第3話 説明不足にも程があるだろ。
今私の眼前に広がっているのは、正しく現実離れしたような光景であることにはきっと間違いがないのだろう。
何故なら、今こうしてほんの少しだけ立ち止まって見上げている景色は本当に筆舌に尽くしがたいものと言えるのだから。
普段からよく見るような家の天井なんかとは比べようもない位に、吹き抜けた天井。
その一面を硝子で飾り付けられたであろう、大きなシャンデリアには何やら小さな火の精霊のようなものが蝋燭の上で大人しく鎮座していた。
「おぉ………本当に異世界に来たって感じがするなぁ。」
「やっぱりこういう学園って、こういう何気ない所も醍醐味だよな。」
そう何気なく呟きながら、観光名所を見て回る学生のようにきょろきょろと辺りを見回す。
壁には整然としたように並ぶ燭台、細かい装飾が施された額縁には、まるで生きているかのように微笑みを浮かべる肖像画達。
本当にこれは夢なのか?と思ってしまう位に、何もかもが新鮮でたまらなかった。
物珍しそうにきょろきょろと辺りを見回しつつ、他の人達に遅れを取らぬようにとその都度着いていく。
暫く先生達に連れられるがままに歩いていくと、大講堂と思われる場所の前に辿り着く。
整然と並ぶ生徒達を前に、やや背の高い女性の先生が声を上げる。
「この先からは、他学年の生徒達が並んで貴方達を待っています。これから行うのは、この学園で生活するにあたって必要な儀式である"寮の選定"が行われます。」
「くれぐれも、この神聖な儀式の場において事件や騒ぎを起こさないようにお願いしますね。」
「それと────。クロウディア先生、彼等だけは一度学園長の所までお連れしてください。」
お願いしますね、と声が掛けられる。
クロウディアと呼ばれた細身の、なんというか少しだけ体調が悪いような、青白い肌の男性の先生が頷く。
「では遅れずに着いてきなさい。」
それだけを言って踵を返す女性の先生、大講堂の大きな扉が開かれ………ぞろぞろと着いていく新入生達。
彼等とは一体誰なんだろうなぁ、などとぼんやり考えながら私もその列について行こうとした。
「ちょっと、君も此方に来たまえ。」
軽く肩を叩かれ、振り向くとそこにはクロウディア先生がいた。
どうやら私を含めたメンバー達のことを指していたらしく、バルト、犬鷲、リンリィ、優義、菫、なべの七人がこの場に残されていた。
「君達はこれから学園長の元へ行ってもらう。あの方を1秒たりとも待たせたくは無いのでね、私に付いてきたまえ。」
「先生、ハ〇ーポッ〇ーに出演したことあります?」
「私語は慎みたまえ。」
「はい」
しれっとなべがこの場の誰もが思ったことを聞いてきて、思わず吹き出しそうになったが……どうにか堪えた。
蛇のように鋭い目付きをしたクロウディア先生は、軽く私達を一瞥するように睨めつける。
これ以上余計なことをしようものなら、きっと蛙にでも変えられかね無いため黙ることになった。
ふん…と鼻を鳴らし、踵を返し足早に歩くクロウディア先生。
一度顔を見合せた私を含めた一同は、先生に置いていかれないようにとその歩きについて行く。
カツカツカツカツカツとやや早歩きに歩く足音と、パタパタとそれに倣うように着いていく複数の足音が……静寂に満ちた廊下を満たしていく。
暫く歩いていると、クロウディア先生が私たちを制止するようにジェスチャーする。
どうやら目的地である学園長の部屋の前に辿り着いた。
そして先生は唇に人差し指を当て、静かにするようにとジェスチャーを私達に向ける。
軽く咳払いをし、クロウディア先生はドアに取り付けられたノッカーに手をかけてコンコンコンと三回ノックをする。
「クロウディアです。学園長、彼らをお連れしました。」
先生が名乗りを上げ、ドアの向こう側にいるであろう学園長に向かって声を掛ける。
「どうぞ〜。」
ドアの向こう側から、ややくぐもったような剣呑とした声が聞こえる。
それを確認したクロウディア先生は、ドアを開けて入るように促す。
「失礼します。」
私達はそんな風に挨拶をしながら次々に部屋へと入る。
仄かに暖かな暖炉の火が、ぱちぱちと音を立てる。
バタン、とドアが閉まる音がしてまたカツカツと足早にクロウディア先生が私達の前に出ていき、今その書斎机に向かっていると思われる人物に近づく。
私は恐る恐る先生の後ろにつきながらも、学園長と思われる人のもとへと近づいていく。
ギリィッと長い椅子が回転し、その姿が明らかになる。
「ありがとうねクロウディア先生、少し下がってて貰えるかな?」
「御意。」
恭しく礼をし、足早に部屋を後にするクロウディア先生。
学園長と思しき先生は、まるで菩薩のような嫋やかな笑みを浮かべた男性だった。
パッと見の年齢を推測するならば、きっと40代後半から50代半ばと言ってもいいほど比較的若く見える。
普通とは思えないようなその雰囲気、神々しさも覚えた私達は思わず息を呑む。
「や、どうもアルカディア魔法学園の学園長です。」
「君達がクロさんの所の子達だね、いやぁ実際に見てみると本当に良い素質を持ってるようだね。」
「あぁそうだ、立ち話もなんだし座ってよ。」
気さくそうな、フレンドリーさを感じるような話し方をする学園長。
くいくいっと引き寄せるように人差し指を動かすと、七つほどの椅子が四足歩行の動物のように自律的に動き出した。
そして私達を座らせると、学園長と対話しやすいようにその近くへと移動した。
あまりにも流れるように行われたこの状況に戸惑う私達。
それを見てにこにこと笑みを浮かべる学園長は、まるで値踏みをするように視線を並べる。
「えっと…………」
「あぁ、大丈夫。君の事はよく知ってるよ、ようこそ四夜君。そして四夜君のお友達。」
「あ、はいどうも。」
それぞれが、何処か落ち着きないような感覚になりながら軽く会釈を返す。
そんな事よりも、最も気になったことに私は言葉を返す。
「学園長、先程の挨拶の中で「クロさん」と言った名前が聞こえたのですが………もしかして私の上司、もとい義父の事ですか?」
「あぁそうだとも、クロノスさんがこのアルカディア魔法学園に入学させて貰えないかと推薦してきたんだ。」
「やっぱり………いや本当あの人はいつも唐突にこんなことをするので、やや驚いたのはあったんですよ。」
何気なく呟いた一言に、学園長は思わず目を丸くした。
どうやらある程度の話をしていたと思っていたようだ、若干の会話の噛み合わなさを感じたのはこれが原因のようだ。
あの野郎、毎回ながら説明無しに放り込んでおくのは本当にどうかと思う。
「もしかして、君たちもかい?」
「あぁまぁ、オレ達もさっぱり聞いてねぇ、です。」
「大体の事はこの流れで察してました。」
「はい、いつものように何の説明もないです。」
「右に同じく。」
「わ、私もです。」
「同意。」
ほぼ異口同音と言わんばかりに、お互い頷く。
それを聞いて、困ったように眉を下げて頭を搔く学園長。
どうやら向こうも本当に、私達が何も聞かされないまま拉致同然に連れてこられた事すらも説明されてないようだ。
どうしてくれんだ影狐、双方に迷惑かけてんじゃねぇかこの空気どうしたらいいんだ。
どこかの誰かさんのせいで気まずい雰囲気、どうやって言葉を切り出そうかと思って口をパクパクさせる。
どう足掻いても、下手したら返されかねない雰囲気だろうなと私を含めてきっとこのメンバー一同はそう思っていた。
だが、思っていた反応とは裏腹に……学園長の方はそれならいいかとあっけらかんな様子だった。
「ならちょうど良かった、折角だしこの学園を含めた世界について軽くレクチャーをしてあげよう!大丈夫、式典の時間もあるからチャチャッと重要なところだけ教えるね。」
そう言って、書斎机の引き出しを開け古ぼけた地図を取り出す。
机の上に広げられた地図には、8つに分けられた大陸が描かれていた。
蓋をした万年筆を使って説明が始まる。
「このマップの真ん中あたりが今いる魔法の国ね、他にも武道の国、熱砂の国、極寒の国、商業の国、自然信仰の国、そして宗教の国、海洋の国の8つの国があるんだ。」
「特に魔法学園のある魔法の国には、とある伝説が残されている。何だか分かるかい?」
「いえ、もしかして神々の話や昔活躍した英雄の話とかですか?」
「あぁ、アーサー王伝説とか、北欧神話みたいな?」
「そうそう、そういうイメージかとは思ってる。」
「まぁ、君達の世界ではそういう風なものかな。
私の世界ではこの伝説は"五大英雄"と呼ばれる英雄達の物語があるんだ。」
「「「「五大英雄?」」」」
口を揃えて疑問を投げ掛ける、どうやらこの五大英雄は世界をも救った偉大な英雄達の事らしい。
勇敢なる古代の竜の血を引く竜騎士、世界樹に宿る二柱の姉妹の女神、古くから存在する人魚の一族の五人兄弟達、そしてあらゆる魔法を修めた偉大な賢者と異世界からやって来た黒騎士と呼ばれる英雄の存在を、学園長から聞かされた。
この学園は、その世界を救った五大英雄達によって作られた由緒正しい魔法学園であり、その寮もその五大英雄になぞらえたものだと言うことが明かされた。
「はえぇ〜……なんかめちゃくちゃ壮大だな。」
「確かに、ここで移動してる時に見たタペストリーも英雄の象徴っぽい色と紋章がされてたな。」
「?でもそれだったら何かおかしいな。」
「どうしたよ四夜。」
「いやだって、確かに五つほど寮があるのにも関わらず使われてるのは4つだったんだよ。もし使われてないのに該当するなら、この黒騎士の寮の存在はどうなるんだ?」
話を聞く限り、導き出した推理に深く関心する学園長。
「随分と目敏い反応をしたね。」
「確かに、この学園で長く使われてるのは竜騎士、人魚、賢者、女神の4つの寮しか使われてないんだ。」
「じゃあ何故黒騎士は─────。」
「この学園始まってから、誰も選ばれていないんだよ。」
その一言が、酷く冷たく……そして寂しげなものを孕んでいた。
それだけで、四夜は大体のことを察した。
「なるほど、恐らくその寮に入る資格がある人間が誰も居なかったということになるのか。」
推理小説の謎解きのように、答えが導き出される。
─────だがそれと同時に、それが"何故選ばれない人しか居ないのか?"という疑問だけが浮かび上がる。
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン、リンゴーン……
ふと、学園長の部屋に設置してある長時計が、私の思考を遮る。
学園長は時計の針を見て、おもむろに腰を上げて私達を見つめる。
「さてと、そろそろ式典の時間も始まる。もっと詳しい説明は後々にしようか……今は残った君達の選定の時間も迫っている。このまま大講堂まで転移しようか。」
「あ、ちょっと待ってください学園長。」
「ん?どうしたんだい四夜君。」
「少し、選定の前に………名乗られる時の名前を偽名にしていいですか?」
私は軽く手を掲げながら、学園長へと提案する。
学園長はふむ……と唸りながら腕組みをしながら顎をさする。
「それは、何か意図して考えていることかい?」
「はい、特に私や……ほかの1部のメンバー達もまたこの世界にないような名前ですので、不用意なトラブルや今後のことも考えた上での提案です。」
─────如何ですか?などと言いながらも、私は少しだけ先を考えるように思案する。
別に却下されるならそれでいい、でもこの4年間を過ごすならば……この方が適切だと思ったからだ。
「うん、構わないとも。君達も何か名前に対して要望があるからこの用紙に書きたまえ、僕が後で持って行って読み上げてもらうように手配するよ。」
「ありがとうございます。」
選定の時間まであと少し、だがそんなほんの少しの時間を使って私達は各々が呼ばれるべき名前………この世界における名前を紙に記したのだ。
偽名をその用紙に書き終え、半分に畳んで学園長へと渡す。
「確かに受けとったよ、ではもうそろそろ行くとしようか。」
「僕が転移魔法で君達を大講堂前まで案内しよう。」
そうにこやかに微笑みながら、学園長はパチンッと指を鳴らして大講堂へと転移することになったのだ。