アシトランテ領10 痕跡
私の婚約者は西へと走り去って行った。
その先は敷地内ではあるが、森が広がっていた。
私も後を追ってその森の中へと入る。
整備された美しい森ではあったが、夕刻の光は中まではうまく届かない。薄暗く、昼間の様子とは様変わりしている。
おそらく彼女はこの中の何処かだろうな。
彼女の痕跡がないか、注意深く探りながら先へと進む。
彼女は今、こんな時間に、こんなところへ来て何をしているのだろうか。何か困ったことが起きたのだろうか。それとも、もしかして私との婚約が嫌で逃げて来たのだろうか。
それだと困ってしまうな。
私のことを、まだこれっぽっちも知ってもらえていないし、あなたのこともまだ知らない。
木々の隙間から漏れる光も弱くなってきた。
早く探さないと陽が暮れる。
いくら三階から飛び降りても平気な令嬢でも、夜の森に一人は危ない。
もし、私のことが嫌でも屋敷には戻っていてほしい。
彼女の形跡かはわからないが、地面の踏まれた場所を選んで奥へと入って行った。
っっ!っっっ!
前方から何か音が聞こえる。
キンっ!ガカッ!
金属同士がぶつかり合う音が聞こえた。
そこには彼女と背の高い細身の男が刃を斬り結んでいた。