第11話 秘密の地下室と魔法の鏡。
学園内の喧騒から離れ、一人果実を片手に渡り廊下を駆け抜ける。
今は祝宴の時だから、誰も私を咎める人はいない。
私は一度足を止めて、軽く息を吸い、吐き出す。
肺の中に新鮮な空気が満たされ、吐き出されるだけでも気持ちがリセットされるのを感じる。
手の内の果実を適当に制服のブレザーで拭いてからひと齧りする。
シャクッと小気味よい音を立て、口の中には甘酸っぱい果実の味が口いっぱいに広がる。
異世界と言えども、それによく似た果実というのは得てして美味しいものであると実感する。
私を含めて七人がこうして異世界に来ている、とはいえやっぱり故郷の味がどうしても恋しくなるものだった。
林檎のような果実にかじりつきながら、一人の時間を楽しむ。
本当に今日一日はただただ怒涛と言わんばかりの状況だった。
気づいた頃には馬車の中にいて、それに揺られて走っていく道中………そして学園では聖杯戦争のような試練の話、寮の選定、自分に対する敵意を抱く人の存在……何もかもが現実離れしたようなものばかりで目が回りそうになる。
これから四年間、寮生として学園生活を過ごす。
それだけでも今まで経験したことの無いことに、私は思わず空を仰ぐ。
学園や寮の明るい光の中でも、やはり空にはいくつもの星々が煌めいていた。
「本当に、今こうして居るんだな。」
結局べとべとになってしまった手をどうすることも出来ず、手持ち無沙汰な様子でひらひらさせる。
適当に庭の水辺で手を洗おうかと思いつつ、それだとシルキーさんに怒られると思い私は寮へと入る。
「ただいま、シルキーさん。」
「……………………」
出迎えと同時に、濡らしたタオルを手渡される。
さっき庭に行こうとしたのがバレていたようで、シルキーさんはどうやら私の為にタオルを用意していた。
やっぱり彼女には全部お見通しだったか、と思いながらダイニングまで歩いていく。
だが、ほんの少しムッとした表情でコツコツとテーブルの端を人差し指で叩いていた。
「ごめんよシルキーさん、今度からはちゃんと帰ってからにするよ。」
「これどうしたらいい?洗った方がいいかな。」
ふるふると彼女は首を横に振り、テーブルに置くようジェスチャーする。
私はその通りに従い、テーブルに手を拭いたタオルを置く。
そして、先程の目的である書斎に行くことを思い出し、私は彼女へ伝える。
彼女は承諾したのか、小さく頷いて屋敷の掃除に取り掛かる。
後で時間があれば、彼女にホットミルクでも差し入れしようかな………などと思いながら、私は書斎へ向かおうとする。
とはいえ、何があるか分からない為……先に懐中時計、カンテラ、護身用の自分の刀、トネリコの杖といったものを取りに行って厳重体制で向かうことにした。
書斎の扉のドアノブを捻り、そっと開ける。
ギィィ、と蝶番が軋む音がする………私は後ろ手にドアを閉めながら部屋へと入る。
壁の本棚は依然として綺麗に並べられており、文字を見るからには昔からずっとそのままにされているのがよく分かる。
私はそのまま書斎の中を歩き、気になっていた書斎机の近くの床まで近づく。
椅子を退かしてそのカーペットを捲ると、何かを嵌め込むような穴と巧妙に隠された地下扉が顔を出す。
こういう時ほど、ミステリーやホラーゲームにおけるギミックみたいだなと思いながらその穴を見る。
「これ、私が手にした黒のキングみたいだな。」
「ずっとカーペットで隠されているせいか、ホコリは被ってないみたいだな………嵌るかな。」
ポケットの中から寮の象徴である黒のキングを手に取り、その穴に嵌め込む。
カチリと音を立て、地下扉が開くようになったようだ。
私は一度カンテラを傍に置き、ゆっくりと地下扉の取っ手を手にかけて開く。
むわっと広がる冷気と、妙な匂い……埃っぽいようで黴臭い様で…なんとも形容したがい匂いが鼻をつく。
「なんて事だ、本当にこんなのが有るとは………マスクでも用意しておけば良かったかな。」
腰に挿した刀がカタカタと音を立てる、大丈夫だと言いながら宥める。
カンテラを翳すと、どうやら石で出来た階段がそこにあるようだ。
幸いなことに、階段付近には火を灯せる燭台も連なっている。
私は湧き上がる好奇心を抑えきれず、トネリコの杖を使って魔法を使う。
「さてと、カンテラではもう心許ないからこっちにするか。『燭台よ、火を灯せ。』」
ボゥッと小さな火が灯され、それが連鎖するように連なる燭台に次々に灯されていく。
まだやや薄暗いとはいえ、カンテラだけで進むよりかはずっと良いだろう。
私はこの先に何があるか知りたいが為に、私はトネリコの杖、護身用の刀、そしてカンテラを手にゆっくりと階段を降りていく。
勿論、地下扉はなにかあった時のために開けっぱなしにしている。
コツコツコツコツ、と地下特有の響く足音を立てながら地下の階段を順等に降りていく。
「随分と古い、というか本当に1000年も使われてないとはいえ……よくこれがずっと保たれていたな。」
「少し遠いな、どこまで続くんだろうか。」
先を照らせども、ただ薄暗くて良く見えない。
地下室に続くであろう階段の岩肌を触りながらしばらく進んでいくと、少し古ぼけた木の扉に行き当たる。
金属のドアノブは、ドアノッカーのように輪っかになっているものだった。
軽く引いてみると、思いのほか簡単に開くようだった。
そっと扉を開くと、そこに広がった光景に思わず息を飲んだ。
「おいおいマジかよ、こんな事もあるのか…………」
「いや本当に、これは1000年前から存在していたのか?」
目の前に広がる光景は、正しく「誰かが使っていた部屋」という事には変わりがない。
天井には小さな照明、壁には世界地図と思われるような紙、机には数冊の本が積み上がっており…書きかけの羊皮紙のようなものが置いてあるだけだった。
「……………秘密の部屋?これがもし本当なら、このストレイナイツ寮の…黒騎士が使っていたのか?」
「信じられないな、まるでその時に時が止まったかのようにまだしっかりと残っている。」
机に軽く指を這わせて埃を取ってみる、やはり埃が積もっている様子は一切ない。
ふと、羊皮紙には掠れたように文字が書かれている。
それが何かを読み取ろうとしても、上手く読めない。
「凄いな……他にも何かあるのかな。」
カンテラを机に置き、他にも何か隠していないか探してみる。
「ん、引き出しがあるな……何が入ってるんだろ。」
引き出しを引いてみる、するとそこには黒い革張りの本のようなものが1冊だけ置いてあった。
「なんだろうこれは………資料?」
そっと手に取り、表紙の題名を確認する。
"Diary"とだけ書かれており、どうやら日記のようだ。
誰が書いたのかは記載されておらず、この寮を使っていた主人………黒騎士のストレイナイツが書いていたと思われるだろう。
「にしても結構分厚いな、後で持っていこうかな。」
なんとなしに手にしながら……この部屋に入ってから感じた妙な違和感─────もとい、視線を感じた。
「さっきから見られているな、誰かそこに居るのか?」
声は聞こえない、でも人が居る……いや誰かがずっと見ているような気がしてならない。
視線の原因、その先を知ろうとカンテラを手に部屋を歩き回る。
ふと、目に付いたのは壁に掛けられており……布に掛けられた何かがそこにあった。
布の端に手をかけ、そして勢いよく布を剥がしてみる。
そこには、やや曇った豪華な装飾が施された古ぼけた鏡がかけられていた。
「そこに誰かいるのか………?」
私はその被せられていた布を使い、古鏡を拭いた。
『あ!やっと人に会えた!』
目の前には、透き通るように白い髪を一つに束ね、人とは思えないくらいに白い肌、そしてルビーのように真っ赤な瞳を持った私と同じ背格好の青年が嬉しそうに鏡越しに見つめていた。
「……………あ、お……貴方は一体─────。」
「やっと逢えたねアッシュ!僕の名前は─────。」




