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 アルメルは王妃の召喚に応じた。けれど、まさか、待っているとは思わなかった。

 バデンタールの国王は賢王と名高い。また、外務大臣は外交手腕に富み、財務大臣がその座に就いてからは国庫は豊かになる一方だ。そのほか、建設大臣によって国のインフラ整備は着々と整えられているという。それらの要職に就く者たちを、王妃が見出したのだという。

 そんな人が忙しくないはずがない。


「こちらがバダンテール王国の国宝、宝珠でしてよ」

 王妃は指し示す台の上、緋色の座布団のまんなかに丸い水晶球が置かれている。

 クリステル王妃が即位もしていないのに、時に「女王陛下」と呼ばれるのはこの宝珠のせいだ。王妃は宝珠の声を聞き、不正をあばき、バダンテールの屋台骨を担う人材を育て上げたという。

 両親や兄姉が後世、伝説として語り継がれるだろうと言っていたほどの人物だ。

 そんな人がアルメルになんの用があるというのだろうか。


「宝珠は以前まで「次期王妃選定」を行っておりました。わたくしがその儀式で宝珠の声を聞くにいたったのです」

 有名な話だ。

 クリステル王妃が国史に名前を刻み始めた瞬間だ。


「その宝珠がこのたび、御宣託をくださいました」

「おお!」

 父が感嘆のため息をもらす。

 まだ内容を聞いていないのに、気が早くないか、とアルメルはこっそり思う。

 そんな悠長なことを考えていられたのも、このときまでだった。急にアルメルに声がかけられたのである。


「アルメル嬢、あなたは鳥の姿をした妖精の声を聞きましたね?」

 あれ、ばれている?

 すごい、宝珠って本当に千里眼なんだ!

「ア、アルメルが、ですか?」

 父が驚いたように王妃とアルメルを見比べる。王妃はまっすぐにアルメルを見つめている。

 アルメルはなんどかのどを鳴らし、覚悟を決めて答える。

「はい」

「なっ……!」

 絶句する父は「なんで先に言わなかったのだ」とでも言いたかったのだろうか。言えば、侍女と同じように気が触れたと騒ぐに違いない。


 王妃は痛ましそうに目を伏せた。けれど、すぐにふたたびアルメルを見据える。

「アルメル嬢はくだんの鳥の妖精の導きにより、他の妖精を供にし、魔王討伐に向かってください」

 今度こそ、父は声すらたてることができなかった。アルメルも同じだ。

 まさか、そんなことを言われるとは思わなかった。

 王妃は沈痛な表情を浮かべる。


「そ、そんな、陛下! お考えなおしを! デビュタントもまだの子を! しかも女の子です!」

「宝珠の御宣託では、それほどの危険はないとのことです。そして、これが一番安全かつ最短の方法なのです」

 なんの方法かといえば、魔王討伐という国家事業案件の方法だ。そんなことを年端もいかない娘にさせられないと、さすがに父が気色ばむ。

「しかし!」

 父が一歩前へ出たのに、王妃の傍に控えていた人が反応する。冷厳たる強い視線に父は気圧され、元の位置に戻る。


「それでも、あなたには怖い思いをさせてしまいますわね」

「あ、あの、でも、あの鳥はもう飛んで行ってしまったのです」

 どうやって呼び戻すのか、その術を知らない。

「あら、そうなの? ちょっとお待ちになってね」

 そう言って、王妃はなんと、宝珠に語り掛けたのだ。

「宝珠、どうするの?」


『———やでぇ。———やねん』


「あ、れ?」

 今、なにか聞こえた気がした。思わずもれ出たアルメルの声に、王妃は驚いたように視線を向けてくる。

「あら、アルメル嬢、もしかして、宝珠の声が聞こえますの?」

「ええと、たぶん、気のせいだと思います」

 だって、切れ切れにちょっとばかり聞こえてくる声は、なんというか、その。

「とぎれとぎれですし、その、「へんななまりのおっさ―――おじさんの声」っぽいので」

「まあぁぁぁぁ!」

 王妃が目を見開いて声を上げた。


 ああ、これは、もしかして、不敬罪?! 打ち首獄門?!

 国宝である宝珠に対して失礼だっただろうか。アルメルは正直に話すのではなかったと後悔した。しかし、それは誤解である。

「この子、本物だわ」

 王妃が漏らした。

 え、どういうことなの?




『なんや、ねえちゃん、わしの言うことを疑っとったんかいな。もう長い付き合いやのに、冷たいもんやなあ』

 王妃がおもむろにアルメルの手を握ったかと思うと、おっさんの声が聞こえてきた。訛りがきつい。

「ね?」

 王妃は詳細は述べなかった。アルメルもまた、声もなくこっくりとうなずくに留めた。


『なんやなんやぁ、えらい仲良うなったやん!』

「もう一児の母なのに「ねえちゃん」なんて言ってくれるものだから、そのままにしているのよ」

 恥ずかし気に笑う王妃はチャーミングではあったが、いや、そこではないだろう、とアルメルなどは思う。

「殿下はいつまでも若々しくあられます」

 すかさずお付きの人が言う。いや、それは事実だが、そこでもない。


 アルメルは宝珠がしゃべったことで、同じようにしゃべった鳥を助けた一件を詳細に語った。

「そうだったのね」


『嬢ちゃんは魔王討伐なんて言われてびっくりしたやろうけれど、大丈夫や。嬢ちゃんがお供にする妖精たちがばばーんと、ぴゅーっと解決してくれるわ』

「有難味も威厳いげんもへったくれもない」

 うっかり、アルメルは素でしゃべってしまった。

 あわてて猫をかぶり、貴族的微笑を浮かべる。

 王妃はアルメルににやりと笑って見せる。

 あ、この人、わたしと同じ人種だ。

 なんだか、アルメルは心強い気がした。


 なお、父はなにが起きているのかとやきもきしている様子で、先ほどから何度か口を開きかけては、王妃のお付きの人に鋭い視線で縫い留められている。強いな、お付きの人。


「その「ばばーん」と「ぴゅーっ」とについてくわしく説明してちょうだい」

 王妃はアルメルも知りたい点について質問した。

『大丈夫やでえ。あの鳥の妖精をちょちょいと呼び出して、恩を返せ言うてやったらええねん。あとはあの鳥がうまいこと案内してくれるわ!』

「うわあ」

 思わずアルメルは声を上げる。宝珠は恩返しを要求しろと言っているのだ。高潔さのかけらもない。せちがらい。


「恩を返す、ね。アルメルの苦労や心遣いは彼女自身の手柄だわ。それに対する報酬を魔王討伐の案内に使えというのね?」

『ま、まあ、そうやねんけどな。王国のためやん。もうちょっと言い方「わかりました」だから、ねえちゃん、人がしゃべっているのにさえぎんなや! いや、宝珠な!』


「アルメル、あなたの心づくしにはわたくしが報いましょう。ここまで話を聞いて、逆に不安がつのるかもしれないけれど、どうかしら。魔王討伐の一件を引き受けてくださらないかしら。軍を編成して同行させるのは逆効果だと宝珠は申しておりますのよ」

『不安て! 魔王はな、真っ向から武力でぶつかっても勝てるもんなんかおらんからね』

「しかしっ!」

 王妃の言葉に宝珠がしみじみとした、アルメルの父が不安の、声をそれぞれ上げる。


「し、しかし、アルメル自身に力はございませんでしょう?」

 父がお付きの人の視線を気にしつつ言う。

「力がないくらいがちょうど良いのでしてよ」

「分かります」

 王妃が嫣然えんぜんと笑い、うっかりアルメルはうなずいた。


 令嬢らしからぬ娘だと言われ続けてきた。でも、それなりの力を得ようとするなら、見合う努力が必要だ。仮に、才能があっても活かせなければ意味がない。そして、力があれば、他者の都合の良いように使われたり、目をつけられてもっとと要求される。それに押しつぶされない立ち回りを必要とされる。


『大丈夫やで。嬢ちゃんはいろんな妖精に出会う。そいつらをお供にして旅したら良いだけや!』

「そのくらいなら」

 それならば、できる。

「その後に望む暮らしができるなら」

 令嬢らしからぬ生活を、家族から反対される暮らしを送れるのであれば、多少の危険を冒す価値はあるのではないだろうか。あの鳥も言っていた。なんでも、成しげようとするなら、リスクを背負わなければならないと。あれ、ちょっと違ったかもしれない。まあ、似たようなものだろう。


『なんやなんや、嬢ちゃんもぐうたら生活をしたいんか?』

「ぐうたら?」

 ぐうたらとはどこから出てきたのか。それよりなにより、魔王城に行けというのにその気軽さはなんだ。

 宝珠が珍妙なことを言い出したので繰り返すと、王妃がさえぎった。

「まあ、感謝いたしますわ、アルメル嬢! もちろん、魔王討伐のあかつきには、相応の報酬を用意いたします。あなたが望む生活を叶う限り整えましょう」

 王妃は今やバダンテールでもっとも権力を持つ。彼女が約束してくれるのなら、アルメルの未来は明るい。

「やります!」

 そうして、望む未来をつかみとるのだ。人が残念だと思う生活でも、それこそが、アルメルが希望する暮らしなのだから。




クリステルや宝珠は「元ぐうたら令嬢のいやいや王妃生活記」で出てきました。

十数年経っています。

お付きの人はあの人です。

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