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本日、三回目の投稿です。
ご注意ください。
「その八本肢にはどこへ行けば会えるの?」
『彼の妖精の行きつけの、のどをうるおす場所へ行ってみましょう』
「行きつけの酒場みたいね」
アルメルはへべれけになって顔を赤くする馬を想像する。いくら速く走ることができても、果たしてそんなので役に立つのだろうか。
連れていかれた先は森の中の泉だった。
泉の領域分、木々が生えていないので、そこだけぽっかりと丸く森が切り取られている。光が差し込み、水面を輝かせている。
「泉だったのか。順当ね」
『当たり前です。なにを想像していたんですか?』
「だって、ピイちゃんが思わせぶりなことを言うから」
『ピイちゃん?! お前が、ピイちゃん?!』
真後ろから声がかかったと同時に吹き出す音がする。
『ちっ』
ピイちゃんがうっとうしそうに顔をしかめて舌打ちする。
なんだなんだと思いつつ、アルメルは後ろを振り向く。
そこには、でっかいぬいぐるみのような全体的にぽってりした雰囲気の馬がいた。つぶらな目、丸みを帯びた鼻づらは良い。しかし、八本もある肢も丸みを帯びて短い。ぽってりしている腹を支えるにはちょうど良いが、駆けるには互いの肢が邪魔になりそうだ。
「いつの間に?!」
『これが八本肢の妖精です』
「幼児にプレゼントする木馬みたいね」
ただし、表面はビロードにおおわれたように、なめらかな光沢を持っている。
『突然現れたかと思いきや、失礼な人間だな』
「あ、しゃべった」
やはり、話す声がわかる。
『む。人間よ、吾輩の言葉がわかるのか?』
「はい。一人称、吾輩なんですね」
わりと、いや、大分変わっている。
『ほほう。本当に通じているんだな!』
そこで、アルメルは事情を話した。ピイちゃんの名づけに到達したとたん、八本肢は笑いだす。それはもう、げらげらと盛大に。
『……』
ピイちゃんの視線が冷たいものになるに従い、まとう空気も温度が低くなっているような気がした。
『ずいぶんとかわいい名を付けてもらったではないか』
『うるさい、駄馬め』
『なっ! なんだと?!』
二頭は言い争った。
「仲が良いなあ」
『『どこが?!』』
きれいに重なった。
「そういうところ」
アルメルが言うと、二頭はそろって黙り込む。
『『……』』
タイミングはばっちりだ。やはり、仲が良い。
『吾輩はうつくしい!』
そう宣言した八本肢の妖精は変化してみせた。
走ることに特化した競走馬をひと回りも大きくした巨躯は、美しく筋肉質かつ細長い八本肢で、まったく鈍重さがない。
そして、木々がところせましと林立する森の中を、とんでもない速さで駆け抜けて見せた。八本もある肢が尋常ではない速度を出す。
だが、しかし。
八本もあると邪魔なのだそうだ。肢が他の肢に当たって大惨事となったこともあると語る。
『だから、あまりこの姿になって走りたくないのだ』
「意味ないじゃん!」
『仕方なかろう。トラウマといやつだ。馬だけにな!』
「……」
おやじギャグに突っ込めば良いのか、すばらしい特技を封じ込められたことへの同情を抱けば良いのか、アルメルは迷った。ただひとつ、言えるのは当の本人はあまり気にしていない。幸いなことだとアルメルは他者のことながらこっそり安堵した。
『psychological traumaのことで、心的外傷という意味ですが、ご存じないのですか?』
「……」
ピイちゃん、どこからそんな知識を得たの?とアルメルは先ほどとは違う意味で沈黙する。
思えば、宝珠とも知り合いのようだし、この八本肢の妖精とも浅からぬ因縁がありそうだ。謎の鳥の妖精だ。
『ふぃじ? あ、うんうん、それそれ、心的外傷』
説明くさいピイちゃんに対し、八本肢の妖精は聞き取れていないにもかかわらず、知ったかぶっている。適当な性格をしている。
「わりに、へっぽこな妖精たち」
『なっ……! わたしまでいっしょくたにしないでもらいたい!』
ピイちゃんが抗議の声を上げるが、アルメルはほかのことに気を取られていた。
『見よ、この脚線美!』
ぽってり姿で言われても。
いつの間にか、八本肢の妖精は先ほどの姿に戻っていた。大きさも、背中までの高さはアルメルの身長の高さとおなじくらいだ。全体的にだいぶん小さくなっている。
『まあ、良かろう。吾輩の力が必要なのだというのならば、ついて行ってやろう』
「ありがとう! ええと、あなたの名前は?」
ないというので、またつけることになった。
「プニルで」
スレイプニルの「プニル」だ。スレイプニルは古の神話に登場する神獣で、そこから名付けたと言えば、本人はまんざらでもなさそうだ。物言いがついたのはもう一羽の妖精からである。
『そこはスレイじゃないのですか?』
「プニプニしているし、ちょうどいいじゃない」
『ふ、わかっていないな』
当のプニルはくいっと顔を上げることで、たてがみをなびかせてみせる。そしてぴしりと角度を定め、決め顔をアルメルに向ける。
『このぽってり具合が可愛いのだ!』
自分で言っちゃったよ、この馬。
そんな風にわいわいと話していると、他の動物が聞きつけたのか、近くのくさむらが揺れる。
あ、と思う間もなく、現れた。
「タヌキだ」
しかも、ふつうのタヌキではない。
プニルと同じくぽってりしていた。特に、お腹は触ってみたいほどにまん丸だ。
『来ましたね。次のお供、タヌキの妖精です』
ピイちゃんはこうなることを予見していたかのように、アルメルに紹介した。
『僕も連れて行って』
「あ、しゃべった」
タヌキの妖精は後ろ足で立ち上がって見せた。それでも、アルメルの腰のあたりまでしか背丈はない。そして、そんな風にすると魅力的なお腹が丸見えだ。
「危険なのよ?」
そこで、アルメルは事の経緯を語り、自分たちの目標は魔王討伐なのであると説明した。
『僕、変化が得意なんだ。でも、まだ五分くらいしか維持できない。強い魔物の中には変化が得意な者もいる。それに度胸をつけなければ上達しないって言われているんだ』
タヌキの妖精もまた、特技を持っているらしい。そして、プニルと同じくへっぽこだ。
『僕もいっしょに行きたい。……だめ?』
まんまるお腹のあたりに両前足をそろえて、もじもじしながら上目遣いで見てくる。
「この姿を見てだめって言えるひと、いるの?」
いる。
クリステルであれば、一刀両断だ。
相手がおっさん宝珠ならば、しゃべりの途中でぶった切る。
「だめなんかじゃないわ。こちらの方がお願いしたいの。ええと、あなたも名前がないの?じゃあね、ポコって呼ぶね」
『ほんとうにネームセンスないですね』
当のポコはまったく気にしていない風なのに、ピイちゃんが文句をつける。
「分かっていないわね! このぽんぽこなおなかが良いのよ!」
ポコはおおらかだ。
アルメルが初対面にしては、そして令嬢としてははしたないと言われるお願いをしてもあっさり受け入れた。
「わあ!」
許可をもらったアルメルはさっそく魅惑のお腹に手を伸ばす。
ぽこぽこ軽く叩いても「?」と小首をかしげるばかりだ。
可愛いけれど、されるがままだ。野生、どこへいった。
まだまだ出るよ!




