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神樹神䛡大繋・神樹幻想秘話

神樹神䛡大繋  大焔  

作者: アリス法式

神樹神話体系第六作目。内容的には詠われぬ月の続きとなります。

 長く深く住まう場所。


黄泉津よみつ。




「珍しい、そなたがここに来るとはな」




「お別れに参りました、ヨミ様」




吐き出される吐息は腐れ落ち、半身は焼け爛れ、瞳は憎しみに染まる。


彼女の足元に膝をついたのは、黒を煮詰めたような女性だった。


髪は黒く、目は黒く、纏う着物も漆黒。


ただ一輪、髪を飾る一輪華が朱く花開く。




「わが下を辞した所で、待つのは終わりなき煉獄ぞ」




「それでも、わが勤めでありますれば」




黒く墨を刺した口元は、揺れる漆黒と共に吐息を吐き出し、その身は凛と張り詰めた姿と共に身を下す。




「そなたを拾い、人として育てて幾許か、自らの決断に身をゆだねる迄大きくなっておったか」




「はい」




「大日女は、決してお主を認めはせんだろう、あれは、自らの意に反するものを嫌う。


神としてではなく、人として生まれた神樹の一粒種」




――『   ヒメミコ』――




惜しむように、悲しむように、又は慈しむように、ヨミは爛れたその手で彼女に触れた。




「長く待つことになろうぞ」




「すべて、覚悟のうえでございます」




「うむ、ならば行くがよい、わが巫女よ。


『イザナイ』としての我でなく、禍津としての我に唯一使えし、一の巫女よ」




コツコツと去る者は去り、残るものは永久への想いを零す。




「絶たれた魂は八つ、零れ落ちぬように掬い上げてみたモノの、なれも存外可愛げの無い」




―――


――





 長らく、久遠とおい夢を見ていた。


あの日、最後に触れたあの方の手は、微かに震えていた。こんな、穢れた身であろうとも、慈しみをくれたあの方には、感謝だけが残された。




地に上って、私の身は私では無くなった。


恨みつらみに塗れた欠片を埋め込まれ、私はモノに堕ち果てた。


人中の鋳造機。


人が神造武具に触れるには、人が持ち得る位まで穢し堕とす必要がある。


堕とし、溶かし、型となり、鞘となる。


生ある罪を背負い、死なぬ罰を与えられた私の体は、その鋳造機の一として、人では無いものとして長らく使われることとなる。












―― 大焔 ――






「ヤタ、あなたはそれでいいのか?」






神樹の麓にて、一匹の蛇に声をかけたのは、一人の女性。


円鏡の飾り簪にて髪を結った彼女は、人としては高位に立つのであろう。




緋の衣を纏い朱を刺した唇は血色良く、所在なく伸びた指先は、白く日の当たると黒く照る艶やかな鱗を撫でた。




『邪なろうとも、我も、また一柱なのは間違いない。


せいぜい、天に嚙みついてヤロウ』




二度、三度。


別れを惜しむように彼女は、蛇の背を撫でる。




『…主こそ良かったのか?』




「ええ、あなたの御霊は知らない仲ではないしね。


宝物殿は開いているわ」




シュルシュルと呼気を吐くと、飽きれたように息を飲み込み、蛇は彼女の指さす蔵へと向かってその身を捩らせた。


蛇の氏族に於いても異端、大蛇オロチの名を冠する蛇は、大きく口を開けると一息でその蔵を飲み込んだ。




天高き者共が封じし剣廟。


収められし八つの剣がその身を焼かんとばかりに威を放つ。


しかし、蛇は児戯とばかりにその威を受け流してしまった。


喰らうは忌々しき天高き者共が、虫けらのような人の身でも使えるようにと鋳型へと流し作られた人中の剣。




一本、二本、三本、……元の物と総じて八本。




蛇の体を食い破るように飛び出した新たな首は剣の鞘か、受け流した力の発露か。


その身山のごとし。


見上げる体はさらに大きく、八つの山を跨ぐほど。




重なる八つの咆哮は、天高き者共への宣戦布告の咆哮か。


それとも、終わらぬ逃避行への嘆きであろうか。


異形の蛇はその身に剣を宿し、北を目指すーーー。






「―――そう、あの忌々しい蛇は死んだのね」






主へ興じる湯呑が震えるのを、彼女は意思の力で押しとどめた。


動揺ゆえか、頭の上で揺れる円鏡に水晶が弾け、澄んだ音を奏でる。




今回、他の古き者共は、かの蛇に場を譲り一切力を貸すことは無かった。


もし、彼らが力を貸していればとも思うが、元来孤高を旨とする古き者共が、その身朽ちようとも死に急ぐ蛇に同情こそすれ、手を出さぬは必然であった。




蛇は蛇のまま、階梯へと至り、剣として身を残した。


最後の時、あの蛇は、その身を燃やして、打ち据えながら一本の剣を吐き出したという。




「天叢雲…、蛇ごときが天を語るとはね」




その剣心に刻まれた銘は幾多の思いを綴られたモノか。




―――天叢雲アマノムラクモ。




興味が失せたのか、執務へと戻る主へ悟られぬように彼女はそっと息を吐いた。




「キョウ、その剣を下げ渡す、鋳つぶせば人にも使えるでしょう」




「は、畏まりました。大日女おおひめさま」




頭を下げる。




「新たな剣は、草薙と名付けなさい、叢雲など気取った名はいらぬ」




「……はい」






恭しく、木箱に収められた剣を抱え込む。


その剣身からは、すでにあの日触れた艶やかな温もりは、感じられなかった。


剣を言われた通り、人造の鋳造機ちゅうぞうきへと収めるべく岩戸を離れる。


向かうは、大鏡の離れ。


そこにあるは、人であり、人の形を成した、穢れの鋳型。






『サヤノヒメミコ』






彼女は、もう幾星霜もそう呼ばれている。


生ある罰として、その身に神剣の鋳造機たる理を埋め込まれた巫女。




死して尚、神剣の鞘巫女であり、生きて神剣の鋳造機であると定められたモノ。




本来人の身に余る神剣を人が使える所まで堕とすために彼女は作られた、元来人として生まれ、物として造り変えられ、モノとして死した。




そして、その死すらも穢された。


その身にてあらゆる神剣を鋳造し、あらゆる神剣の鋳型をその身に残し、あらゆる神剣をその身に収めることが出来るモノで成れと。




その身は鞘であり、神剣の鋳造機。


その身をモノとして生きた故に、彼女に耳は無く目はなく、あらゆる五感は無い。




剣を納めるために触れたその身から、焼けつくような呪詛があふれる。




『私には、憎たらしい神々の声しか聞こえない。


私は剣を愛した。


剣に愛された。


神よりも剣を、愛し、敬愛し、その身に宿した。


だからは私は、生きたまま剣を造る物となった。


死してなお剣を守るモノとなった。




其れに後悔はない、わが身は鞘であり、刃たれ、もう二度と忘れぬようにその身に刻みこめ、私は刃であり鞘、されど一本の剣心である―――』と。




彼女はすでに永遠であり、久遠であり、悠久である。


すべてを穢し、すべてを堕とし、すべてを呪う。




なれば、神廟の剣を喰らい打たれた、邪神たる蛇が造りし剣を、彼女は如何に呪い堕とすのだろうか。


『天を凪雲を穿つ』と名付けられたこの剣は、彼女にとっていかなるものへと成るのであろうか。


神気を纏いしとも、この剣を打ちしは狂いし蛇神。


始まりから間違いしモノをさらに彼女が研磨する。


その時、この剣は果たして、『草薙』などという器でおさまるものであろうか?




―――そして、剣は鞘へと納められ―――。




彼女の手を冷たい月が掴んでいた。








―――


――





あの時、あのお方は、なんと私を呼び慈しみをくれたのであろうか?


長らく悩む、悠久の刻において、その思考はそぎ落とされた私の中で残った最後の遺物であった。


そんな私に、何か熱いものが流し込まれた。


研ぎ澄まされた鉄の熱さ。


撃ち込まれた剣心の熱。


焼き込まれた逝く層へと重ねる想い。


人を想い、人の熱を浴び、最後に束ね、狂いし神に熱せられ打たれた神造剣。


でありながら、この剣はもとより、人が使うことを想定して造られている。


まるで、神を殺すために造られたような。


神を殺めたことがあるような―――。


元より堕ちたこの剣を、さらに覚まし、型と嵌め、削りだす。


汝、神を薙ぎ、天を薙ぎ、地を薙ぐ。




天地を分かつ剣『天蓋』




我、これにて天へと蓋を成す。断ち切るは道、進むべきは未知。


振るうは―――。




「…ヒルコ」




「――ああ、ようやく目が覚めたかい?




これにて、天地が開闢する。


この剣にて、神樹が倒れこの地に夜が訪れる。


僕は、ようやく出会えるんだ。彼女の元にたどり着けるんだ―――」




目覚めの先で、新月のような少女の為りをしたソレは、血濡れの彼は、随分と狂った笑みを浮かべていた。




「あんな仮初の鏡など、何度叩き切ってやろうと願ったことか、しかしだ、それじゃあ足りない、もっと深く世界に溝を、避けえぬ断崖を刻まねばならない。


だから、そなたを熾した。


黄泉より零れし最も深き純粋なる闇―――。




『「―――ヨル・・ノヒメミコ」』」




黄泉津の主ぬしが、禍津の主あるじが与えし銘を、天高々に我が名を叫び、地朗々とその名を刻む。




「さあ、天の帳を降ろし、地に闇夜の抱擁を与えよう」―――と。






ヒルコが嗤う、夜世恋ヨルヨコイと。


愛しき月へと、昼子が詠う。


愛しき大樹をその身で刈りて。


倒れる大樹をその身で焼いて。


堕ちる大樹をその身で抱いて。




昼子が嗤っていた。哭きながら嗤っていた。


昼が夜へと堕ちていく。


会え亡き月を望みながら、逆さの月は落ちていく。




そして、月は登った、何時しか、銀の大鏡が大きく闇夜を照らしていた。






「ああ…。『「わかっていたのに」』こんなことを成しても、朔には会えないと」






目の前には、満月のような少女が立っていた。




朔、望みえど、望へは届かず。


故に新しき月は闇へと堕ちていく。




その手から剣が堕ちる。


私は、すでにそれの鞘で無く、剣は役目を終えたかのように、ヨルの中を、どこまでも堕ちていった。

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