ゲルマニアへ、先ずはお使いを
――夕食を囲みながら妻達へのゲルマニア遠征報告。
セレスさんの妹さんのことは置いといて、吸血鬼族の始祖が隠居している場所を尋ねようと決めた。
暫く留守になることを冒険者ギルドに伝えに行くと、当たり前のようにギルドマスターブリギットさんの部屋に通される。
「――今しがたルリから聞いたんだが、ゲルマニアに行くんだってセイジュ君?」
「はい。成人したら色々な国を回ってみようと思いまして。ロンディアは行ったので、次はゲルマニにでも行ってみようかと」
「まぁ、君はA級だから止めはしないが愛しの妻達をほっといて良いのかい? 新婚だろ君?」
「目だけじゃなくて耳も良いのですね、ブリギットさん……でも、大丈夫です。転移魔法が使えるようになったので、夕方以降は屋敷に帰ります」
「ハハッ! 耳が早いのはルリの方だよ。そうか、なら安心だな。ゲルマニアに行くついでと言っちゃなんだが、コイツを頼まれてくれないか?」
「書簡ですか……?」
通された部屋で世間話をしつつ遠出する報告をすると、彼女は一通の書簡をテーブルに置いた。
「あぁ、コイツをゲルマニアの冒険者ギルドのマスターに渡してほしい。機密事項が含まれるのでな、普通に頼むより君に頼んだ方が安全だし早く着きそうだ」
「ゲルマニアのギルドにですか? う~ん」
「どうした、君らしくもない? 他国に行っても真っ先にギルドか教会に行くだろ?」
「いえ、それが……実は――」
渋る俺を見て、首を傾げるブリギットさん。
セレスさんの妹さんの件もあり、出来ればギルドに寄りたくないと伝えると、盛大に吹き出した。
「はっはっはっはっは!! 確かにそいつは難儀だな。でも、セイジュ君。冷静に考えてくれ。相手は君の人となりは知っていても、外見は知らないだろ? ゲルマニはね? その地形的特徴で大陸一冒険者が多いのさ。他国から来た冒険者なんて、例えA級でも人ごみに埋もれてしまうよ。それこそ、何の問題も起こさなければね?」
「勿論、問題なんて起こしませんよ。分かりました、これをギルドマスターに渡せば良いのですね」
「頼まれてくれて助かるよ。マスターの名前はドルンフェルダーだ。私の名前を出せば話は通ると思う。因みに、セレスの妹の名前はリム――」
「あー、そちらの名前は結構です。聞いてしまうと、強制的に出会ってしまいそうなので……」
書簡を受け取った俺は、急いで部屋を出た。
あそこで妹さんの名前を聞けば、変なフラグ立ちそうな気がしてならなかったのだ……
「――っつーわけで、今回は付き添いよろしくツクヨミ」
「りょ! って、マジあーしで良いの? エルミアとかセレスティア連れてけば良いんじゃね?」
「それも考えたんだけどね。ほら、あの人達全員有名人だからさ。大っぴらに連れて歩くと、何かと面倒事に巻き込まれそうなんだよ」
「それな。その点あーしら二人だと一介の冒険者に見えるわけね」
「そうそう。影に潜んでもらっても良いんだけど、あくまで二人組の冒険者パーティーって設定でいこうかと。それに、新しい衣装も似合ってるよ」
「きょコは最&高だし! 今のあーしどちゃくそ魔導士っぽくね? あざまる! セイジュ」
北門を抜け、ゲルマニアに向けて出発した俺達。
今回の旅の付き添いはツクヨミだ。
彼女は、黒のローブにつばの広いとんがり帽子。
見た目は地味な魔導士だが、侮ってはいけない。
ローブも帽子も豊穣の森の素材が使われた伝説級装備だし、何より彼女自身が闇の上位精霊と言う規格外の存在だ。
そんな彼女を引き連れて、ゲルマニアに向かう乗り合い馬車に乗った。
「……ねぇ? セイジュ。あーし今過去一不愉快なんだけど?」
「気持ちは分かるけど、間違っても殺さないでくれよ?」
馬車に乗った瞬間からツクヨミの機嫌は目に見えて悪くなった。
それもそのはず。
同乗した男達の不躾な視線が彼女を舐め回すように見つめ、声を掛けてくる者までいる。
ローブ越しにでも分かる健康的な曲線に、青藍の瞳と小麦色の肌。
虹色のエクステを付けたブロンドベージュの髪が帽子から覗けば、絵に成る程美しい。
しかし、俺を主と決めた彼女にとってこの空間は不快以外何物でもない。
押えきれない闇の魔力が漏れ出すと、一人の男が御者に声を掛けた。
「す…すまねぇ、御者さん。俺体調悪いみたいだわ。ここで降ろしてくれてかまわねぇ。王都までまだ近いからよ。自分で何とかするわ」
「お…俺もここで降りるわ。さっきから寒気がして、どうにもならない。別の馬車を探すから先に行ってくれ」
闇の魔力に当てられた男達は、ゾロゾロと馬車を降りる。
残されたのが俺達だけになると、彼女の機嫌は直ったようで足を投げ出し楽な姿勢になった。
「ふぅ~、やっと快適になったし。ほんとセイジュの言いつけがなかったら、生きたまま地獄を見せてやりたかったし」
「いやいや。まぁ、我慢できないことがあったら影に戻ってくれて構わないからね」
「ん~。そうはしたいけど、折角セイジュとの二人旅だし。わちゃわちゃデートしてこ?」
そう言ったツクヨミは、俺に腕を回し屈託のない笑顔を向ける。
そのまま馬車は中継地点まで着き、降ろされた俺達は次の馬車を待つことになる。
中継地点と言うこともあり、周りは野営に特化した作りになっている。
ここで野営をしても良いのだが、転移魔法で屋敷に帰り明日に備えることにした。
そして、次の日。
馬車を待つ俺達に、商隊の一団から声が掛かった。
どうも彼らはゲルマニアに向かうらしい。
護衛を条件に冒険者を拾っているらしく、お言葉に甘え荷台に乗せてもらった。
「え? 今の話は本当ですかい? ロンディアのリッジビュー商会と親交があると?」
「はい。特級冒険者セレスさんの付き添いで、ロンディアに帰るディグビーさんを護衛しましたよ。途中でブショネ盗賊団を討伐したりと、中々忙しい依頼でした」
「確かにリッジビュー商会は、毎回特級冒険者セレスに依頼を出してましたね。それに渓谷を根城にしてた盗賊団も討伐されたと聞きました。いやはや、まさか件の英雄の一人にお会いできるとは……」
「英雄ですか?」
「えぇ。ロンディアに向かう渓谷は、我々商人にとって死地の一つなのです。それが、今や盗賊は倒されロンディアの冒険者ギルドが渓谷周りを定期的に警備しています。以前と比べて王都、ロンディア間の物流は大きく発展しました。これは、物語にもなってますね」
「セレスさんの冒険譚ですか……」
「かくいう私も、彼女の冒険譚を楽しみにしている一人でしてね。って、降ってきましたね。防寒具はお持ちですか?」
馬車に揺られて行く内に、周囲の景色は変わっていった。
王都と比べて気温は下がり、乾燥した空気に空からは白い雪。
ハラハラと舞い落ちるそれは掌で溶け、吐く息は煙のように湯気を立てる。
「雪か? 久しぶりに見たな」
「ゲルマニアは大陸でも有数の豪雪地帯です。今の時期はまだ少ない方ですが、あと数ヶ月もすれば完全に雪に閉ざされてしまいます」
「だからこそ、今の内に商品を売りに行くわけですね?」
「えぇ。私達は売れる物を売り切ったらさっさと帰るので、貴方も帰られなくなる前に早めに出ることをお勧めしますよ」
「ありがとうございます。ツクヨミも大丈夫? 寒くない?」
「ぎゃははは! あーしらに環境なんて関係ないし。山の上だろうが海の底だろうが意味ないよ。それに、こうやってくっ付いてたら飛ぶぞ? 魔素が気持ち良すぎてヤバみが深い……」
「ははっ、だったら好きなだけくっ付いてれば良いよ」
更に馬車は進む。
彼らは野営を繰り返し、十日以上掛けて目的地に着いた。
俺達を途中で拾ったことは、幸運だっただろう。
道中一回も魔物に襲われていない。
何故なら、ツクヨミから出る闇の魔力が最大の抑止力となり周囲の魔物を遠ざけているからだ。
これには商隊も不思議がっていたが、無事の到着をお互い喜び別れた。
――ゲルマニアの街並みは、王都と比べて何もかもが違っている。
雪を積もらせない為に屋根は三角やドーム状。
街道には凍結防止の魔道具が設置され、溶けだした雪は側溝に流れ込み小川のように街外に放出される。
時より針葉樹や屋根からドサドサと雪が雪崩落ち、頭に落ちてきた時などツクヨミに笑われてしまった。
遠くに見える王城の背後には、灰色の空に包まれた大きな山脈が見える。
あれが、フィンブルヴェルド山脈か?
まだ見ぬ吸血鬼の始祖を思っていると、ツクヨミが口を開いた。
「とりま着いたけどどうする?」
「先ずは、ブリギットさんのお使いを済ますかな? ここの冒険者ギルドに向かおう。今の時間帯なら冒険者も少ないだろうし、セレスさんの妹さんに会う確率も少ないと思う」
「あぁ~、セイジュ。そう言うフラグめいたこと言っちゃう~? 完全にヒロインに会うフラグ立ってんじゃん」
俺の記憶領域からゲーム知識を得たのだろう。
フラグとかヒロインとか言ってるが、スルーしてギルドに向かう。
街の人に場所を聞きながら着いた場所は、思った以上に大きな建物だった。
王都のギルドと同等、いやそれ以上に大きいかもしれない。
重い扉を押し込み、ギィっと言う音と共に足を踏み入れた――
【5話毎御礼】
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