突然の来訪、支店計画
――六十日。
これは、俺が氷城の主に謁見して帰ってくるまで経った時間だ。
自分の中では四泊五日の小旅行のつもりが、時間の流れが違う空間にいたらしい。
皆んなと状況整理をしつつ夕食を取っていると、凛とした声が響いた。
――目の前に舞い降りた一欠片の細氷を両手で受け止めると、雪よりも白い吸血鬼の王が現界した。
「エルゼビュート様……一体どういうおつもりですか……?」
「何だ、セイジュ。早速会いに来たのにつれないのう? それに、我輩のことはエルゼと呼んでくれて構わんぞ」
俺の膝の上に現界した彼女は、首に両腕を回し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
って言うか、明らかに若返っている。
五十代くらいの美魔女が今ではツヤッツヤの妙齢だ。
白銀の髪は輝きを増し、透き通る白肌は新雪の如し。
深紅の瞳には全盛期と言って良い程の魔力が渦巻き、世界中の男を惑わす魔眼となっていた。
「ハハッ……随分若返りましたね。物憂げな姿は儚げでしたが、今は何とも可憐です」
「そうであろう? お主から血と精を与えられたからのう。アマツの小僧と戦ってた時より調子が良いぞ」
「「「「血と精!!??」」」」
エルゼビュート様の言葉に反応する四人の妻達。
まるで浮気を問い詰めるかのように、ジト目が俺を射抜く。
そんなことを気にもせず、彼女は回した腕に力を入れ頬擦りをしてくる。
「ふん! 若作りのクソババアが何の用じゃ? ここは、我らとセイジュ愛の巣じゃ。行き遅れのババアの居場所はないぞ?」
「おやおや? この星を担う大エルフ様は心が狭いのう? でも、我輩達はもう血の盟約は結ばれているぞ。安心せい。お主達からセイジュを取って喰おうとは考えておらん。盟約と言っても、同格扱いだ」
「血の盟約ですか?」
「はぁ~、良いか坊や? 吸血鬼族に己の血を差し出すと言うことは、己の全てを差し出すのと一緒じゃ。お主は自ら進んでこ奴の眷属になろうとしたのじゃぞ。うかつにも程がある!」
「然り。我輩はお主の血を飲んで全てを知ったが、だからといって何もしようとは思わぬ。愛人の一人として囲ってくれれば良いぞ?」
『『お飲み物のお代わりをお持ちしました、セイジュ様? 私達もそれで構いません』』
貴女達も一緒に来てたんですね。
てか、何でウチのメイド服を着てるんですかねぇ?
そもそも解け込み過ぎでしょ!
長年勤めてきたように、彼女達の動作に淀みはない。
「ハハ……流石セイジュ君だね……お姉ちゃん自信なくしちゃうよ……」
「いや。自信とかじゃなくて、ユーグとセイジュ以外このお方の抑えはできんだろ?」
「だな……俺達は運が良いな。セイジュの嫁だから死ぬことはないだろ」
「何を言っておるのだ、お主達? お主達はセイジュの妻。ならば我輩と同格であろう。ほれ、お土産を持って来たぞ。受け取れ」
そう言ったエルゼビュート様は彼女達にアイテムを差し出した。
エルミアさんには水の入った瓶、セレスさんとガーネットさんにはルビーとサファイアみたい宝石だ。
エルミアさんの水は多分俺が貰った物と同じだろうが、宝石は分からない。
後で『鑑定』させてもらおう。
「あ、ありがとうございます。これ中身は水ですか?」
「不凍大瀑布の源泉だ。純粋な物を好むエルフにとっては堪らんだろう。セレスティアとガーネットにはウチの城でしか採れない宝石だぞ。セイジュに加工してもらえば良かろう」
「何じゃ、何じゃ! 我にはないのか、エルゼビュート!?」
「嫉妬の次は強欲か、ユグドラティエ? ほれ、エルミアと同じ物で良かろう?」
「ハハッ、悪いのぅ。ブフゥ――ッ!! って、マズ過ぎじゃ! これは!!」
「カッカッカッカッ! 面白いように引っ掛かってくれる」
貰った水を口に含んだユグドラティエさんは、あまりのマズさに噴き出した。
どうもエルゼビュートさんの悪戯で古い水を渡されたらしい。
その後、新しい水を律儀に渡したのを見ると案外二人は仲良しなのかもしれないな。
「ふむ。これ以上長居をしてしまうと、どこぞのババアが暴走しそうだのう? ここらでお暇しよう」
「おう、帰れ帰れなのじゃ」
「セイジュ、また来るぞ。このババアが嫌になったら何時でも氷城に来るが良い。悠久の快楽をお主に与えよう」
『『セイジュ様、次もお会いできることを楽しみしています』』
三人は別れの言葉に続いて、俺の首筋に牙を立てるように甘噛みをする。
吸血鬼族の親愛の証なのだろうか。
そのまま細氷となった彼女達は、食卓を一周した後虚空に消えていった。
「さて! 坊や。先ほどエルゼビュートが言っておった血と精。特に精の部分について詳しく聞こうかのぅ?」
「ですね、お師匠様。貴重な物を頂きましたが、それ以上に愛人と言う言葉も気になります」
「まさかリムステラに続いて……ないよなぁ、セイジュ?」
「はぁ~。まぁ、若いから気持ちも分かるぜ? でもよ~、もうちょっと俺達に構っても良いんじゃね? やっぱ、浮気防止に毎晩搾り取っておくか!」
そこからが地獄の追求。
六十日間会えなかったこともあって、詰問の終わりが見えない。
根掘り葉掘り、洗いざらい喋った頃には日付が変わっていた。
それでもまだ足りないのか風呂まで付いて着て、今はなし崩し的に四人一緒にベッドの中だ。
そこでまた一悶着。
誰が俺の両サイドで寝るかの言い争いが始まり、決着が着いたのは空が白み始める頃だった……
「――ふふふっ、流石のセイジュ卿も妻達には弱いみたいですわね?」
「ですね。セイジュ様の弱点は、優し過ぎることですから……」
「いえいえ、男など妻の尻に敷かれるくらいが案外上手くいくものですぞ? かく言う私も妻と娘には頭が上がりませんからな!」
「ハハッ、確かにそうですね。私も妻には頭が上がりません」
眠たい目を擦りながら案内されたのは、貴族街にある化粧品屋の一室だ。
この店は俺が開発した化粧品を限られた者だけに提供する場所で、今となっては貴族達に欠かせないステータスになっている。
同じテーブルを囲むのは、マルゴー様にマーガレットさん、貴族に太いパイプを持つ商人ラスコンブさんに店長のボルニーさんだ。
四人は昨日あったことを聞くと、上機嫌に笑った。
ここに来た目的は、長期留守にしたこともあって化粧人の素材の補充。
冒険者ギルドからも定期的に納品はあるが、それでも不足しているらしい。
足りない素材を渡しながら、経営状況をヒアリングしてみた。
一番の問題は、会員希望者が後を絶たないらしい。
開店当初から会員数は倍近く増えているが、それでも間に合っていない状況だと。
支店オープンも考えたそうだが、肝心の材料が不足気味。
「支店は良い案だと思ったのですが、それだと全然素材が足りませんからなぁ……」
「そうですわね。この店の売りはあくまで最高品質の化粧品と贅沢な空間。それが優越感を生んでおりますの。無理に出店して品位を落とすわけにはいきませんわ」
「だったら、思い切って店を等級ごとに分けてみませんか?」
店のランクを分ける。俺の発言に四人は首を傾げた。
「いえ。僕は冒険者をやってますから、等級別けって当たり前ですよね? E級からA級みたいに。例えばですよ、通常品、高級品、最高級品を扱う店に等級別けして、最初は通常品のお店から通ってもらいます。支払った金額や店での態度に応じて、上の等級のお店に通えるか人物かを精査するのはどうでしょう?」
「成程……門戸は広がりますが、昇級には時間が掛かると。最高級の品はあくまで極一部の特権……しかし、通常品で希望者は満足するでしょうか?」
「最高級品と比べると明らかな質の違いはあると思います。でも、基本的な作り方は一緒ですし他の店には真似できないはずです。例えばこの店の頬紅は豊穣の森の真珠を砕いた物を使っていますが、通常品はロンディアの貝殻で代用できます。香水だって似たような花や果実を見つければ作れます。それに作り方を渡すので、ある程度魔法が使える者を雇って貰えれば僕に負担はありません」
「いけます!! これはいけますぞ、オーヴォ卿! 最高級品、ここを本店として二店だけ支店を出しましょう。新たな会員は上を目指して、惜しみなく金貨を払うはずです。先ずは支店を出す場所に目星を付けなくては! いや、代わりとなる素材探しか? むむ、従業員の教育が先か? 貴族相手となると、教育に時間が掛かるからのう……」
「ラスコンブ様がこうなっては、もう止まりませんね。セイジュ様、寝不足のところ申し訳ありません。今日は遅くまで付き合ってもらうことになりそうです」
「あらあら。セイジュ卿が来たら、面白いように話が進みますわね」
「流石です、セイジュ様。それでこそ、私の旦那様……」
例え話で言ったことがラスコンブさんの琴線に触れたようだ。
鼻息荒く次々と計画を練っていく。
ボルニーさんも成功を確信したのか、ワクワクしながら俺に残酷な言葉を掛ける。
そんな様子をマルゴー様は満足気に扇子を開き、マーガレットさんは嫋やかな笑みで俺を見つめていた――




