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はじまり

 普段ならあまり見る事がないような赤い煉瓦の壁、小さなシャンデリアのような照明が取り付けられた黒を基調とした艶やかな天井。

床には明らかに高級なものと思わせられるような赤い絨毯に、極彩色に何か動物や植物めいたものがあしらわれた刺繍が施されている。

部屋のあちこちには、仕事部屋と応接間を兼ね備えたように資料をまとめてある書類棚のようなものもある。

その部屋の主人の趣味である調度品まで置いてあるその気品のある部屋に2人、窓側と入口側で挟み込むかのように対峙するかのように向き合いながら座っていた。

豪奢な部屋の空間には微かに聞こえるジャズのような音楽が、さながらBGMのように奏でられていた。

そんな小粋な音楽とは裏腹に、その部屋には確かな緊張が張り詰めており……2人の人間はただ見つめ合うだけだった。

 部屋から見て、入口側で座るあなたはどう言葉を切り出そうかと思い戸惑う。

あなたの眼前に居る男の顔は、ブラインド越しに降り注がれる光を浴びて逆光的になっていた。

それは必然的にあなたが見ているはずの相手の顔が今どういう顔をしているかすら読み取ることが難しい証拠であるのは確かであった。


 だが男の顔は逆光の影になっているのにもかかわらず、口元が綻んだような優しい笑みを浮かべていた。

時々きらりと輝く淡い青色の瞳の色が、悪戯っぽく笑いかけるようにあなたに向けられる。

男はようやく口を開きかけ、そして言葉を口の中で濁す。

一瞬だけ何かを言いかけたことに対し、あなたは聞こうとしたが…その前にようやく彼の口から言葉が発される。


 「こんなに静かに過ごしちゃうと、どこか緊張気味になっちゃうのは仕方ないよね。」

「いや、私が呼び出しておいて何も言わないのは緊張しちゃうか。」

優しく語りかける様な口調で問いかけ、そして自分でそれを軽く訂正する。

自己完結したようなその問答に、あなたは静かに首を横に振る。

それを確認したのか、彼は優しそうに軽く目を細める。

「取り敢えずさ、緊張をほぐすためにまずは色々お話しようか。」

「本題に入るまでは色々あるだろうし、何ならここに来たこともまた君にとって1番の意味がある。」

「それがどうしてかって? ───まぁ、ちょっとした"勘"のようなものかな。昔からあたるんだ。」

「大丈夫さ、何もかも上手くいくようにはなっているんだ。」

 まるで独白を語るかの如く、水面のように静かでこそあるが…言葉をそのまま整列させたように淡々と口に出す。

それこそ、あなたが最初から存在せず…何も無い空間にただ吐き出す独り言のようなものだった。

その行動自体に気づいた彼は、ハッとした様な仕草を見せ、恥ずかしそうに頬を掻く。

「ごめんよ、私ばっかりべらべら喋っちゃって。」

「最近まともに人と話ししてない気がして、感覚が分からなくてね。」

声色的に本当に思っているようだ、あなたはそれに対してふるふると首を横に振る。

 「貴方がそれでも楽しくしているなら、私は静かに聞いてますよ。どうせ時間は幾らでもあるんでしょうし………もっと聞きたいです。」

「本当かい?本当に手を煩わせたね。」

やはりむず痒い気がしたのか、落ち着きがないように部屋を見回す彼。

そして徐に手を軽く掲げると、パンパンッと乾いた柏手を打つ。

彼の背後、ソファーの影から黒い影が伸びていく。

その"影"が人の形を為すと、燕尾服を着たやや背の高い執事が現れた。

執事はあなたを一瞥すると、彼の方にそっと顔を近づけて耳を傾ける。

彼はあなたの方を気にするように目を向け、そして静かに執事へと耳打ちをする。


 それを見ていた貴方は、自分が何かしたのだろうかと……背中を這い上がるような焦燥感に駆られる。

執事は小さな声で畏まりました、とだけ言うと先程の逆再生のように影の中に溶け込む。

彼の方はその淡い青い瞳で、貴方を一瞥する。

思わず何かされるのかと思ったあなたは、背筋を伸ばして身構える。

緊張がさらに高まったのをみた彼は、くすりと笑みをこぼした。

「大丈夫だよ、ただもう少し長くなりそうかなと思って…黒燕、うちの執事に何か飲み物とお菓子を持ってくるように言ってきたんだ。」

「どんな形であれ、君はうちのお客さんだ。もてなさないと意味が無いからね。」

「それで、折角だし何か話をしようか────。」

柔和な笑顔から、真剣な面持ちになる彼。


 あなたは不意にブラインド越しに見える外の景色に目を向けながら言葉を呟く。

「そういえば、この世界も私のよく知るものとは違うんですね。」

「私の知っているところは、確かに賑やかでしたが…ここまで楽しそうな賑やかさな気はしませんでした。」

それを耳にした彼は、そうかと軽く口にしてあなたと同じようにブラインドの方に顔を向ける。

その横顔は、何処か遥か遠くを思うような寂しげな表情を浮かべていた。

「──────確かに、私の今いるこの世界はとても賑やかだ。行き交う町の人々、老若男女問わず生に満ち溢れた声の数々。それはとても尊くて愛おしい。」

「人というものは、いつだって進歩を続けていく。

でも確かにそれは技術的にも生活的にも、豊かで便利になっていく。」

「とはいえ、それが全て良いとは言いきれない。」

そうだろう?と同意を求めるように語りかける。

あなたはそれに対してゆっくり頷く。

「確かに豊かで便利になっていきます、でもそれと同時に人間の衰退もあるんです。何処かで便利になっていくにつれてまた何処かで不便になるなんてことは………やっぱり多いんでしょうか。」

「この世界は何百年、そのくらいかな?それからも余り変わらないから言えたことじゃないけど…やっぱりそういうことはどこかしらで起きるものだよ。」

「誰だって豊かになるにつれ浮き彫りになるものは多いものさ。」

お互いにやや感傷的になりつつ、また再び向き合う。


 いつの間に戻ってきたのか、テーブルの上には花をかたどったようなコースターとその上にはガラスのコップに入った麦茶が注がれていた。

傍らには茶菓子と思われる手作りのクッキーや、煎餅など様々なものが木のボウルのようなものに入っていた。

あなたはテーブルに置かれた麦茶に手を伸ばし、喉に流し込む。

麦茶独特の香ばしい香りと爽やかな味の奥に、ほのかに甘みが伝わってくる。

彼も同じくして、麦茶を一口飲む。

「そういえば、少し昔に面白い体験をした話があったな。」

「もし興味があれば聞いてみないかい?

─────とある男と、六人による魔法世界の話を。」

それはまるで甘い誘いのように、悪戯っぽく笑いかけて見せた。

あなたは思わず、その魅力的な誘いに胸を躍らせる。

今にも飛びつかんばかりに身を乗り出しそうになるのを押さえながら、是非!と声を掛ける。

初めて見せるその興奮っぷりに、彼はソファーに座り直す。

「じゃあそうだな─────、あれは秋頃に差しかかる頃。」

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