第14話 花の予言と星見の魔法使い。
私は夢を見た、それは在りし日の光景であり………
私がかつて過ごしていた妖精達の楽園とよく似たような美しい花畑が目の前で広がっていた。
私は思わず感嘆の息を漏らす、それと同時にかつての妖精たちが彩るあの楽園を懐かしむ自分が居た。
あぁ、とても懐かしい………何だか帰りたくなってくる。
「望郷を望むのは勝手だが、あまり強く願うのは良くないよ。」
不意に声を掛けられ、私は驚いて振り返る。
そこには今まで見た事がないような美しい少女のような女性が目の前に立っていた。
星のようにきらきらした煌めきが、彼女に合わせて風のように煌めいている。
黄昏のように淡い紫色の髪、ウルフカットをしたように後ろの髪が長く伸ばされている。
その人とは思えないような整った顔には、翡翠色の瞳が覗いていた。
その綺麗な顔立ちや髪色、そして瞳の色に私は心当たりがあった。
「─────………エルウッド?」
それこそ、私が最近知った相手であるレイ=エルウッドをそのまま女体化でもしたかのような似姿をしている。
その目の前の少女は、くすくすと笑いながら私を見つめる。
確かに彼と彼女はよく似ているが、当然そんな事で夢にまで出るほどの理由なんてないのだ。
「残念だけど、私は彼じゃないんだ。」
軽い足取りで、くるくると私の周りを回り、私の前へ再び躍り出ると………太陽のような満面の笑みを浮かべて見つめ合う。
「やぁ、ようやく逢えたね"預言の子"。 私は役目を果たしに来たよ。」
「預言?役目って…………一体どういうことだ?」
「そもそも君は何者なんだ?」
私は目の前にいる彼女について問い詰める。
彼女はにこにこと、花のような笑みを浮かべる。
「私はステラ、ステラ=ルミナスマギア。」
「───── とは言っても、私は彼女が作り出した術式そのものだ。」
彼女はそう言いながら、自身の胸に手を当てながらそう告げる。
私はその名前に思い当たる節がある、それは先程のように言った彼の………レイ=エルウッドの祖先である五大英雄のうちの一人の名前であることに気づく。
「貴女が、あのステラ=ルミナスマギア?」
「の術式だけど一応そうだとも。」
やはり血縁というものは、こういう形で反映されるのだなと感心する。
だがそれとは別に、彼女が言っていた"預言"と役目について気になった。
「そういえば、話をぶった切ったが………預言の子って?役目ってどういうことなんだ?」
「まぁ落ち着きなよ、黒霧 四夜。」
矢継ぎ早に私が質問する中、やれやれと肩を竦めながら私を諌める。
その上に彼女の口からはっきりと伝えられる私の本名。
これは確かに夢だ、だが今こうして干渉を受けている以上はこの夢そのものが"普通じゃない"ということが明らかになっている。
「まず、私から君に………いや、君達に伝えなければならないことがあるんだ。」
「よく聞きたまえ、これは彼女が見た星見による預言だ。」
一度しか言わないぞ、と言わんばかりに釘を刺す。
『七つの星が北の空に連なる年、そのうちの一つの煌めく星に選ばれし者が英雄の鍵を手にする。
鍵を持ちし星の子と、連なりし運命を握る六つの星の子達が八つの欠片を集める頃………再び厄災を鎮め世界を元の姿に戻すだろう。』
『だがお気をつけて、私達は気まぐれな星の子ども。
一つの赤い暁星が燃える空、千年の時を経た獣が三つの獣を呼び覚ます。』
『毒の杯を盛られた花の冠。暴かれた鏡の影は誰?』
『七つの星は再び空へと還る、鍵を手にした星の子は約束をその手に宿して空へと帰ろう。』
『─────さぁもう一度、千年の約束を果たしに時を越えて。』
『星の子よ、運命に導かれし英雄は再びその地に栄光を。』
「まるで詩のような唄だろう?それを私は彼女から託されたんだ。」
何処かで聞いたことのあるような、預言が私に伝えられる。
だがやはりと言うべきか、妙に要領が掴めないその預言に対し………私は難しい顔をしていた。
そんな私の顔を見ていたのか、彼女もまた複雑そうな感情を抱いたように苦く笑う。
「まぁそんな顔をしないでくれ、時はまだ訪れていない。」
「その時ではないと言いたいのか?」
私の質問に対し、彼女は首を縦に振って肯定する。
そして彼女は私の方を、いや………厳密に言うと私の手に持っているあの懐中時計を指さした。
夢の中とはいえ、この不思議な懐中時計についてはあまり調べる機会はなかった。
私はその時計を手にしながら彼女に問う。
「─────なぁ、これは一体なんの時計なんだ?」
「それは君にとって大切なものであり、君自身しか扱えない特別な"鍵"としての役割を持っている。」
「鍵?あの時計の蓋の裏に書いてある"時の神の祝福があらんことを"という言葉にも意味があるというのか?」
「うん、そして君はその使い方をよく知っている筈だ。」
よく分からなかった、いや………それを理解しようとしても漠然とした何かがあってうまく言葉にできない。
「そんなことを言われても………」
思わず弱音のようなものが口から零れる、彼女はまるでそれを言われるのを待っているかのように私を見据え、そして言葉を続けた。
「大丈夫だとも、君が先程見つけたその日記帳にその使い方について記した紙を挟んであるとも。」
「よく見てみるといい、いつだってそんな大切なものは必ず巧妙に隠してある。 君が得意な観察もあればその答えに、きっと必ず辿り着くんだよ。」
一瞬だけ見せてくる、その儚い笑顔に思わず私は涙が込み上げてきた。
─────それが何故なのかは、分からない。
だが、遠いどこかでそれを知っているような気がする。
まるで自分にとって大切な人が見せるようなその顔に、私の胸は酷く締め付けられた。
「さぁ、そろそろ目覚める時間だ。」
「君は、いや君たちはきっとこの夢の出来事を忘れるだろう。」
「でも大丈夫だとも!その時が来ればまた、私は君達の前に現れる。」
「その時まで、さようならだね!待っているよ、私の………いや、私達の希望!」
彼女は名残惜しそうに、それでいて涙を堪えるように必死に笑顔を作って大きく手を振る。
目の前が白んできた、私は思わず彼女に向かって手を伸ばすが……ただ空を掻くだけで虚しいだけだった。
無数に咲き乱れる花畑の花弁が、吹雪のように舞い上がるのが感じる。
目の前の彼女が完全に、その花吹雪に掻き消えるその間際─────…あの子をよろしくね。
そんな事を口だけで言っていた気がした。
◇
目が覚めたら、見知らぬ天井………いや、今寮のベッドで眠っている私の自室の天井が見える。
外では小鳥達の囀りに混ざって小さな妖精達の笑い声が聞こえる。
柔らかな日差しが、寝ているベッドにも差し込んでくる。
寝惚けた顔のまま、いつもの癖でスマホを手探りで探す。
スマホを起動して時間を見ると、どうやら朝の7時のようだ。
少し余裕を持たせて行きたいから、そろそろ起きなければならないなと……半ば嫌そうに思いながら私は身体を起こす。
眠い目を擦りながら、ベッドから降りようとしたら固いものが手に当たる。
どうやら日記を置いたまま寝落ちてしまったようだ。
それにしても、何か夢を見たような気がする。
それが一体なんの夢だったのか、今となってはイマイチ思い出せない。
なにか懐かしくて、それでいて何処か寂しいような夢だった気がする………内容を思い出そうとしても、頭の中で霧がかかって上手く思い出せない。
モヤモヤとした気持ちを抱えながら、私はこの日記を後でゆっくり学園の中でも見ようと思いながら鞄に入れようとする。
日記帳を片手に鞄を開けようとすると、不意にあることを思い出した。
それが誰かに言われたのか、夢であった事か分からないが………確かこの日記帳の何処かに紙が挟んであると言っていたな。
徐に日記帳の背を持ったまま軽く振ってみる。
すると、カサ……と音を立てて落ちていく小さな紙が見えた。
私は床に落ちたそれを拾ってみると、四つ折りにされていたようだ。
「何だったっけ、こんなの確認してなかったな。」
そんなことをボヤきながら、私はその紙を広げてみる。
そこにはあの懐中時計についてと、その扱い方について詳しく書かれていたものだったようだ。
私はそれを軽く目を通して、再び紙を折り畳んで時計の入ってた袋に押し込む。
この用途の詳しくや、実験は今やるべきじゃない。
私は伸びをしながら軽い柔軟体操をする。
コン、コン、コンと……三回ほど扉をノックする音が聞こえる。
「はぁい、開いてるよ〜!」
私はそれに返事をすると、シルキーが扉を開けてその顔を覗かせる。
じっと私を見つめる様子に、私はその意図を読み取る。
「もしかして、朝食の時間かい?」
「………………………」
寡黙ながら、彼女は肯定するように頷く。
確かにその扉の先からいい匂いがする、珈琲の匂いと、焼けたトーストの匂い、それとベーコンの匂いかな?とっても美味しそうな匂いが私の食欲を掻き立ててくる。
「分かった、今行くよ。」
私は靴を履き直し、扉の近くで待機する彼女の元へと向かう。
彼女もそれを見て、先にキッチンへと向かうようだった。
私の………いや私達の新しい学園生活の朝は、これから始まりの時を迎えようとしていたのだ。




