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本日、二回目の投稿です。
ご注意ください。
「鳥さーん、いたら出てきてくださーい」
道に迷ったら上着を裏返しにしよう。そうしたら、正しい道が分かる。妖精に惑わされたらそうするのだと言い伝えられている。
アルメルは宝珠が指定した時間と場所で、鳥に向けて呼びかけていた。
「これって絶対、他の人からしたら変な人の変な行動だよね」
たまにそんな不満をつぶやきながら。
宝珠は言った。
『雨上がりのしずくが滴っている朝に王都を出てちょっと行った森の中の道外れで、鳥に呼びかけたらええで』
「なんて大ざっぱな」
アルメルは思わずつぶやいた。
『なんや、嬢ちゃんもだいぶん遠慮がなくなってきたな!』
「あら、わたくしも同じ感想をいだきましたわ」
すかさず王妃が賛同して味方する。
「ええと、向こうが通りかかったとしても、無視されたりしたらどうしたらいいでしょう?」
宝珠が言う時間と場所に鳥がやってきたとして、アルメルの声に応えるかどうかはわからない。
『心配性やなあ。じゃあ、鳥を捕まえる罠でも仕掛けとく?』
「罠?」
そんな不穏なものを仕掛けても果たして良いものだろうか。それで仮に足止めできたとして、怒りを買って協力を取り付けるどころではなくなるのではないだろうか。
大丈夫か、この宝珠。
そんな気持ちが出ていたのか、宝珠は慌てて言う。
『そうやなあ、落とし穴を掘って、上に木の枝と葉や草を散らしておいて、乗ったとたんに落っこちるのはどうや?』
「……」
大丈夫か、この宝珠という気持ちがさらに強まる。
『あかんか。ほなら、餌をまいてそこにひも付きの棒きれで籠を支えておくねん。そんで、鳥が来たら、さっとひもを引っ張る』
「……」
アルメルは王妃を見上げる。王妃は沈痛な面持ちでただ顔を左右に振る。
『なんや、これも気に入らんのか! わがままやなあ! そんなん、もう、棒付き網でさっとひっ捕まえたらええんと違う?』
「……」
もはや、アルメルは無の心境に至る気がした。
『なんやねん! もう、トリモチでも使っとき!』
どこまでも、「罠を使う」という手段に固執する宝珠はむっきーと憤った。
「とりあえず、指定された時間に指定された場所に行ってみます」
「そうね。呼びかけに応えてもらえたら、頼んでみてちょうだい」
『だから、はじめからそう言うてるやん!』
そんな風にして、旅の準備を整えたアルメルは「王都を出てちょっと行った森の中の道外れ」にやってきていた。
そこで、鳥に呼び掛けている。もちろん、気を悪くされたら大変なので罠は仕掛けていない。
「ああ、もう、王都付近でも残念令嬢って呼ばれたらどうしよう」
『手遅れのような気もしますね』
ばさりと大きなものがたわむ音がする。次いで、アルメルの真横の木の梢がゆれる気配がして上を向いた。
「鳥さん! 本当に来た!」
『本当に来た、とはどういうことでしょうか?』
「宝珠に言われたの。この時間にこの場所に来たら、鳥さんに会えるって」
『……』
鳥の姿をした妖精は目を細めてアルメルを見つめた。
「な、なに?」
『その宝珠とやらはバダンテールの国宝と言われるものですか?』
「うん、そうだよ。鳥さん、知っているの?」
アルメルの問いには答えず、鳥は大きなため息をついた。
鳥もため息をつくのか。宝珠と言い、本来しゃべらないはずなのにしゃべる者というのは、ずいぶん人間じみたしぐさをするものだ。
『とりあえず、事情を聞きましょう。できましたら、一番初めから、あったことを全部話してください』
そこで、アルメルは包み隠さずすべてを話した。
『くっ―――「へんな訛りのおっさんの声」、ぷっ―――「おっさん宝珠」』
鳥はぷるぷると小刻みにふるえた。
「だ、大丈夫?」
アルメルはおろおろと見上げることしかできなかった。鳥のふるえは次第に大きくなり、そして。
『だ、だめだ、苦しい!』
鳥が止まった梢から転がり落ちてきて―――盛大に笑いだした。
わりと長い間笑っていた。
「大丈夫? 水、持っているよ?」
『はあ、はあ、大丈夫です。こんなに笑ったのは初めてです』
高い枝から落ちてもけがはなさそうだ。アルメルは安堵して出した水筒をしまった。
『そう言えば、以前も水を飲ませてもらいましたね』
ふたたび目を細めてアルメルを見てきたが、今度のはどこか値踏みするのではない、温かみがある視線だった。
『良いでしょう。あの「おっさん宝珠」ぷっ―――失礼、あいつの思惑通りというのは正直、面白くありませんが、わたしとて妖精の端くれ。受けた恩はきちんと返さねばなりません』
「あの、なんか、大変そうなことを頼んでいるんだし、もし、なんなら、断っても良いと思うよ?」
王妃も無理強いしろとは言わなかった。むしろ、宝珠の言う罠なんてとんでもないという風だった。
『いえ。危険を避けて魔王の住処への案内するのと、途中、役に立ちそうなお供を拾うルートの選択ですね。大したことではありませんよ』
「そっか。じゃあ、お願いします。ところで、鳥さんは名前はあるの?」
ずっと「鳥さん」と呼ぶのもなんだ。
『ありません。好きに呼んでください』
「じゃあ、ピイちゃんね」
鳥類につけるにはこれしかない、という気持ちで言ったのに、当の本人は微妙そうな顔つきになる。
『え、いや、それは』
「えー、気に入らないの?」
アルメルはわがままだな、もう、と言わんばかりに両手を腰に当ててうなだれたまま首を左右に振る。
鳥が目を細めた。
知性があるからか、案外、感情が伝わってくる。この場合はこうだ。
うっわ、むかつく。ネームセンスのなさを自覚して。
仕方なしに、アルメルは次の名前を考え出す。
「じゃあ、ピピ!」
『いやあ、』
否定する前に次の候補を挙げる。
「ピッピ!」
『変わらないでしょ』
なかなかに、こだわりのある鳥である。
結局、ピイちゃんと呼ぶことにした鳥に、森の中を歩きながらアルメルが言う。
「ねえ、目立つからさ、離れて行動してよ」
とはいっても、多少距離を取ったくらいでは、同じ方向へ行けば連れだとすぐにわかるだろう。だが、離れてしまっては、どんなはちゃめちゃなことをするかわからない。
そこで、鳥は小鳥に変化した。
小さくなってもうつくしいピイちゃんはまずはスレイプニルという妖精に会うと良いと言った。
「どんな妖精なの?」
『八本も肢がある、ものすごく速く走る馬の姿をしています』
「八本! 多すぎじゃない?」
こうして、残念令嬢と言われたアルメルがいやいやながらも魔王討伐を始めた。案内役は得た。目指すは次のお供である。
私の他の作品を読まれた方はご存じのことだと思いますが、
ネームセンスはありません。
ちなみに、他の妖精も以下同文です。
妖狐一族に一尾、二尾、三尾、四尾(以下、割愛)ってつけました。
かわいい狐が書けて本望です。