第13話 ストレイナイツの日記。
どうにか地下室から戻り、私は先程手にした日記を片手に自室へ戻ることにした。
本当にあの部屋についての秘密も、古鏡の中の存在も、そして今の状況も加味すると本当に訳が分からない。
地下扉を開ける時に必要だった黒のキングを取り出し、私は無言のまま部屋へと着く。
階段を上り、手前にある部屋である私の部屋へと入る。
私の刀である黒影を刀掛けに掛けてベッドに向かってダイブする。
「はあぁぁぁ…………」
思ってもみないくらいに、大きなため息だけが出てくる。
古ぼけた黒い革張りの本を見つめる、その金色の字で書かれたDiaryの文字。
どこかで見たことあるような癖のある字に首を傾げる。
とはいえ、今の私はどうにも疲れ過ぎたせいでまともに頭が回らない………普段の私なら多少なりとも筆記から見いだせるはずなのだが、慣れないことが立て続きに起きている為に、瞼が重くなってくる。
せめて最初のページくらいは、見ておかないとなと思い、私は仰向けになりながらその日記帳を開いてみる。
思ったよりも色褪せておらず、その表紙の裏には文字が書かれていることに気づく。
「この寮に選ばれた未来の君の為に記す。」
その一言だけが綴られている。
その字は妙に綺麗で、まるで………そう、これはまるで私が書いたような癖のある字だと気づく。
「っ?!!」
思わず上体を勢いよく起こし、その表紙の裏を見つめる。
やや右上がりだが、文体自体は綺麗に整えられている。
それがいつも見慣れたはずの己の字だと気づいた時に、その眠気は一瞬にして彼方へと吹き飛ばされる。
待てよ、この日記帳は確か………ストレイナイツ寮の主が記したはずだ。
でもそれは1000年もの前の話だ、ただの偶然にしては妙におかしいと感じる。
だが、私はこの世界に来たのは初めてであり………この日記があること自体が不自然なのだ。
「何でこんなものが、いや、なぜ私と同じ字体なのだ?」
「いや、確信は無い…たまたま同じ?」
「違うな………人の筆記というのは必ずしもその人本人の癖がある、例えいくら似せようとしたところで結局はその人の癖が出るはずだ。」
「………………………」
静寂だけが、私の心に燻る疑問を煽り立てる。
何故?どうして?そればかりが自分の中で渦巻くばかりだった。
だがもう一つ確信めいたのが欲しい、そんな事を考えながら私はパラパラとページを捲る。
どれもこれもきちんとした日記のようで、その月その日、どんな場所で何をしたのかが事細かに綴られている。
確かにそれは日記だと分かるが、字体はどれも自分が書き記したのと全く同じと言ってもいいのだ。
「こんな偶然、普通はあるか………?」
「……………いや、せめて適当にで良いから内容を確認しよう。」
私は適当に捲ったページの記録を確認する。
聖樹歴約1000年 神無月だと思う。 29日
今日は世界樹が生えていると言われる自然の国へ訪ねてみる。
私のような異邦人は、やはり警戒される。
それも仕方ないだろう、今は素性を明かす訳にも行かないため常に黒の鎧を身に纏わなければならないのだから。
とはいえ、ここの気候はとても良いと言える。
彼らにとって心地よい季節とも言えよう、少なからず今はまだ厄災が残っている、彼らの生活を脅かす獣は全て始末せねばきっと安心出来ないだろう。
これで少しは彼らにとって役に立てるのならいいのだが………
あまりネガティブになってはダメだな、私にとってやれる事をやろう。 考えるのはそれからだ。
聖樹歴約1000年 神無月だと思う。30日
どうやらこの日は、彼らにとって特別な日のようだ。
とはいえ本番ではなく、前夜祭的な意味合いを持つ祭りのようで………私も参加して見ることにした。
とある1人の村人に差し出されたエールという発泡酒を頂いた。
一口だけでも飲んでみたが、なかなかに度数がきつい。
口に広がる苦味と、あとからやってくる甘い果実のような…なんというのだろうか、甘酸っぱい果実のような味も広がってくる。
なんとも独特な風味に、私は少し慣れないな……明日のことも考えてこれ以上飲むと良くない。
せめて今日だけでも、獣が来ないことを願おう。
「まじで普通に活動日記じゃねぇか………」
読んだ感想が在り来りすぎて我ながら恥ずかしくなってきた。
にしても、まるきり私が体験したような書き方をしていることに………更なる疑問と別の疑惑が膨れ上がるのを感じる。
─────本当にこれが私が書いたとしても、いったい誰が何のためにこんな事をして保存したというのか全く検討がつかない。
「もしかして、この世界がループしてたり………しないよな。」
一人苦笑いしながら、SFじみたことを言うが………それはそれで現実的じゃないと私の中の誰かが批判する。
もし唯一出来るとしたらきっと─────。
「いや、だったとしたらこうして接触したのは本当に説明がつかない。」
「これがフィクションじゃない限り、いや魔法もフィクション扱いされてたよな……?もういいや分からない。ダメだ!」
一人であれこれ考えるにしては、圧倒的情報不足だ。
探偵だったら、まず情報収集が大切だ。
推理小説ならそうやって一つ一つといていくのが重要なのだから………今はまだその段階を跳び越す必要は無いのだと自分に言い聞かせる。
───そういえば、先程頭に浮かんだ彼の存在………
私がこうして日記を見る前に出会った、古鏡の中の存在について思い出す。
そう、私はあの時地下室で古鏡越しにとはいえ白髪赤眼の青年と出会った。
『やっと逢えたねアッシュ!僕の名前はファウストだよ!』
『あれ、私………君に名前を言ったっけ?』
『ふふん、僕は鏡の中の住人だからね。
君の事は別の鏡を通して君の事を聞いていたからね。』
『へ、へぇ…………でも、なんでそんな所に?』
『あぁ、元々は普通の人だったんだけど……実は悪い人達に幽閉されてたんだ。』
『ふーん………』
妙な胡散臭さに、私は思わず信用出来ない態度を取ってしまう。
あの時ファウストという青年が私に対して何か言ってた気がしたが、ちょっとだけ興味がなかったから私はあの後日記読みたさに先に地下室から出ていったんだった。
もし本当にこれが、彼の言ってることが真実だったら………さぞ長い間一人で寂しい思いをしたのだろう。
とはいえ此処は都合よく行くはずもない、私は彼の事をある程度念頭に入れつつも暫くは警戒しようと考える。
「もしこれを皆に伝えたところで、どうなるんだろうか………」
まぁいいや、明日考えた方がいいだろう………などと思いながら私は日記帳を傍らに置いてベッドに寝直す。
ふかふかで、柔らかいそのベッドの温かさが私の眠気を強く誘っていく。
明日から、本格的に学園生活が始まる。 これからどうなっていくのだろうか、私は……彼らと上手くやって行けるのだろうかなんて思いながら……徐々にその意識は深く深く泥のように沈んでいく。
─────怒涛の一日が過ぎたその夜、私は奇妙な夢を見ることになった。
それは在りし日の光景であり、私にとって何処か懐かしいあの美しい花畑が広がる真ん中で………私は、私達は"彼女"と出逢うことになる。




