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フィンブルヴェルド山脈へ、死と孤独の都

 ――セレスさんの妹リムさんとの氷竜討伐も無事成功。

 別れ際に彼女からキスされたり、屋敷に戻ってセレスさんとガーネットさんに何があったか白状すると思わぬ展開が待っていた。

 初めてとは思えぬ積極性に圧倒されながらも、また一つ家族の繋がりが強くなったとしておこう。



(――これじゃ、まるで王様だな……)


 朝目が覚めると、両腕にセレスさんとガーネットさん。

 腕枕状態でピッタリとくっ付き寝息を立てている。

 二人は一糸も(まと)わず柔らかさとやきめ細かい肌がダイレクトに伝わり、艶髪(あでがみ)を撫でると(かす)かに吐息を漏らした。


「二人とも起きてください。そろそろ起きないと朝食に遅れますよ?」

「……んっ…もう少しこのままで……」

「そうそう……若旦那様の絶倫さに俺達寝不足だわ……ふぁぁ~あ」


 彼女達は一向に起きようよせず、甘えるように密着してくる。

 仕方がないので時間ギリギリまでこの雰囲気を堪能(たんのう)した。



 三人で食堂に行くと満面の笑みのユグドラティエさんと、真っ赤になったエルミアさんが先に着席。

『昨夜はお楽しみでしたね』や『次はエルミアじゃな?』とかセクハラ発言を連発するユグドラティエさんとは真逆で、エルミアさんは恥ずかしそうにチラチラ俺達に視線を送る。

 微妙な感じではあるが、今日からフィンブルヴェルド山脈を攻略することを伝え再びゲルマニアへ転移した。






 ――因みに、今回ツクヨミは影の中だ。

 先日の竜討伐で目立ち過ぎた為、一人で行動している。

 いくら地味な恰好(かっこう)をしていても、彼女の容姿はどうしても目立ってしまう。


 俺もフードを被り、冒険者ギルドを遠回りして山脈側の市門に向かった。

 案外、今頃リムさんは王城に招かれて英雄譚を語っているかもしれないな。


 意気揚々と語る彼女を想像しながら、山脈に立ち入った。

 灰色の空から雪が舞い落ちる山々は、いぶし銀の城壁のように立ちふさがる。


 以外にも周りに冒険者は多い。

 立ち入り禁止が解除されたからだろうか、こぞって同じ方向に進んでいる。



「兄さんも竜の素材目当てかい?」


 山奥を目指す最中、同い年くらいの冒険者から声を掛けられた。


「竜の素材? って、先日の氷竜討伐ですか? リムステラさんが全部回収してギルドに持ってったはずでは?」

「まぁあ、そうだけどよ。()しかしたら回収忘れとかあるかもしれねぇじゃん? (うろこ)の一個でも見つかったら、十年以上遊んで暮らせるぜ」

「それで、皆さん同じ方向に進んでいると……僕は凍らない滝、不凍大瀑布を目指してます」

「大瀑布だと! そりゃまた、難儀な所にお出かけだな。見たところ一人だけど大丈夫かよ? 『屠竜聖域』よりもっと奥だぜ?」

「ありがとうございます、大丈夫です。素材見つかると良いですね」

「おう、お互い気を付けて行こうぜ。竜が居なくなったことで魔物や動物が活性化してるし、暫くは絶好の狩り日和だ」


 道中男の話し相手をし、かつての聖域で分かれた。

 晴れ渡り山肌がむき出しになっていた場所も、今では雪が降り積もり一面の銀世界。

 この中で素材を探すのは大変だ。

 もっとも、氷竜の素材は全て回収済みなので徒労(とろう)になるだろう。


 更に北へ。

 俺以外全員が聖域を終着駅にしていた。

 一人分の足跡が延々と続き、降り続ける雪がその(わだち)を消す。

『マップ』のお蔭で迷うことはない。

 ひたすら孤独と風の音に耐えながら進むだけだ。




「――着いたか」


 歩くこと数時間。

 尾根の上から見下ろせば、目の前一面に水のカーテン。

 極寒の世界には似合わないほどけたたましい轟音(ごうおん)を立て、莫大な水が流れ落ちている。


 荘厳と雄大。

 決して凍ることのない本流以外、重力に逆らった水滴だけが凍り付きダイヤモンドダストになって煌めいていた。


 その美しい風景に息を呑みながらも、『マップ』検索をするとユグドラティエさんの言った通り洞窟がある。

 そこを抜ければ良いか?

 しかし、道などない。


 だったら、強行突破だ。

 大瀑布の対岸から、勢いを付けた飛行魔法で洞窟目がけて突っ込む。

 入口には結界が張ってあったのだろうか? パリンと言う音と共に転がり込んだ。



 洞窟は一本道。

 真っ直ぐ進めば出口は直ぐそこ。

 取りあえず、休憩がてらずぶ濡れの服を乾かしまだ見ぬ吸血鬼の始祖について思い耽る。


 吸血鬼と言うのだから、牙があって人間の血を好み日光を嫌う。

 銀と十字架とニンニクが弱点の、ステレオタイプなイケメンを思い描いた。

 蝙蝠や血で出来た武器を使い、灰になっても復活する不死。

 何ともファンタジーな生き物ではないか。


 この世界の吸血鬼族が思い通りの者かは分からないが、休憩を終えて洞窟を出た俺に待っていたもの……

 それは、猛吹雪だった。



 寒い。

 魔力の防御層をものともしない吹雪が俺の頬に叩きつけ、眼前は一メートル先も見えないホワイトアウト。

 この吹雪は自然界の物ではない。

 殺傷力のない魔法の結界だ。

 しかし目の前が見えない上、急激に体温を奪う空間に思わず立ちつくしてしまう。


 意識が飛びそうな吹雪の先に、誰かの気配がした。

 吹き荒ぶ雪の中に半透明の目と口が浮かび、直接頭に話し始める。

 幽鬼(レイス)の一種か?


『生ある者がこの地に入り込むとは何千年振りか? 何故(なにゆえ)貴様はここに来た?』

「この先にある永久凍土の都、氷の城の主に会いに来ました」

『我が主は生ある者には会わぬ。今日は見逃してやる故、速やかに帰られよ』

「そうは言いますが、『星』のユグドラティエさんの紹介で来ました。あなたの主、吸血鬼の始祖様にお目通し願います」

『ならん! 我が主は誰とも会わぬ。それに、今日はこの吹雪。生ある者には毒過ぎる。大人しく引き帰すがよい。日を改めよ』

「分かりました。また、明日来ます」

『……』


 俺は、(うなが)されるまま洞窟に戻った。

 ここは、不思議な場所で空気の流れはあるが吹雪は入り込まず快適だ。

 今日は追い返されてしまったけど、明日また行ってみよう。

 何となく屋敷に戻る気がせず、焚き火を横に夜を過ごした。



 そして、次の日。

 改めて洞窟を出ると猛吹雪は弱まり、それでも雪は纏わりつくように襲い掛かる。

 昨日と比べれば、我慢できる範囲だ。

 歩を進める先で、ザクッザクッと掘る音が聞こえる。

 目線の先には鎧武者。

 フルアーマーに覆われた空虚(くうきょ)な存在が、一心不乱に穴を掘っていた。

 リビングアーマー? デュラハンか?


「すいません、何をしてらっしゃいますか?」

『墓を掘っておる』

「墓ですか?」

『あぁ……かつて『勇者』に敗れた者。『精霊王』に敗れた者。『星』に敗れた者。何より孤独に敗れた者の墓を掘っておる』

「孤独……ですか? かつて、忘れられた者が一番悲しき者だと聞いたことがあります」

(しか)り。して、生あるお主は何故ここに来た?』

「氷の城の主に会いに来ました」

『笑止。我が君は孤独を知らぬ者には会わぬ。()く帰るが良い。それに、この怨念の中お主は進むことができるのか? 日を改めよ』

「確かに、この空間は人には無理ですね。また、明日来ます」

『……』


 明日も来ると鎧武者に告げると、何事もなかったように再び墓穴を掘り始める。

 見渡す限りの墓石には空間を歪ませるほどの呪いが立ち込め、いくら神の最高傑作でもその中を行くのは無理だった。


 再び洞窟に戻り、一夜を過ごす。

 揺らめく炎を見つめ、リビングアーマーに問われた孤独を知らぬ者の意味を考えながら微睡(まどろ)みに落ちていった。



 更に、次の日。

 三度目の洞窟を出ると吹雪は風雪となり、青空が広がっている。

 明瞭(めいりょう)な視界の先には微かに城が見え、太陽の光を反射。

 雪原を抜けおびただしい数の墓を背に、永久凍土の街の入口で二人の少女が待っていた。


『『――お待ちしておりました、生ある者よ。我らの女王がお待ちです』』


 生気を感じさせない絶世の美女は、青い顔を動かすことなく(つぶや)いた。

 二人の後に続き踏み入った街は、全てが氷で出来た不思議な造りだ。

 生命力に満たされた『ユグドラシル』とは打って変わった孤独領域。


 耳鳴りがするほどの静寂と、時が止まったような死の街に俺の足跡だけが響く。

 氷の街路樹を抜け、氷河の橋を渡れば城へと続く大階段が現れた。



『『これより先はお一人でお進みください。決して後ろを振り向いてはいけません』』

「後ろですか?」

『『はい。ここは既に現実と幽世(かくりよ)狭間(はざま)。生に執着ある者が、我が女王の宮殿にたどり着けることは決してないでしょう。それでは、ご武運を』』


 二人は、話は終わりだとばかりに顔を伏せ微動だにしない。

 そんな彼女達にお礼と別れを告げ、一段目に足を掛ける。

 見上げた目線の遥か先には氷の宮殿。

 すぅーっと大きく吸い込み、一歩目に力を入れた――

【5話毎御礼】

いつも貴重なお時間頂きありがとうございます。

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