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本日、四回目の投稿です。
ご注意ください。
『ポコとやら、変化が得意というのであれば、見せてみよ』
プニルが尊大に言う。自分のことを「吾輩」と言うし、しゃべり方も少し変わっている。しかし、身体全体がぽってりしているので、あまり気にならない。得な身体つきだ。
ころころしたタヌキ姿のポコは変化の術を行使するときは後ろ足立ちし、頭の上に木の葉をのせる。
ぼふん、とどこからともなく煙が現れ、ポコの身体をつつむ。煙は周囲に拡散し、ぐんぐん勢力を広げていく。ざあ、と音がして、蝙蝠の皮膜状の翼が現れ、大きく開くことで煙の残滓を吹き消す。蝙蝠の翼と違うのは、山折れになったところに鋭いカギ爪があることや、大きさだ。ものすごく大きい。そして、その翼がついた本体もまた大きかった。小屋ほどもある大きさの、黒いウロコを持つドラゴンだった。付け根付近の尾はアルメルが抱えることができないほどだ。
「ドラゴン!」
アルメルはそういったきり、言葉もないが、ピイちゃんはあくまでも冷静だ。
『ああ、ちょうどよかった。この辺りの倒木と岩が道をふさいでいるのでブレスでひと吹きしてください。炎や雷は森林火災を起こすし、酸は植生に影響を与えるので、水か風で』
注文が多い。
巨大なドラゴンは、長く柔軟に曲がる首の先にいかつい顔がついている。にもかかわらず、ピイちゃんの要請に応えてこっくりとうなずく。
「あ、ポコだ」
ドラゴンは首をたわめて力をため込んだあと、す、とまっすぐに伸ばして大きく口を開く。びっしりと並んだ鋭い牙がつららのようだ。そこから発せられたのは、冷気どころか、水だった。水も勢いを持てば尋常ではない力を持つ。木々をおしやり、岩をも穿つ。
「うわあ」
家ほども巨大な岩にブレスによる放水が穴を開けた。ぽっかりと丸く向こう側が見える。
「すごい! すごい! ブレスでひと吹きだ」
アルメルははしゃいだ。しかし、自己申告があったとおり、五分がせいぜいで、ポコはすぐにもとのぽってりしたタヌキの姿になる。アルメルとしてはこちらの姿の方が好きだ。
「ブーストは五分か。よし、短期で決着をつけるぞ!」
ぎゅっとこぶしを握る。
『へん! 俺の方がすごいぜ!』
いつの間にか、足元にカワウソがちょろちょろしていた。
「あ、しゃべった」
『次のお供ですね。これでそろいました』
さあ、行きましょうというピイちゃんに、カワウソがうさんくさそうに見上げる。
『なにを言っているんだ? 俺は変化の術を使っているやつを見かけて出てきただけだぜ?』
「うん、うん、すごかったよね! わたしもびっくりした!」
『そう? えへへ』
アルメルが手放しでほめると、ポコが照れくさそうに笑う。相変わらずの二足歩行でぽんぽこお腹を見せつけつつ、もじもじする。やだ、可愛い。
『だから! 俺の方がすごい変化ができるって!』
ぴょんぴょんその場でジャンプする。長い胴体に丸い小さな頭、そして、短い四肢をしているから、背中が山なりになる。
「ところで、あなたも妖精なの?」
『そうだ!』
アルメルがしゃがみこむと、カワウソが後ろ足立ちし、胸を張る。
えへん、と偉ぶっても、目に力を入れてキリッとした顔をしても、丸い顔、つぶらな瞳、ぽってりした口元、ちょんちょんとついた四肢とあいまって、十二分にかわいい。
「立て続けに妖精に出会うなあ」
『わたしが案内していますからね』
ピイちゃんがふふんという顔をする。
カワウソと同じような誇るしぐさだというのに、雰囲気が違っていて笑いがもれる。
「みんな、へっぽこでかわいい」
『へっぽこ?! かわいい?!』
カワウソはまたその場でぴょんぴょん飛び上がる。
『俺の変化の術を見てから言いな! そっちのタヌキなんて目じゃないぜ!』
カワウソはポコに対抗心を燃やして自分も変化の技を披露する。
ぼふん、と煙が立ち込める。
「変化の術って煙とともに、なのね」
「ギュワ!」
煙の向こうから、ドラゴンが現れた。
「ギュワギュワ!」
「わあ、かわいい!」
プニルとどっこいどっこいの大きさのドラゴンのミニチュア版だ。細部もきちんとドラゴンだ。鱗も翼もある。
口を開くと、たいまつのような炎がちりちりと出てくる。遠くへ飛ばないようなので、火災の心配もない。
しかし、威圧感や強さから言えば、どちらが優れているか一目瞭然だ。
「ポコの圧勝」
『えへへ』
『むっきー! 俺もついていく! すぐに追い抜いていやる』
つい先ほど、いっしょには行かないと言っていたのに、カワウソは自ら同行を申し出た。
チョロいな。
アルメルはポコにあれこれ言いがかりをつけるカワウソをしらりとした表情でながめる。ピイちゃんは予定調和だとうなずき、プニルは面白い見世物だったと満足げだ。
「あなたも名前がないの? じゃあ、チョロね」
『ちょろちょろしているからか?』
まあ、いいけど、と仕方なさそうに受け入れる。
それもあるけれど、チョロそうだから、とは言わないでおいた。
チョロは非常にすばしっこく、身体の小ささを活かしてあちこち潜り込んでは意外なところから出てくる。
しかし、あまりにもすばしっこすぎて、自分がついていけない。
『きゃー、いやー、誰か止めてー、たぁすけてぇぇぇぇ』
やっぱり、へっぽこだった。
「チョロはさ、そんなに速く走れて隙間にもぐりこめるんだから、すばしっこさを活かす方が良いと思うよ」
『い・や・だ! 変化の術をみがくんだぁ!』
こうしてアルメルはさっくりと三頭のお供を連れ、案内人の鳥に導かれて旅路を進んだ。
途中、カエルやウサギ、クマが出てきてしゃべるかなと思ったがしゃべらない。
「ふつうの動物か」
ふつうではない動物である妖精はお気に入りの人間には親切だが、嫌いな人間にはいたずらをすると言われている。
『だから、嬢ちゃんは大丈夫や!』
「やっぱり、あの宝珠、適当だわ」
道中、わりといたずらをされていた。
プニルにはアルメルの髪で鼻水をふかれたし、チョロは足もとをわざとちょろちょろ動き回るものだから、足をもつれさせ尻餅をついた。どちらとも、「こらっ」と言うと、ぴゅっと逃げ出して、ちょっと行った場所で振り返って『ふふーん』と満足げに笑うのだ。ポコですら、変化の術の時に使う木の葉を頭に乗せろとしきりにせがみ、しぶしぶ乗せたら、なってないな、と乾いた表情で首を左右に振るのだ。何だって言うのよ!
「ピイちゃんなんか、一から十まで辛口だわ」
寄り道しようものならそのピイちゃんにつつかれそうになりながら、導かれるままに魔王の住まう城へと到達する。
「展開、早いわね!」
『わたしの案内ですから。危険は避けて旅していますからね』
ピイちゃんがふふんという顔をする。
確かに、なんの危険もなかった。あの宝珠の言う通りである。
魔王は巨大なドラゴンで、ふだんは魔王城の中に入れるサイズに変化しているのだという。
「まあ、家を壊すのは困るよね。寝返りどころか、ちょっと尾を動かしただけで家具が壊れたら面倒だものね」
『それどころか、壁を壊しますよ』
「ああ、力が強いのね。だったらいっそ建造物じゃなくて岩山とか洞穴に住めば良いのに」
『魔王ともなれば、権威を見せつける必要があるのですよ』
アルメル一行は始終のんきなものだった。




