アシトランテ領17 安堵
二人で向き合って再会を喜びあっていたその時、屋敷の方から複数人、こちらに向かって来る気配がした。静かな森にガサガカと分け入る音や、草木にぶつかる音が響く。
幸せな空気から一変、ニコラスとアンナは瞬時に警戒をした。
捕まえた賊に仲間がいないとは限らない。
ニコラスは複数人の気配に息を殺し、待ち構えた。
アンナは首にさげたクロスを手に取り、いつでも形作れるように集中した。
音が近づく。直ぐそこまで来ている。
姿を現したのは武装をしたアシトランテの騎士だった。その後に続いてわらわらとまた騎士がやってくる。
二人はほっと胸を撫で下ろし、構えを解いた。
伯爵がアンナを探しに出した騎士隊だ。先頭の騎士がアンナとニコラスを見つけて、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら走って近寄ってきた。
「ああ!アンナ様ご無事でよかったです!」
騎士は安堵で顔がほころんでいる。
アンナとニコラスは顔を見合わせ、関係を怪しまれぬようにさっとお互い一歩ずつ離れた。未婚の男女にしては少々距離が近すぎたからだ。
「お怪我はございませんが?」
騎士が上から下へと視線を走らせ、怪我の有無を確認する。
「お怪我は…大丈夫そうですね。こちらの方は…フリッツ公爵様でございますか?」
隣に立つニコラスに顔を向けてアンナに尋ねた。
「ええ、様子のおかしい私をこちらのフリッツ公爵様が心配して追いかけてきてくださったの。賊を拘束してくださったのもフリッツ様です」
先程まで仲睦まじく笑い合っていたのに、とたんに他人行儀を演じるのは少し気恥ずかしく思い、紹介する動作がぎこちない。
「それはありがとうございます。申し遅れました。私はアシトランテ騎士隊隊長のロイド キャスレイドと申します」
ロイドはニコラスに向かって騎士の最上級の敬礼をした。
「あなたが使いを出して知らせてくれたおかげで、この事態に素早く対応ができました。こうして襲撃の重要参考人の確保もできました。重ねて御礼申し上げます」
「いえ、私は何も…」
言葉遣いが魔法使いの彼から公爵の彼に戻っている。
どうやら、覚醒してもきちんと使い分けができるらしい。
そして、ニコラスは本当に何もしていない。ただ、自分が思うままに部屋から飛び出して追いかけてしまっただけだ。
家の者の手柄は当主のもの。優秀なサビスがいて本当によかった。
「そこの重要参考人はこちらで引き取らせていただきます。どうぞお二人は屋敷でお召し替え下さい」
相変わらず、賊は気を失ってだらりと木に縛られたままになっている。
ロイドはニコラスとアンナを屋敷まで帰るように促した。
二人のドレスと正装は土埃で少々汚らしくなっている。
森の中なので迎えの馬車は入ってこられない。
後ろに控えていた魔法部隊の人がさっと炎魔法で辺りを照らす。そして二人は、照らされた道を静かに歩いて屋敷へ戻って行った。
いつの間にか、辺りはもう陽が落ちて暗くなっていた。