勇者、誕生
今日はぼくの15歳の誕生日。
お城に行って、王様に勇者に任命してもらい、邪悪な魔王を倒す旅に出る記念の日だ!
「くれぐれも失礼がないように気をつけてね。それから、あまり無茶なことはしないでね」
「うん、わかってるよ。絶対、ちゃんと帰ってくるから」
心配げに声をかけてきたのはおかあさんだ。
父さんも勇者だったのだけれど、何度目かの旅からもう3年も帰っていない。心配になるのも当然だ。
それに……ぼくだって怖い。
勇者になるために剣の修行は欠かさなかったし、魔術や精霊術の勉強だっていっぱいした。
神殿で一緒に修行している仲間たちの中じゃ、うぬぼれじゃなく、ぼくがダントツで強い。
……それでも、怖いものは怖いんだ。
ゴブリン狩りやオーク狩りなら何度も経験したし、やつらに負けるようなことはない。
それでも、牙をむき出し、涎を垂れ流しながら、目を血走らせて襲ってくる怪物たちは……怖いんだ。
魔王に近づけば、きっともっと危険な怪物があふれているんだろう。
本当に、ぼくは、ぼくは本当に生きて帰れるんだろうか?
「それじゃ、行ってくるよ。かあさんもぼくが帰ってくるまで元気にしててね!」
急に襲ってきた不安感を振り払って、精一杯の空元気でかあさんにあいさつすると、ぼくはお城へ向かった。
* * *
「お主ならば必ずや憎き魔王を打ち倒してくれると信じている。聖杯の甘露を飲み干し、神々の祝福を授かるのだ」
「はい!」
勇者任命の儀式の最中、ずっと王様の横にいた大神官様がこちらにやってきて、見事な装飾がほどこされた杯を差し出してくる。
ぼくはそれを両手でうやうやしく受け取り、満たされていた青い澄んだ色の液体を飲み干す。
ひどく苦く、喉が焼けるような味だった。吐き出すわけにはいかないので必死に飲みくだす。
「これでお主は正式に勇者となった。どうじゃ、祝福の力は感じるか?」
なんだか頭の芯がぽかぽかしてきた。
緊張でこわばっていた全身が嘘みたいに軽い。
怪物たちへの恐怖もどこかに消えてしまった。
おなかの底から勇気が湧き上がってくる! そうか、だから『勇者』なんだ!
なんだろう、いまなら魔王だって一太刀でやっつけられる気がするぞ!!
「はい! 神々のお力が全身にみなぎっているのを感じます! これならきっと、いや、必ず、魔王を討ち取ってこれます!」
「うむ、すばらしいことだ。お主の心がけに神々が応えてくれたのだろう。期待しておるぞ」
そしてぼくは、一切の不安も恐怖もなく、王都を旅立ったんだ!
* * *
勇者が謁見室を出た後、王と大神官が何かを話している。
「大神官よ、今回は上手くいくと思うか?」
「いかがでございましょうな……。たしかに優秀な素材ではありますが、単独で魔王を打ち倒すところまでいくかどうか……」
「そこまでは最初から期待しておらぬ。暗殺を警戒させ、前線に出る魔王軍が少しでも減ればよい」
「左様でございますか。そういう意味では、十分役割を果たすかと」
「それにしても、あの薬は随分と役立つのう。兵士全員に飲ませることはできんのか?」
「なにぶん原材料が貴重で量産は難しく……。引き続き代替となる材料を探して研究中でございます」
「ふぅん、まあ致し方ないの。お主には期待しておるぞ」
そこで興味を失ったのか、王は玉座を立ち去っていった。
一人残された大神官は冷や汗をぬぐう。
「人の心を壊して恐れ知らずの兵に変える薬を量産したいとは陛下はつくづく……。もし戦争が終わって、そんな兵が街にあふれかえったらどうなることやら……」
大神官は、予定している亡命をなんとか早められないかと考えながら自室へと向かった。
同じ世界観でまったく毛色の違う作品を連載中です。
当作が気に入りましたらぜひー。
■三十路OL、セーラー服で異世界転移 ~ゴブリンの嫁になるか魔王的な存在を倒すか二択を迫られてます~
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