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タイトルに「魔王討伐」とありますが、

バトルはほとんどありません。

比重は残念とへっぽこに傾いています。


「元ぐうたら令嬢のいやいや王妃生活記」の十数年後のお話です。

上記のお話の登場人物がちらっと出てくる、というのはよくあるものですが、

ちらっとどころか、幅を利かせている気がします。

 

 貴族の子女は礼儀作法を学び、刺繍ししゅうをする。時代と場合によっては語学教育を受けることもあった。

 彼女たちのもっとも大切な役割は結婚である。

 生まれ育った家門を存続繁栄させるために少しでも有利な縁を持つ。


「お、お嬢さまァ?!」

 だから、クラルディ子爵家のアルメルのように動物とたわむれる令嬢など、変人も変人である。

 アルメルは馬や犬から始まって、ニワトリやガチョウ、ウサギ、ブタといった家畜にも平然と近寄った。動物に人間の作法は通用しない。当然、アルメルは汚れ、なんともいえない臭いにまみれることになった。


「洗濯するこっちの身にもなってくださいよ! 今日二回目ですよ!」

「天気が良いからよく乾くわよ」

「お嬢さま、動かないでください。髪型がまたくずれちゃう」

 動物を抱きかかえて汚れた服を着替え、馬にまれた髪のよだれをぬぐってくしを通される。

 侍女数人がかりで身なりを整えた。




 令嬢としては残念な娘というのがアルメルの周囲からの評価だ。残念だから、みなからあきらめられていた。一念発起いちねんほっきして、冷え冷えした家族の仲をなんとかしようと、動物と触れ合うのを控えることにした。


「たいてい、決意したとたん、邪魔がはいるのよね。ダイエットしようと思ったらスイーツの差し入れがあるとか、朝活しようとしたら夜遊びの誘いがかかるとか」

 貴族は宵っ張りで日が高く昇るまで寝ていることが多い。だとしても、アルメルはまだデビュタントも迎えていない十代半ばの年頃だ。夜遊びの誘いうんぬんは兄や姉の言動を見てそう思った。

 ともあれ、動物と少し距離を置こうと思った矢先、行き倒れの鳥を拾った。


「鳥って行き倒れるのかしら」

 館の周辺にはちょっとした林がある。その中をう道のすぐそばの草むらに緑や茶色以外の色彩があり、しゃがみこんでかきわけると、鳥がぐったりと横たわっていた。大きい身体には、翡翠ひすい色をベースに青や藍、紺のグラデーションに時折赤の差し色が入った羽根色があり、うつくしい。くちばしは黄色で長く優美に弧を描いている。

 身じろぎするので、生きていると分かった。


 アルメルは唐突とうとつ衝動しょうどうに駆られた。

 こんなにきれいな鳥が元気に空を飛んでいる姿を見てみたい!

 思い込んだらまっしぐら。

 もう、その気持ち一色に心は塗り固められてしまう。


 こういうとき、身体を冷やしてはだめだ。温めてやらなければならない。

 スカートにくるんで抱えていく。もちろん、自然とスカートの裾はもちあがり、中のペチコートが丸見えである。


 館周りで働く侍女がアルメルの姿を見つけて悲鳴を上げる。

「お、お嬢さまァ?!」

 クラルディ子爵家にはもうひとり令嬢がいるが、侍女がこんな声を挙げるのはもっぱら末娘のアルメルにだけだ。


「物置小屋の隅を借りるわ。お湯を沸かして! それといらない布をたくさん!」

 アルメルは的確に指示を出し、厩舎きゅうしゃ脇にある物置小屋に向かう。

 温め、汚れを拭い、怪我の有無を確かめ安静にさせる。小さな傷はあるが、出血量は多くない。


「お嬢さま、もう動物と関わるのはやめるのではなかったんですか?」

 アルメルの指示に従ってあれこれ持ち込んだ侍女がたずねる。

「これは緊急措置きんきゅうそちよ。命の救助はまた別の話だもの」

 アルメルは冷静に返した。非常に頼もしい。こんなとき、ふつうの令嬢ならばおろおろするか卒倒するかだ。


 目が覚めた鳥は暴れるかと思ったが、細い首を優雅に差し伸べて状況を把握しようとしているかのようだった。

『……ここは?』

 見知らぬ場所で眼が覚めたときに言う言葉としては正しい。

 けれど。

 しゃべった。

 鳥が、しゃべったのだ。


「え、あ、あの?」

 豪胆ごうたんなアルメルもさすがに驚きとまどう。


「お嬢さま? どうなさいました?」

 様子のおかしいアルメルに侍女がたずねる。

「ねえ、今、この鳥、しゃべったよね?」

「お、お嬢さまァ?!」

「お嬢さまがご乱心!」

 アルメルは今まで令嬢らしくなく動物と触れ合ってきたが、さすがにこんな珍妙なことを言わなかった。そこで、とうとう気が触れたかと侍女たちが騒ぎ立てた。


 アルメルは仕方なしに当の本人の鳥に問うてみた。

「ねえ、あなた、今しゃべったわよね?」

『はい。ところで、枕元でうるさくがなりたてるのを止めてくれませんか? 毒が早く回りそうです』

 鳥も枕元って言うんだ。いや、そうではなく。


「毒!」

「お、お嬢さま? 毒がどうかしましたか?」

「この鳥、毒に侵されているんですって」

「お嬢さまァ、お気を確かに!」

 アルメルは令嬢としては変人だ。しかし、動物と親しむだけで、侍女たちに意地悪や我がままを言わないので、好かれてはいた。


『うるさい』

 礼儀正しい話し方をする鳥がうんざりした様子を隠しもしなくなる。

「ねえ、ふたりとも、落ち着いて。それと、鳥の声が聞こえるのはわたしの気のせいだったみたい」

 鳥がいよいよ据わった目を向けてきたので、アルメルは侍女たちをなだめにかかる。侍女たちには鳥の声が聞こえないようだから、口止めするよりはアルメルの気のせいということにしておいた方がなにかと具合が良さそうだ。


「ふたりとも、ありがとう。ここはもういいわ。仕事がまだ残っているんでしょう?」

「はい。ですが、」

「お嬢さまはまだこちらに?」

「うん、もう少しだけ様子を見ておくわ」

 後ろ髪を引かれつつも、侍女たちはアルメルが言うように仕事が山積みである。侍女頭のことを思い出して、そわそわするのを、アルメルはにこやかに送り出す。


 侍女たちが行ってしまうと、鳥に声を掛けてみる。

「水でも飲む?」

『はい』

 アルメルは動物にするように深皿に水を入れて差し出した。


『……』

「飲まないの?」

『鳥は吸うことができないのです』

「え? そんなりっぱなくちばしを持っていて?」

『はい。鳥は水にくちばしをつけ、中に含んだら、上を向いてのどに流し込みます』

 初めて知る衝撃しょうげきの事実。


「そ、そうなんだ。ああ、じゃあ、わたしが飲ませてあげるよ」

 アルメルはそこいらの令嬢とは違った。弱った動物の世話に慣れていた。触れることに忌避きひ感はない。おどろきからすぐに立ち直ると、やるべきことをやる。

「ちょっと身体を起こすよ」

『え、あ、あの?』

 鳥のとまどいをよそに、身体を仰向かせ、後頭部から首の下に手を入れる。ついでに腕で首裏をささえ、手指でくちばしを開かせる。逆の手に深皿を持って水を注ぎ込む。

「はい、飲んで」

 やわらかくうつくしい羽毛の奥の振動で飲水したことを知り、アルメルは鳥を横たえた。


『手慣れているんですね』

「あなたは言葉が通じるから、簡単なものだったわ」

 ふつう、言葉が通じない動物をこんな風に拘束したら暴れまくられ、水を飲ませるどころではない。


『ちなみに、他の動物にはどんな風に飲ませるんですか?』

 鳥が質問する。単純な好奇心からの質問だと分かり、アルメルも正直に答える。

「なわでしばって動きを封じて、口をこじ開けて飲ませる」

 ひどいやり方のように思われるかもしれないが、なにかを飲みこませる必要があるならそうする。


 鳥は目を細めた。

『あなたのことを信用しましょう』

 そう言って、毒消しの薬草を採って来いと要求された。

 ていねいな口調だったが、有無を言わさない。

 乗り掛かった舟だとばかりに特徴や生えている場所を聞いて、額に大きな傷を作りつつ、採取して戻って来た。




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