第2話 アルカディア魔法学園へようこそ。
馬車の御者が話を終えた頃には、他の馬車からやってきたと思われる生徒達で溢れかえっていた。
どの人達も皆、同じように金の刺繍を施された黒いローブを身に纏っており、目指した場所がこのアルカディア魔法学園だということが分かった。
「流石に私以外のメンバーも来てないのかな。」
初めて高校入学をした新入生の時の気持ちになり、顔見知りが居ないか辺りを見回す。
流石に異世界ともあり、自分と同じ人間だったり童話で見るようなエルフのような人、はたまた獣人っぽいような人達も楽しげに会話を繰り広げているのが伺える。
「四夜様、宜しいでしょうか。」
「うわびっくりした、どうしたんですか御者さん。」
人が関心している時に急に後ろから声を掛けられたらそれは驚くに決まってんだろ何考えてんだ。
───などと口には出せないため、ぐっと飲み込む。
「これは失礼致しました、先程四夜様と同じ異世界人と思われる方々がいらしてましたのでご案内をしようと思いましてね。」
折角ですので此方にどうぞ、とカンテラ片手に道案内を促す。
別段信用してない訳では無いので、私はそのまま彼に促されるままに御者に着いていく。
色んな種族が行き交うような新入生達の雑踏の中、二人が並んで歩みを進めていくと……徐々に見慣れた顔触れがその中から露わになっていくのが分かる。
くすんだ銀髪をした眼帯姿の男性、綺麗に切り揃えられた夜の様な深い青色をした小柄な女性、明らかにテンション高そうにはしゃいでいる亜麻色の髪の女性、そしてその傍らには灰目の優男や、男性的な出で立ちの女性もいた。
───実の所、この個性豊かで一見何の関係もないように見えるこの七名。
とある動画投稿サイト経由がきっかけで、それぞれ異なる世界の住人ではあるが……ちょっとしたコミュニティで繋がっているのだ。
しかも、私が所属しているとあるマフィアのボスがその縁を利用して何度も別の異世界の異変解決へと送り出しているのだ。
………いつもなら大抵五人くらいだが、どうやら今回はまた少し別のようだ。
一体あの爺さんはなんのつもりで送り出したと言うんだ。
こんな場所に転移されてから、そこまで長いほど時間が経ってない筈なのに、何だか長い年月を経てようやく出逢えた旧友のような懐かしさが込み上げてきた。
「やっぱりアイツらも此処に来てたんだ!」
「ちょっと声掛けに行って良いかな!」
「えぇ、勿論ですとも。」
「ありがとう!おーい!皆!」
大手を振りながら、私は彼等に向かい駆け寄る。
彼等も私の姿を確認するや否や、人を掻き分けてやってくる。
やっぱり見知ったメンバーが居ると心強いんだろうな、なんて思ってよく見ると………何か、思った以上に鬼気迫る表情で近づいてきてるんだけど大丈夫?!
「「「四夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」」」
「うわっ!!何何何?!!」
一気に押し寄せる五人に気圧される私、一瞬だけ逃げようと思ったが思うように動けずそのまま捕まってしまう。
─── 私一体何をしたと言うんだ、今から処刑でもされるんか。
そんな軽くパニックになる中、眼帯の男は勢いよく私の肩を掴んだ。
「四夜!!お前、これまた影狐の仕業か!!あの馬鹿今度何やらかしたんだ!!!」
ぐわんぐわんと力強く肩を掴んだまま揺さぶる。
私は答えられるはずもなくただ脳のシェイクされるが如く揺さぶられるだけだった。
「あ゛あ゛あぁ゛あ゛あぁ゛ぁぁぁぁぁ!!!」
「バルトさん、流石に事情知ってる奴に対してそれはやり過ぎだ。四夜さん目を回してるぞ。」
「あ、すまん。」
バルトと呼ばれた男を制止する声が聞こえ、そのままぱっと手を離される。
体勢を立て直す間もなく私は後ろに倒れ込み掛けたが、御者によって何とか転倒だけは防がれた。
「大丈夫ですか?四夜様。」
「あ、ありがとう………というか!!!」
ようやく揺れる視界が止まり、ハッキリと彼らを視認出来たと同時に声を荒らげる。
「いきなり初手で肩揺さぶる馬鹿おるか!!!死ぬわ!!」
「す、すまん。本当オレら事情分かんないからつい。」
「ついじゃねぇよ、私だってさっきまで寝てた筈なのに馬車でやっとここに来たばかりだっての。」
「あ、すまん吐き気込み上げてきた。」
流石に馬車から降りて即揺さぶられた為、胃の奥から込み上げてくる吐き気に思わず口を押さえる。
「ちょっ、吐くなら離れて下さいよね!!」
「分かっとるわ。」
しれっと嫌味な事を言われ、少しだけ離れた場所で軽く深呼吸。
少しだけ冷たい空気が肺の中を満たし、口からその満たした空気をゆっくりと吐き出す。
それを何度か繰り返すと、一気に込み上げた吐き気が引っ込んだ。
その深呼吸を終えた時に、ローブの裾をくいくいと引っ張る感覚に気づく。
振り向くと、そこには先程の小柄な女性───もとい
私の妹である菫である。
普段から人付き合いが苦手で、特に人混みが多いこの場においてやっと見つけた身内の元に駆けつけてきたのだろう。
「ちょっとやっぱり怖くて………手を繋いでいい?」
「あぁ、良いよ。やっぱりはぐれると流石に困るけどな。」
「うん………。」
控えめに頷き、妹の菫と共にメンバーの元へと戻っていく。
「んで、何の話だっけ。」
「この場所がなにか、四夜さんは何か知っているんですか?」
「いや、軽く御者に聞いたけどどうやら"アルカディア魔法学園"というところに俺らが選ばれて入学するらしい。」
「「「アルカディア魔法学園?」」」
「それってもしかして私達も魔法が使えるってことですか!」
「多分な」
「とは言っても、オレら何かする必要でもあるのか?」
「いや、九楼だって居ないんだから多分任務じゃない。」
「というか、メンバーってこれで全員なんですか?」
「俺に聞くな。誰が来てるかどうかなんて把握してない。」
「そかぁ。」
「言うて、私も何がきっかけでここに来たのかさっぱりだわな。もういいか?」
流石に現地、もといアルカディア魔法学園の前で早々に質問責めにも逢い辟易してきた。
傭兵のバルトさん、旅人であり観測者の犬鷲、退魔師の末裔である優義さん、便利屋にして妹の菫、魔法少女のリンリィ、そしてマフィアの若頭である私………やはりいつもの影狐による派遣メンバーだ。
やはりこれ以上居るとしたら一体───。
「あ、良かった顔見知り発見。」
見慣れない銀髪赤目の少女───?え、誰?
「「「誰だよお前(貴方)?!!」」」
目の前に駆け寄ってくる少女と思しき人に、思わず全員一斉に口を揃えていた。
それに対して首を傾げる銀髪少女。
「誰ってお前、なべだよ。」
「いや待て何をどうしたらそうなる、お前それなんだ。」
「いやだって、流石に物語に登場するのはあくまで他人でありたいじゃん。」
「分からねぇのよその考え方!!」
ツッコミが追いつかない、何なんだよこの状況。
ほかのメンバーも最早つっこむ気力が起きてないよどうすんだよこの空気。
「胃が痛い………。」
心の底からこれから先を憂う私、本当にこのメンバーでやって行けるのかが心配でならない。
─────特に、こうして女性の姿になっているなべと呼ばれる私の仲間のうちの一人についてはな。
正直なところ、この人に関しての情報は私にとってはイマイチ分からないから割愛しよう。
「とはいえあまり騒ぎ過ぎると周りにも迷惑になりそうですね。」
「何を今更。」
「そもそも誰のせいでこうなったと思ってんだ。」
「私も被害者だわアホ。」
そんな犬鷲と四夜による小競り合いがされてる中、ふと周囲のざわめきが広がる。
どうやら、そんな馬鹿騒ぎをしている間に学園前の鉄門が開かれたようだ。
中からは学園の引率を担当していると思われる教師が数人やってきた。
「お集まりの皆さん、ようこそアルカディア魔法学園へ。貴方達は栄えある魔法学園に選ばれた入学生である自覚を持ってください。」
「それでは今から大講堂へご案内します。全員着いてきてください。」
新入生の人だかりが多く、声こそはしっかりと聞こえるが………その引率の先生と思われる人の姿ははっきりと確認することは出来なかった。
ぞろぞろと連なるように鉄門の内側へと入っていく新入生達。
「私達も行った方がいいですね。」
「そうだな。」
「そうですね。」
皆が顔を見合せ、頷いて彼等に続くように学園内へと踏み入れようとする。
四夜もまた、共に来たメンバーと共に学園内へと入ろうとした時に………御者から声が掛けられる。
「?どうしたんですか御者さん。」
「そうでした、私……貴方へこれを渡そうと思いましてね。」
チャリ、と金属のような音がする小さな黒い皮袋を私の手の中に握らせる。
怪訝そうな顔をして御者を見つめると、御者は優しそうな笑みを浮かべて頷くだけだった。
「後でお時間があれば、その袋の中身を確認してくださいませ。私からのささやかな贈り物でございます。」
「初対面の人にここまでしてくれるのは貴方だけですよ。」
「ふふ、それもそうですね。────それでは四夜様の健闘をお祈りします、いってらっしゃいませ。」
まるで自分の子供を送り出すかのように、慈しむ笑顔で手を振る御者。
ありがとうとお礼を言い、私はそれを大事そうにポケットの中に仕舞いこんで彼等に続いた。
「そういえば、四夜さんさっきの人になにか貰ってたんですが………何を受け取ったんですか?」
「分からん、でもなんか大切なものだと思うから取り敢えず後で確認するわ。」
「それもそうですね、早く行きますか。」
こうして、私四夜と六人のメンバー達によるアルカディア魔法学園の幕が上がるのだった。