は一つあることを思い出した。
やはり一度自分の手で綺麗にしたとはいえ、生活していく上ではやはり度々掃除をする必要はきっと出る。
人間と妖精の共生、それがここでも出来るならば……
「ねぇ、もし良かったら───────。」
◇
「やっぱり皆考えることは一緒なんだな。」
「流石にあんな騒ぎがあった以上は、自分達も関係があるんですし……きっと今頃────。」
「あれ、見間違いじゃなかったらあれがストレイナイツ寮ですよね?」
「何か明かりついてない?大丈夫?燃えてるってオチは流石にないよな。」
「流石に行ってみたらどうかな……。」
あの寮の選定による騒ぎが終わったあと、四夜がストレイナイツ寮に行ったことをエヴァンズ先生から聞いた一行。
折角なら屋敷の手伝いをしようかと集ったようで、各々が掃除用具を手にして向かっている最中だった。
だが、彼らの思いとは裏腹に……ストレイナイツ寮には明かりが灯っており、微かに音楽のようなものが聞こえていた。
一同は足早にストレイナイツ寮に向かって進んでいく。
ようやくストレイナイツ寮の屋敷がハッキリと見えた頃には、それは想像した以上の様相が広がっていた。
屋敷の庭は綺麗に整えられており、その周りはピカピカに磨かれた黒い鉄柵で囲まれている。
一歩一歩歩いて踏み入ると、動物の形に整えられている庭の木やガーデンを楽しむ為の椅子やテーブル、パラソルも揃っていた。
面を食らった一同は、互いに顔を見合わせる。
そして犬鷲が代わりに代表として、屋敷のインターホンを鳴らす。
─────ピンポーン、と軽い音が鳴る。
ガチャリとドアノブが回され、出迎えをしたのは寮の本人………ではなく、シックなドレスに身を包み、ヘッドドレスのようなものを頭に被った色素の薄そうな女性が出迎えた。
「あのー………」
「……………………」
気まずそうに声を掛けるが、その女性は答えることも無く、空色のような瞳で一同を見つめる。
そして、何かが分かったのか軽くこくりと頷く。
扉を全開にし、こっちに来るようにと手招きする。
「これって、我々のことを招いてるんですかね。」
「多分そうっぽいな、当の本人は姿見えんが………」
「というか、四夜さんいつの間にか人を雇ったんですかね。」
「流石にあの人に人を雇う余裕あるんですかね、もしかして影狐さんが遣わしたとか?」
「それありそう〜。」
「と、取り敢えず入りましょうよ。」
「それもそうですね。」
互いに口々に呟きながら、その女性の後に続くように中へと入る。
一同が屋敷の中に入ると同時に、勝手に閉まる扉。
その音に、思わず立ち止まるが……別に閉じ込められた訳じゃないと言いながらも、先を行く女性にただついていく。
屋敷の内観は、とても綺麗に整頓とされており、窓際には花瓶とそれに活けられた花が綺麗に並んでいた。
女性について行くがまま、歩いていくとどうやら目的地は二階だったようで……2階に着いてすぐのところで立ち止まる。
一同が2階へと辿り着いたのを確認すると、女性は部屋の扉を三回ノックした。
奥から部屋の主人であろう四夜の声が聞こえる。
女性は静かにドアノブに手をかけて回す。
ガチャ、と開けられたその先では……一人背もたれのある椅子に座り、本を片手に紅茶を飲んで寛ぐ四夜の姿があった。