アシトランテ領14 戸惑い
しばし沈黙が流れた。
地面に転がった男は動かない。
「あの、貴方はわたしのことを知っていらっしゃるようですがーーー」
沈黙を破り、アンナが恥ずかしそうに、小さな声でぼそりと尋ねた。
「いえ、知りません」
ニコラスは答えた。
「????」
名前を知っているのに本人を知らないという。なぞなぞのような答え。
「ああ、申し訳ない。実はそのドレスを贈ったのは私なのです」
「!!!!!!」
アンナは驚き過ぎて言葉を失った。
このドレスを贈ってくれたってことは、まさか
「フリッツ公爵…様?」
恐る恐る口にした。
「はい。はじめまして、貴女の婚約者のニコラスです。お逢いする日を心待ちにしてました」
ニコラスは微笑みかける。
アンナは両手で顔を覆うように隠す。
「ももももももも申し訳ございません!!!!!このような姿をお見せするなんて!頂いたドレスが…こんな…」
ドレスは戦闘でシワシワ。土埃でくすんでいた。
「いえ、ドレスよりも貴女の方が心配です!戦っていたようですが、お怪我は?そちらに転がっている男は何者ですか?」
心配そうにまっすぐアンナを見つめる。本気の目だ。
「け、怪我はございません。こ、この男はお父様を襲った犯人と思われる人物です。怪しい人物を発見したので急いで追ってこんなところまで来てしまいました」
恥ずかしさと、ドキドキで顔を上げて喋れない。
「怪我はないのですね、よかった。伯爵が襲われたとは…しかし、なるほど!だから窓から飛び降りていらしたのですね!」
アンナはクラクラと倒れそうになるのを気力で踏ん張った。
まさか!見られていたなんて!もうお嫁にいけない!!!
フリッツ様との出逢いを心待ちにして、目一杯着飾って、淑女らしい仕草で対面を果たしたかったのに、まさかこんな最悪なシチュエーションで逢ってしまうなんて。
もうダメかもしれない。
そう思うと、泣けてくる。まだ、きちんと知ってもらう前に終わりを迎えそうだなんて。
アンナが最悪の結末をぐるぐると考えていると、フリッツは側にある小屋へ向かった。
「少し休まれてください。私はこの男を動けないように縛ります」
そう言って、中から縄を持ってきてぐるぐると縛り、木に結んだ。
「これでしばらくは大丈夫」
パンパンッと手で服の土埃をはらう。フリッツは、少しでも緊張を解いてもらいたい気持ちで、親しみを込めてニコリと笑いかけた。
「もうすぐ、こちらに私の部下が来るはずです。さぁ、こちらで休みましょう」
そう言って、アンナの顔を隠したその両手を優しく外して、ぎゅっと握った。その瞬間、ビリリと電気が走ったような感覚に襲われ、二人の目が合う。
そして、二人はふたりのことを思い出した―――――――。




