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魔王城はあちこちに不気味な彫刻が立つ陰鬱な雰囲気を前面に出していた。
「まあ、でも、お天気も良いし、昼間だから、それほどでもないわ」
こういう場合、厚い雲に覆われていたり、雷が放電していたりするものではないのかと、アルメルは巨大な城を見上げて慌てて口を閉じる。以前、父から注意されたばかりだ。
「魔王はドラゴンで、小さくなれるのね」
『はい。変化や擬態の術を得意としています』
「ああ、だから、ポコは魔王の変化の術を見ようと思ってついてきたのね」
ポコは強い魔物の中には変化が得意な者もいるからと言っていた。魔王は一番強い魔物だろう。
『うん、そう』
ポコがこっくりとうなずく。かわいい。
『へえ、そうなんだ。俺もとっくりと見てやるぜ!』
チョロよ、お前はなんのためについてきたのだ。
そんな風にのんきに話しながらアルメルたちが近付いていくと、立派な鉄の門扉がきしみをあげて勝手に開く。
中から、おどろおどろしい姿をした魔物が出てくる。
『招かれざる者どもよ!』
『侵入者ども、魔王が配下の我らがほふってやろう』
「ひいふう、ああ、四頭も出てきた。大きいわ!」
いずれもよだれしたたる牙を見せつけながら咆哮し、こちらを威圧しようとしてくる。
『ふ、ここは吾輩の出番だな』
自信満々で、プニルが前へ出る。
「プ、プニル?! なにか作戦はあるの?」
『むろんだ! アルメル、吾輩の背に乗るがいい。魔王の下まであっという間に連れて行ってやろう!』
「待って待って! わたしひとりじゃなんにもできないよ!」
さあ、乗れとばかりに背を向けてくるプニルにアルメルはあわてる。
『では、その作戦に修正を』
ピイちゃんが示した作戦はこうだ。
まず、チョロがすばしっこさを活かして、四頭の魔王の手下を翻弄し、注意を引き付ける。そのすきに、元の姿になったプニルがアルメルとポコを乗せて魔王の下へ向かう。
『む、吾輩は本来の姿ならそう長くは走れんぞ?』
『魔王の下に行くくらいならすぐですよ』
「チョロ、気を付けてね」
『ああ、任せておけ。俺も魔王の変化の術を見たいからな!』
大丈夫かな、と思わないでもないが、当の本人たちはやる気満々だ。
魔王の配下に近づいたチョロはすばらしいすばしっこさで彼らの足元をうろちょろした。魔王の配下だけあって、感知能力に優れているが、いかんせん、体格差が大きい。小さくてすばしっこく動き、あちこちへちょろちょろするチョロを知覚できても捕獲はできない。さらに言えば、心強い仲間の大きい図体がじゃまになって同士討ちを避けようとすれば攻撃はなかなか当たらない。手を伸ばし脚で蹴り上げようにも、チョロは別の魔王の配下の足元に駆けこむ。
次第に、白熱してきだした。
なんとしでも、このこうるさい侵入者を捕まえてやる。
あ、じゃま! もう少しだったのに! どけよ! お前が譲れ!
そんな風にして仲間内に不和を巻き起こした。
『この隙にわたしたちも』
「う、うん。プニル、お願いね」
『任せておけ』
プニルは本来の姿にもどるだけなので、煙は出ない。すう、と身体の輪郭が変わっていく。巨大な八本肢を持つ優美な馬の姿になったプニルの背に、アルメルはポコと一緒に乗った。
『先導します』
ピイちゃんの言葉にアルメルは両手でプニルのたてがみを掴んで身構える。
プニルの駆ける速度はすさまじかった。
『吾輩の速度についてこれるか?』
『いや、先導より先に行ってどうするんですか?!』
ピイちゃんは迫りくるプニルに追われるようにして飛んだ。まるで弾丸のようだった。
そして、馬上で目を開けているのも困難なほどの風を浴び、身体が上下するアルメルは必死にしがみついた。落馬しなかったのは奇跡だと思えた。
『っはぁはぁはぁ、』
『曲がるなら余裕をもって曲がってくれ』
『っはぁはぁはぁ、猛スピードで飛んでいたから、余裕がなかったんですよ!』
冷静沈着のピイちゃんもさすがにプニルの駆ける速度に合わせては、余裕はなく、綽綽とはいかなかった様子だ。
そして、今、アルメルたちは魔王がいるという広間の前にいた。
「こういうのって、扉は閉まっていて両側に衛兵が立っているのではないの?」
『セオリー通りではなかったですが、その分、手間が省けたというものではないですか』
扉は両側に向けて大きく開け放たれており、人っ子ひとりいない。
背から降りると、とたんにプニルは肢をがくがくとふるわせた。
「ど、どうしたの?!」
『久しぶりに本来の姿で疾走したから、肢ががくがくだ』
「う、うん。良かったね、肢、もつれなくて」
『まったくだ』
ともあれ、これではプニルは戦力にならないだろう。
チョロもまだ追いついてこないが、あんなに激しく動きまわったのだから、あとからやってきても、休ませてやらなければならないだろう。
ピイちゃんは頭脳派だから、荒事には向いていなさそうだ。
となれば、残るはアルメルとポコだけだ。
ちらりとポコに視線をやれば、アルメルの陰から広間の奥にのんびりと寝そべるドラゴンを見ている。
だめだ。こんなに無力でかわいいタヌキに相手にさせるわけにはいかない。
アルメルはなんの策もなかったけれど、とにかく自分が、と前へ出た。
『よくぞここまで侵入してきたな。ほめてつかわそう』
威厳たっぷりの重々しい声がした。ドラゴンだ。
やはり、しゃべった。
ぎろりとこちらを見る目には縦長の瞳孔が獰猛な光を放っている。
危険だ。とんでもなく危険な存在だ。
さきほどからちりちりと肌全部が震えている。
それでいて、身体はピクリとも動かない。
と、ぼふんと煙が巻き起こる。魔王がくい、と首を横に振ると、さあ、と消え去る。その下からドラゴンが現れた。
ドラゴンの前にドラゴン。
ポコだ。
『ほほう。見事な変化の術!』
ポコは魔王の面白がる声に構わず、首をたわめる。
戦う気満々のポコにアルメルはあわてる。とにかく、ポコを矢面に立たせるわけにはいかないと決心して前へ進んだというのに。
そこで、思い出す。
アルメルが言ったのだ。短期決戦だと。そのつもりなのだろう。
ポコはブレスを吐いた。森の中で見た水ではなく、炎がごうごうと噴射する。
『はあはあ、ま、間に合った!』
アルメルの足元によろよろと駆け込んでくる者がいた。
「チョロ! 良かった、生きている!」
『当たり前だ! 勝手に殺すな!』
「けがはない?」
『大丈夫だ。ちょっと動きすぎて疲れているだけ。さすがに四頭も相手にしたらなあ』
チョロがぺたんと長い身体をうつぶせにしたのは、奇しくもへたばっているプニルのとなりだった。ぽってりした身体で、短く太い八本もある肢を痙攣させている。
アルメルがよそ見しているうちに、ぼふん、と煙が舞い上がる。
「ポコ!」
慌てて向き直る。
『大丈夫。まだやれる!』
のんびりしたポコが珍しく眦を吊り上げてやる気を見せている。両前足にたくさん木の葉を持っている。あの枚数分変化の術を使ったら疲れないだろうか。せめて、インターバルを挟まないと。しかし、魔王がそれを許してくれるとは思えない。
『ま、待て。次は俺の番———』
チョロが首を上げるも、四肢に力が入らないのか、長い身体は床にくっついたままだ。
『いや、次はわたしの番だ』
「えっ?!」
魔王だ。ブレスがくるか?!