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ゲルマニアギルド、問題と薄紅の冒険者

 ――ゲルマニアに着いた俺とツクヨミ。

 王都とは全く違う(よそお)いに驚きながらも、ブリギットさんのお使いを果たすべく冒険者ギルドを探す。

 街の人に道を聞きながら、やっと見つけたギルドの扉を開いた……



「――うわぁ、思った以上に人がいるね……」

「それな。とりあ、全員気絶させて良い?」

「うん、お願い。って、許可できるわけないだろ!!」


 重い扉を開いた先に待っていたのは、数多くの好奇(こうき)な目だった。

 ジロリと値踏みする目。

 フロアにごった返した冒険者は、見慣れない来訪者を歓迎しない。

 このギルドは酒場(パブ)のような物も併設されており、昼間から酒を(あお)る彼らは上機嫌に悪態をついた。


「僕ちゃ~ん。装備は立派だけど、ここはガキが来るところじゃないぜ~」

「そうそう。隣のお姉ちゃんも、そんなガキはほっといて俺達と遊ぼうぜ」

「ちょっと、そこの女! 私の男に色目使ってんじゃないよ! ダサいローブしか着れない低級のくせに」


 彼らの言葉一つ一つにツクヨミは眉をピクリと反応させるが、どうにか抑えてもらう。

 ()しかしたら、これは新参者への通過儀礼かもしれない。

 一悶着(ひともんちゃく)起こして、実力を認めてもらうアレ。


 しかし、問題は起こしたくない。

 受付嬢にブリギットさんからの書簡を渡して、さっさと出てしまおう。

 ため息交じりに受付に向かい、要件を切り出した。



「ゲルマニアの冒険者ギルドへようこそ。お帰りはあちらの扉からどうぞ」

「はぁ~、貴女も彼らと同じですか? ラトゥール王国のギルドマスターからドルンフェルダーさんに書簡を預かってきました。それに、僕も一応A級冒険者です」

「え~、坊やみたいな子供が? って、これ……」

「セイジュ……もう、いいや。気絶なんて生ぬるいし。全員殺そう……」


 ここに居るどいつもこいつも、地雷原でスキップをするのが好きなようだ。

 受付嬢でさえこの態度。

 言葉の節々に見える俺への(あなど)りが、ツクヨミの神経を逆なでる。

 問題は起こしたくない、起こしたくないんですよ……ツクヨミさん?


 まともに対応してくれない受付嬢の前に、書簡とギルドカードを置き数秒。

 彼女はチラリとカードに目を向け顔を強張(こわば)らせるが、男冒険者の乱入で邪魔をされる。


「――お前みたいなガキがA級なわけないだろ! それとも何だ? 王都のギルドは人手不足か? 金で等級が買えるのか? それによぅ……お前如きがグートエーデル嬢の受付を使うのは百年早いんだよ」


 バーカウンターから他の冒険者を押しのけて、凄い剣幕で接近する。

 丸太のように太い腕が俺の胸倉を掴もうとした刹那、抑えきれない激情がギルド全体を覆った。


「ぐぅ――ッ!!」

「ぶ ち 殺 す ぞ ゴ ミ ど も が!!!」


 あれか? 激おこぷんぷん丸ってやつか、ツクヨミさん?

 問題起こしたくないんだよ、マジで。


 時既に遅し。

 彼女の影から伸びた魔力が男を締め上げ、百キロを優に超えそうな巨体を持ち上げた。

 苦しそうな声を尻目に、影は全てに襲い掛かる。


 俺達に悪態をついた者。それを聞いて笑った者。見て見ぬふりをした者。たまたまそこに居た者。

 有象無象、受付嬢ですら関係なしに縛り上げられた。


 激情を(はら)んだ口上とは裏腹、虫の如き冷たい殺気を(まと)う魔力。

 後一ミリでも力を加えれば全員が輪切りにされる中、誰も声など発することはできない。



 とんがり帽子のつばから覗く色を失った青藍の瞳と、水を打ったような静けさ。

 しかし、その静寂(せいじゃく)はとある男の登場で破られることになる。



「――誰だ!? ギルド内で馬鹿でかい魔法を使う野郎は!! って、何じゃこりゃ?」

「へぇ? あーしの魔力に耐えれるなんてヤルじゃん」

「誰だお前ら? チ――ッ!!」


 奥から登場した男は異様な光景に目を見開くが、ツクヨミの言葉を聞いた瞬間後ろに飛び退く。

 だが、既に足元には()い寄る黒い影。

『フンスッ!』っと鼻息荒く床を踏み抜けば、激震と共に影の進攻は止まった。



 ツクヨミもこれ以上何かをする気はないようだ。

 彼は周りを確認すると、呆れ声で話し始める。


()()だけかよ? 情けねぇ……いや、すまない。大方こいつらの誰かがお前らに絡んだんだろ? で、お嬢さんがブチ切れたわけだ。ウチの風習とは言え、高くついたな」

「飼い犬の首輪くらいしっかり握ってろ、人間が。ちな、セイジュの言いつけがなかったら今日でこの国は地図から消えてたし!」

「えぇ! そこまで怒ってたの、ツクヨミ?」

「当たり前だし! 主と与えられた物を(けな)されて、我慢できる『六花』はいないし!」

「そうか……それは本当に申し訳ないことをした。こいつらに変わって謝罪する。すまなかった……」


 やはり、あのわざとらしい悪態はここの風習で間違いなかったようだ。

 しっかり頭を下げる男を見て、ツクヨミはやっと全員の拘束を外した。



「あーしのバイブスばくサゲだし、もう行こうよセイジュ。渡す物渡したでしょ?」

「あぁ、そうだった! グートエーデルさんと言う受付嬢に、ラトゥール王国ギルドマスターブリギットさんからの書簡を渡しました。ここのマスター、ドルンフェルダーさんによろしくお伝えください」

「いや、俺がドルンフェルダーなんだが……」


 まさかのご本人だったか。

 いや、まぁ普通にそうだよね。

 実力も風貌(ふうぼう)も、理知的な態度もギルドマスターの器だ。


「すいません、ご本人でしたか! 書簡の確認をお願いしますね。では、僕達はこれで失礼します」

「おい、もう行くのかよ。依頼は受けていかないのか? ここは王都と違って、常に何かしらの依頼があるぞ」

「いえ。実は待ち合わせをしていまして、余り時間がないのです。(しばら)くはこの国に滞在するので、機会があればまた顔を出しますね」

「お…おぅ、そうか……なら、気を付けてな。後、フィンブルヴェルド山脈には行くなよ。今は立ち入り禁止になってるからな」

「分かりました、ありがとうございます」


 そのまま俺達は、そそくさとギルドを後にした。

 待ち合わせなんてしてないし、時間も余っている。

 しかし、あれ以上ギルドに留まりたくなかった。

 何故(なぜ)なら、騒ぎを起こした直後から一人の好奇の目が俺達をずっと見つめていたからだ。





「――もし! そこのアナタ、少しよろしくて?」


 ギルドを出るや否や、後ろから声が掛かった。

 いや、よろしくないです……

 後ろからの声。

 即ち、俺達と同時にギルドを出てきた証拠。

 あのパニック状態を物ともしない人は、好奇の目を向けてきた人物と一緒だ。



 意を決して振り返ると、そこには目を見張る美少女。

 薄紅(うすくれない)のセミロングを胸元で二つ結びをし、紫苑(しえん)の瞳には気高い光。

 二十歳くらいか?

 身長より高い槍を持ち、腰には小型の弓を携える。

 まるで無双系ゲームキャラのような姿に見蕩れていると、彼女は再び口を開いた。


「もし? 聞いていますか?」

「あぁ、すいません。何かご用でしょうか?」

「はい。そちらの女性は、さぞかし高名な魔導士とお見受けします。先ほどのギルドの一件も、常人にはできぬ業……」

「その業を槍一本で(しの)ぐ貴女も、相当な実力者なのでは?」

「まぁ? あの距離で気付いていらっしゃったのですか?」


 ドルンフェルダーさんが言った『一人だけ』とは彼女のことだ。

 迫りくるツクヨミの影を一薙ぎで()なした傑物(けつぶつ)

 例え極限まで手加減したとは言え、ツクヨミの一撃に対応できたことは称賛(しょうさん)に値する。


「ドルンフェルダーさんが出てくるまで、貴女一人でしたからね。ツクヨミの攻撃に対応できたのは」

「ツクヨミさんとおっしゃいますのね。それに、アナタも相当の実力者とお見受けしますわ。素晴らしい……アタクシ、決めましたわ。御免あそばせ――ッ!」


 槍を振りかぶった彼女は、突如渾身の突きを俺めがけて打ち放つ。

 魔力の尾を帯びた彗星(すいせい)の一撃は、どんな巨悪も穿(うが)つだろう。

 だが、その一撃は俺の(ひたい)の前でピタリと止まった。


「……避け…ませんの?」

「避ける必要はありません。殺気が全くありませんし、仮に殺すつもりで打っても貴女が先に死ぬだけですから」

「そうそう。そんな(にぶ)い突きじゃ、当たる前にあーしが千回は殺してるし。こんな風にね?」


 圧倒的実力差を感じ取ったのか、冷や汗を流しながら問いかける彼女。

 そんなことを歯牙にもかけないツクヨミは穂先にデコピンをすると、槍は物の見事に砕け散った。


「あぁあああああ!!! 何てことしてくれますの――ッ!!!」

「何てことも何も、人間が先に攻撃してきたし」

「アタクシは貴方方の実力を試したかっただけですの! お姉様から貰った大切な槍ですのに、一体どうしてくれますの!?」

「いや、しらんし。殺されなかっただけでも、ありがたく思えし。いぇいいぇい」

「むぅ~。ちょっとアタナ! アタクシに殺意がないことを感じ取っていましたわね? 仲間の不始末どう落とし前つけてくれますの!?」

「はぁ~。まぁ、大切な物を破壊してしまいましたし、話すこともあったのでしょ? 僕達に手伝えることがあれば何でもしますから……」

「え……? 今何でもって言いましたわね?」

「えぇ、槍も弁償します。それに、この街には一人も知り合いがいませんし、これも何かの縁でしょう」

「ふふっ……じゃあ、行きますわよ!」


 彼女の思い通りになったのか、満面の笑みで両肩に手を置かれると、強制的に回れ右をさせれらる。

 目の前には、さっき出たばかりの冒険者ギルド。

 強引に背中を押され、再びその扉を開くことになった――

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