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ドラゴン退治、貴女だけの英雄譚

 ――約束通りリムさんに槍を渡し、フィンブルヴェルド山脈を目指す。


 今回の氷竜がイレギュラーなことや、槍の性能がいまいちだったことも含め、不安はあるが大人しく彼女に着いて行った。



「――ぎゃはははー! マジウケる、セイジュ。走れ走れー、魔導士は走るのが仕事だし。ホント竜退治は地獄だし! ぎゃははははー、やりらふぃぃいい――ッ!!」

「氷竜がこんなにデカいなんて聞いてないし! リムさん、これを一人で相手すんのかよ!?」

「いや、本来の氷竜は小型種だし。ここまでデカいのはあり得ないし。それに、妙な魔力を内部から感じる的な~」


 山脈の中腹を全力疾走する俺とツクヨミ。

 後ろからは氷山よりも大きい氷竜。

 竜骨を覆う分厚い氷の層は、透明かつ(うろこ)のように波打つ。

 口からはブレスをまき散らし、巻き起こした雪崩(なだれ)と共に血眼で押し迫った。

 なぜ俺とツクヨミだけが氷竜に追われているかと言うと、時間を巻き戻す必要がある。




「――『屠竜(とりゅう)聖域』ですか?」

「えぇ。実はフィンブルヴェルドの中腹には竜種を弱体化させる結界がありますの。伝承では、大昔にそこで氷竜を絶滅させる大魔法が行使されたらしく、今でもその一帯は強力な魔素溜まりになっているらしいですわ」

「伝承や伝説は脚色されることが多いですが、そこもそう言った類の物ではないでしょうか?」

「アタクシも聞いた時はそう思いました。しかし実際見に行くと、そこだけ吹雪が止み空は晴れ渡っておりましたの。それに同行した魔導士も魔素量が異常だと言ってましたし、何よりあの(おごそ)かな雰囲気は間違いありませんわ」

「成程。で、僕たちがそこに氷竜を引き付ければ良いわけですね?」

「話が早くて助かります。アタクシも囮役(おとりやく)になりたいですが、生憎この雪原では思うように動けませんの。その点、魔導士の方々でしたら問題ないと思いますので……」

「分かりました。僕とツクヨミなら間違いなく(おび)き出せます。リムさんは『屠竜聖域』で待っていてください。後、本当にお一人で討伐するつもりですか? 死ぬ寸前までは手出し無用と?」

「えぇ……支援程度の魔法で結構ですわ。あくまで攻撃はアタクシ……これは、アタクシの矜持(きょうじ)に関わる問題。我がままを言って申し訳ありませんが、ギリギリまで手出しはご遠慮願いますわ……」

「そこまで覚悟があるなら、もう何も言いません。ご武運を……」


 これが顛末(てんまつ)だ。

 怒り狂った竜を導いた先に『屠竜聖域』がある。

 そこにはリムさんが待ち構え、万全の状態で戦いが始まる。

 もう数百メートル先には彼女の姿。

 その横を駆け抜けた時、彼女の英雄譚が始まるのだ。






 ――雪山と言うには、場違いな空間。

 ゴツゴツとした山肌に青い空。

 陽光降り注ぐ、切り取られた静寂の『屠竜聖域』。

 リムステラはただ待つのみ。

 瞑想し、極限まで集中力を高める。


(セイジュとツクヨミさんなら、必ずここに氷竜を誘き出してくれるはず。今日、アタクシはここで自らの呪縛(じゅばく)を解き放つ……『特級の妹』、『大公爵令嬢の妹』、『冒険譚の影に隠れる者』……全てを(くつがえ)してみせます……アタクシはアタクシになりますの)


 そう、リムステラは偉大過ぎる姉に常にコンプレックスを感じていた。

 どんなに武芸を身に着けても姉には敵わず、どんなに教養作法を深めようと姉と比べられる。

 だからこそ、家の威光から遠く離れ留学を決意。

 誰にも頼ることなく、一人ゲルマニアで研鑽(けんさん)の日々を送っていた。


 そんな時に、ひょいと湧いた氷竜の討伐依頼。

 今代に『竜殺し』の英雄は居ない。

 それ故、リムステラは英雄譚を求めた。

 眼前には、セイジュとツクヨミ。

 彼らがリムステラの横を通り過ぎれば、物語は彼女だけの物だ。



「リムさん――ッ!!」

「リムたん――ッ!!」


 二人の声が重なり、リムステラの横を駆け抜ける。

 スパンッとバトンタッチを打ち鳴らし、クルリと穂先が弧を描く。


 気力充分、覚悟完了。視界明瞭(めいりょう)にして直往邁進(ちょくおうまいしん)

 眼前に迫りくる氷竜は、標的をリムステラに変え必殺の剛爪を振りかざした。


「遠目で見たより大きいですわね。でも……どぉおおおせぇぃいいいいいいですわ――ッ!!!」


 振り下ろされる剛爪と打ち上げる白銀の穂先。

 ガギンっと鈍い音は、戦いの開始を知らせるゴングだ。

 ぶつかり合った攻撃は爆風のように衝撃波を放ち、竜の爪をはじき返した。


 初撃はリムステラに軍配が上がる。

 すかさず(ふところ)に潜り込み追撃の一手。

 されど、相手は竜種。

 理想的な一撃も竜鱗(りゅうりん)一枚傷つけるのが精一杯であった。


 氷竜とて(あなど)っていたわけではない。

 初撃で撃滅するはずが、はじき返された挙句(あげく)追撃を許した。

 自尊心に(わず)かに届いた攻撃は、蒼い瞳孔を縦長に収束させ激昂(げっこう)と同時に大口が開く。


「リムさん、ブレスが来ます。一旦下がって!」

「分かりましたわ!」


 鋭利な歯が並ぶ口から放たれるドラゴンブレス。

 絶対零度の咆哮(ほうこう)は周囲を凍り付かせるも、リムステラ自身はセイジュの魔法防壁によって無傷であった。


 一撃、二撃、三撃――『屠竜聖域』にセイジュとツクヨミのサポート受けたリムステラは、圧倒的優位な立場で氷竜を圧倒する。

 しかし、竜は健在。

 竜相手では、彼女の攻撃は非力過ぎたのだ。


 勿論、リムステラは全身全霊。

 身体強化の魔法とセイジュから貰った槍。

 それでも、竜と彼女の間には絶対的な差があった。


 足りない……圧倒的に足りない。

 竜を(ほふ)るには、これ以上の何かが必要なのだ。

 攻撃を紙一重で(かわ)す中で、必死に答えを探す。



 十撃、百撃――爪も牙も鱗も、傷だらけではあるがどれも致命傷には至らず。

 この間十分弱が永遠のように長く感じ、リムステラの確固たる決意に(ほころ)びが生じ始める。


 綻びから微かに入り込む迷い。

 じわりじわりと()み込むそれは、雑念を生み決死の攻撃を鈍らせた。

 疲労か逡巡(しゅんじゅん)か、勝敗の天秤は竜側に傾きつつある。


 竜種とて愚かではない。

 全ての種の頂点に立つ彼らは、蒼眼の奥でリムステラを観察していた。

 明らかにキレの悪くなった槍を見過ごすはずもない。

 一際大きな咆哮と薙ぎ払われる巨腕。


 今のリムステラに、それを弾き返す余裕はない。

 苦し紛れに飛び退いた動作、これが最も愚かな選択肢の一つであった。


 上半身に感じるとてつもない衝撃。

 大木で殴られたような、大鉈(おおなた)で真っ二つにされたような痛み――遠のく意識の中で彼女の目に映った物は、竜の背中であった。


「きゃあぁぁぁ――ッッッ!!」


 鳥ではない人間にとって、空中こそ無防備だ。

 薙ぎ払われた腕の勢いが収まらぬまま、ぐるりと身を(ひるがえ)して襲い掛かったのは分厚い氷の尾。

 遠心力を味方に付けた攻撃はリムステラにクリーンヒットし、響き渡る断末魔と砕け散る骨の音。

 折れた骨は筋線維を犯し、喉の奥に血がこみ上げる。



 ゴロゴロと土埃を上げ、聖域ギリギリまで吹き飛ばされた。

 どうやら彼女の下半身と上半身はまだお友達らしい。

 血反吐を吐きながら立ち上がった身体に、回復魔法の光が包む。


「リムさん、そろそろ僕達の我慢も限界です。協力して倒しましょう。達成金も素材も全部リムさんに譲ります。だから、これ以上無理をしないで!」

「お黙りなさいな!! お金や素材が欲しいわけではありませんの。これは、アタクシの矜持の問題ですわ!」

「リムさん……」

「セイジュには分からないかもしれません。常にお姉様と比べられ、日陰者として生きてきた人の苦悩が。でも、アタクシもドゥーヴェルニの人間。リムステラ・ドゥ・ラ・ラトゥール・ドゥーヴェルニとして決死の覚悟で挑んでますの――ッ!!」

「ドゥーヴェルニ? って、ことは貴方がセレスさんのいもう――」


 セイジュの声をかき消すように、リムステラの槍が(まばゆ)い輝きを放つ。


 現れるは、神代の神槍――穂先は愚直なまでに武骨で無頼。

 白銀に流れる青い波紋。

 槍柄には見たこともない聖印が浮かび上がり、暴力的に周囲の魔素を吸収し始める。


 セイジュがリムステラの本当の名前を認識した結果、性能は本来の姿に裏返る。

 未だ混乱するセイジュは急いで鑑定し、目を丸くしながら口を開いた。



 ――禍津魔素喰の槍――

 セイジュ・オーヴォ作の神話級武器。リムステラ・ドゥ・ラ・ラトゥール・ドゥーヴェルニが手にしたことによって、世界に認識された。周囲の魔素を喰らい尽くす魔槍。魔素が濃ければ濃い程の攻撃力は上昇し、穂先は使用者の意思で変形する。



「リムさん、その槍は周囲の魔素を取り込んで真の性能を発揮します。そして、今ここは『屠竜聖域』。即ち、竜殺しの空間です。今の貴女は竜相手に無敵だ! 誰でもない貴女自身の為に。貴女が貴方になる為に、神話を描けぇええええ――ッ!!!」


 セイジュの激励(げきれい)に、瞳に再び熱が灯る。

 伝説は神話へ、冒険譚は英雄譚に。

 青筋が立つしなやかな腕に収まる剛槍は、しっかりと氷竜を捉えていた――

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