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わたモテ

 カガリ博士の再生極道工場のひみつ。


 廃棄極道の亡骸は、江戸川の水と酸でどろどろに溶かされる。そして、カガリ博士の造り上げた再生産マシーンによって、人型の練り物として再生されるのだ。

 作業員たちはシャブでイカレた極道から刺青付きの皮を剥いだ後、亡骸を溶解炉へと投げ込む。

 どろどろに溶かされた後、様々な成分を配合された練り物としてコンベアへ運ばれ、工業用ロボットによって人型に整えられていく。

 できたてホヤホヤの極道素体は練り物に似ている。まだまだブヨブヨな練り物だ。こんなものが、最後の工程で新品同様の極道へと再生される。


 刺青こそが極道の魂!


 パートのおばさんたちによって、丁寧にクリーニングされたタトゥースキン。魂そのものであるタトゥースキンを纏うことで、新たな魂が極道の練り物に宿るのだ。

 


END



 OJ(オンジョブ)T(トレーニング)の一環として見せられたのは、作業工程を紹介する短編映画だった。古い映写機でフィルムを回すという凝ったものだ。


「さて、理解できたかね?」


 得意げなカガリ博士が問うてくる。


「いえ、全く。作業は手順さえ分かればやってみますが」


「ふむ、その淡白さ。嫌いではない」


 湯気を立てている人型の練り物が、作業員によって搬入されてきた。

 食べ物で遊んでいるようにしか見えないが、これが再生極道の素体であるらしい。ふんわりと、練り物のような匂いがしていた。


「さあ、社外秘であり秘伝でもある極道の魂作成を教えよう。まずは、素体にタトゥースキンを着せるのだ!」


 スーツのジャケットを脱いで袖をまくる。貧乏神はジャケットに隠れて丸くなったままだ。

 出来立ての練り物を四苦八苦してタトゥースキンにねじ込むと、パーカーのようにジッパーが前にくる。


「よし、上出来である! さあ、魂魄(こんぱく)の核とも呼べる秘伝だ。そこの本棚にあるヤクザ漫画をねじ込むといい」


「え、ヤクザ漫画?」


 壁に設置された本棚には、ヤクザ漫画とヤンキー漫画の単行本が並べられていた。SFヤクザ漫画の傑作、代紋Take2が全巻揃っているところにセンスを感じる。


「なんでもいいんですか?」


「うむ、このマンガ本で再生極道の魂が決まるのだ。時間をかけてもよいぞ」


 ヤクザなぞそんなものなので、マンガで決まる程度がいいのかもしれない。だが、代紋Take2の全巻から歯抜けが出るのは避けたい。

 本棚を見回してみたが、どれを入れてもロクなことになりそうにない。ウジシマくんだけはダメだ。

 おや、本棚と壁の隙間から本がはみ出している。

 エロ本みたいな隠し方には好感が持てた。

 カガリ博士が時計を見ている隙に、その本を取り出して練り物の胸に埋め込んだ。


「できました」


「うむ、そうか。所要時間二分は最短記録だ。では、術式を開始する」


 カガリ博士は壁に設置されている機械から極太の電極を持ってきた。ビリビリと雷光迸るそれを、練り物の頭に突き刺す。

 すると、なんということか、練り物が動き出すではないか。痙攣しながら、タトゥースキンは練り物と一体化していく。

 肌の色味が人間に近づいて、棒でしかなかった手足がしっかりとした人の形へと変化していく。

 筋肉と剛毛に覆われたむくつけき極道が生まれるのかと思いきや、その身体は小さく収縮していく。


「むむむ、なんだこの反応は!?」


 廃棄された極道の練り物こそは穢れそのもの。社会に浸透した想念の権化たるタトゥースキンが穢れを包み込めば、漫画本を核として新たな命が新生されるではないか。


 奇怪な儀式により、極道の練り物に命が宿る。

 劇画チックなヤクザが出来上がるはずだった。しかし、そうはならなかった!

 フンドシの似合う極道とは似ても似つかぬ、高校生くらいの少女が出来上がっているではないか!!


 わたモテの単行本が功を奏した。


 ヤクザなんて少ない方がいい。あいつらは例外なくクズだ。死んで初めて役に立つ。

 わたモテはいい。人生をやり直したくなるから、わたモテは好きさ。


 ぎらりと、少女が目を見開く。


「おどれ、何さらしとるんじゃ!」


 目覚めの声はまさに極道。

 カガリ博士の腹に、産まれたてとは思えぬ鋭いショートフックが叩き込まれた。


 とりあえず、ジャケットを羽織る。こんな所に長居は無用だ。

 胸元の貧乏神が一つ目で見上げてきた。


「言いたかったら、言ってくれ」


 一つ目子猫の貧乏神の無垢な瞳。


「なんでこんなことをしたのですか? 博士は面倒をみてくれると言っていましたよ。きっと、嘘じゃなかったのに、にゃん」


「こういうこと、繰り返してきたんだ。また、やっちゃったんだよ」


 カガリ博士は先ほどまで突き立てていた電極を武器に、少女と戦いを始めた。

 B級映画みたいで面白いが、こんな近くでは巻き添えを食いそうだ。


「カガリ博士、早退させて頂きます」


 就職した訳でもなし、退職届は必要あるまい。

 異常に気付いてやって来た作業員たちと入れ替わるようにして逃げる。

 皮屋なんて、合いそうにない職場だ。ヤクザなんて大嫌いさ。

 ずっと昔、大阪の占い師に革職人が向いていると言われたことがある。だけど、どうにもそんな仕事は向いていない気がする。

 走って皮屋から逃げだすことにした。

 背後からは再生極道少女のヤクザ言葉が響いて来る。声優さんみたいな甲高い声で、なんだか面白くなって笑ってしまった。


「ははは、はははは」


 頭が痛い。

 外に出たら、また暗がり。ほら、頭がスッキリしてきた。深刻に考えないのが生きるコツ。毎日毎日うんざりなんだから、夜は何も考えたくない。


「行くあてがあるのですか? どこかに帰るところがあるのですか?」


 胸ポケットの貧乏神が囁くように問いかけてきた。


「そんなものないよ。昔から無いんだよ」


 夜と暗がりは好きさ。

 暗がり小路(こみち)を抜けて、喧噪のアメ横へ戻る。

 米兵たちの乱痴気騒ぎはまだ続いていて、それを横目に来た道を戻った。行く当てもないのだから、どこかで朝まで飲み明かしてもいい。

 この夜が明けてくれるなら、なんでもいい。


 胡麻団子屋まで戻ったら、チャイナガールが少し驚いた顔で出迎えてくれた。


「やあ、どこか静かに飲める店はあるかな? こいつにも、何か食べさせてやりたい」


 こいつというのは貧乏神のことだ。子猫じゃなかったら、蹴り飛ばしてたのに、こんなにカワイイと餌のひとつもやりたくなる。


「あら、お兄さんは皮屋に行かなかったんですか?」


「行ったけど、ヤクザは嫌いなんだ。早退してきたよ。このままバックレかな」


「うふふ、面白いひと。どうぞ、中は食堂ですよ」


 チャイナガールは、団子屋の裏にあるドアを指さした。ドアの横には大きな水槽があって、鯉が泳いでいた。色のついていない、黒い鯉。揚げて餡掛けにしたら美味しそうだ。


「ああ、酒が欲しいな。頭が痛い時は、酒が、飲みたくなるから」


「ええ、ありますよ」


「助かるよ」


 ドアを開けたら、真っ赤な装飾の中華料理店。

 古い中華屋の看板にあるチャイナ服の女の子イラスト。あれ、子供のころ好きだった。とってもかわいくて、初恋じゃくて性の目覚めか。なんにしても、現実の女よりもいいのに間違いない。口答えしないから二次元の女の子は最高だ。

 女はこりごりだっていうのに、団子売りのチャイナガールを見てしまう。

 見ただけで分かる悪い女で、好みだ。いや、ダメだな。やめとこう。女はこりごり。


 さあ、何か食べよう。


 こんな夜は、本格的な中華料理が言い。酸辣湯(さーらーたん)や水餃子でメコンウイスキーを飲みたい。

 意識なんてどこかに飛ぶまで、酒。酒。酒。

 大事なことなんて忘れてしまえばいい。


正気です

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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでてなんだろうなあと思ってましたがやっとわかった。 この話読んでるとつげ義春思い出すんですよ。
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