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五人の食卓、ゲルマニア談義

「――え~、ゲルマニアに行くのかよ? 折角夫婦になったんだから、もっと一緒にいようぜ」


 ユグドラティエさん、エルミアさん、セレスさん、ガーネットさん、四人と夫婦になって数週間。

 ある程度生活が落ち着いてきたところで、俺は遠征の話題を出した。


 四人と食卓を囲む中で、一番最初に不満を漏らしたのはガーネットさんだった。

 普段はセレスさん寄りのメイドをしているが、食事だけは妻として一緒に食べるようにしている。

 他のメイドから不平は出ず、(むし)ろ俺が屋敷にいる時は積極的に二人きりにさせようとする始末だ。



「元々他の国には行ってみたかったですし、これでも成人まで待ってたのですよ?」

「でもセイジュ君、ゲルマニアは王国から遥か北だよ。往復だけで何十日も掛かっちゃう……それはそれで寂しいよ……」

「アタシは先輩冒険者として付いて行くいくけど、確かに残される側は寂しいよな」

「ちょっと、セレス? 何で付いて行くこと前提なの?」

「お! セレスティアが付いて行くなら、メイドとして俺も付いて行かないとな?」

「まぁ、可愛い子には旅をさせよと言うじゃろ? たまには一人旅でもして、羽を伸ばすのも必要じゃ」

「い…いえ……皆さん僕転移魔法使えるようになりましたから、夕ご飯には一旦帰ってきますよ? もしかしたら、気分で野営とかするかもしれませんが」


 しんみりしている雰囲気の中申し訳ないが、俺にはユグドラティエさんから教えてもらった転移魔法がある。

 それさえ使えば、普段通りの生活が出来るのだ。

 何だったら、毎日連れ添う人を代えることだって余裕。


「はぁ~、相手がセイジュ君だと言うこと忘れてたよ。心配する必要全くなかったね」

「毎日帰ってくるのかよ。なら、無理して付いて行かなくていいな」

「俺も仕事しながら待ってるわ」

「坊や、本当に毎日帰ってきて良いのかのぅ? 旅先で(めかけ)の一人や二人作るのは、貴族の(たしな)みじゃぞ?」

「そんなことしませんから!! それに、ここには大切な人が待ってますから!」

「そ…そうじゃな……」


 思わぬ俺の切り返しにユグドラティエさんは面食らい、それを隠すようにワインを(あお)る。

 ユグドラティエさんって、普段は飄々(ひょうひょう)としているのにストレートな愛情表現に弱いよな。

 グラス越しに目が合うと、恥ずかし気にプイッと横を向いた。



「そう言えば、ゲルマニアに行くってことはセレスの妹にも会うつもり?」

「うっ!」

「そうだな。あいつも冒険者やってるし、ゲルマニアのギルドに行けば会えるんじゃね?」

「ううっ!!」

「あぁ、以前セレスさんの妹さんがゲルマニアに留学しているって言ってましたね? セレスさん、よろしければ妹さんのお名前を――」

「――言いたくねぇ……」

「セレス……さん?」


 そういや、ゲルマニアにはセレスさんの妹がいるはずだ。

 ちょくちょく話題には出てたし、これを機に彼女の名前を尋ねたが、セレスさんは拒絶した。

 まさか仲悪い? ()しくは公にできない秘密があるとかか?

 (うつむ)いたままの彼女は、話を続ける。


「セイジュに会わせるのは危険だ」

「ん?」

「アイツと離れてから、手紙のやり取りは何年も続いている。勿論ガーネットが治ったことや、オマエが男爵になったことも伝えている。『トランプ』も、化粧品も、ロンディアに行ったことも一緒に住んでることだって伝えた」

「はい、ありがとうございます?」

「そしたら、アイツセイジュに興味津々で年明けには帰ってきて、オマエに絶対会うって書いてあったんだよ! あぁ~、アイツの性格のことだ。間違いなく()()()になる気満々だ!!」

「それって、つまり……」

「そう。つまりは、セレスティアの自爆ってわけだ。坊主と過ごす日々が楽し過ぎて、手紙の内容は何時も坊主の話題ばかり。最早惚気(のろけ)と言って良いほどの内容に、妹にも火が付いたのさ」

「それに、オマエのことだ! アタシが教えなくても、絶対に知り合う。いいや、知り合うどころか深い仲になるだろ! 間違っても、ギルドに顔なんか出すんじゃねぇぞ。セイジュ今からでも遅くない……隣のマルドリッド帝国にしとけ?」


 ナーバスな事情なんて全くなかった。

 ただセレスさんが妹さんに俺を自慢したあまり、過度の期待を寄せられているらしい。

 それこそ、年明けには押しかけ女房になりそうだと。

 夫婦になったことは伝えてないのかな?

 もしかしたら、まだ手紙が届いていないのかもしれない。


「でもセレスさん、僕達が夫婦になったことは伝えてないのですか?」

「その内容は、この間出したばっかりだからな。そろそろ着いてると思う。だけど、アイツがそんなこと気にするはずがない」

「分かりました。もしそういう事態になったら、こちらからはっきりお断りしますね」

「だったら良いけどな~。セレスティアの妹は強引で有名なのさ。それこそ断られでもしたら、今度はメイドにでもなってウチに押しかけて来そうだぜ?」

「ははっ……これって、もう詰んでるんじゃあ……」


 取りあえず、セレスさんの妹さんには会わない方が良さそうだ。

 ゲルマニアに行っても、冒険者ギルドには立ち入らないようにしよう。


 しかし、妙だな?

 こう言った色恋沙汰に敏感(びんかん)なユグドラティエさんが、さっきから無言だ。

 両腕を組み、何か考え込んでいる。

 言うか、言うまいか。

 そんな素振りだ。



「さっきからどうしたんですか、お師匠様? ずっと考え込んでますが。そんなにセレスの妹のことが気になりますか?」

「ん? いや、あ奴のことはそこまで気にしておらんのじゃ。間違いなく坊やと出会うじゃろうて。寧ろ、ゲルマニアに行くのなら紹介したい場所があるのじゃが……う~ん、どうしたものか……」

「ユグドラティエさんにしては、歯切れが悪いですね? そんなに危険な所なのですか?」

「危険と言えば危険なんじゃが、坊やなら大丈夫じゃろう。しかし、別の意味で問題が起きそうでのぅ?」

「何だよ? いやに勿体ぶるじゃねぇか。ユーグらしくねぇぞ? 何時もみたいに軽く言えば良いだろ」

「そうか? なら、教えてやるのじゃ。実は、ゲルマニアのフィンブルヴェルド山脈奥に吸血鬼族の始祖が隠居しておるんじゃよ」

「「「は?」」」


 ユグドラティエさんの言葉に、俺以外の皆が凍り付く。

 吸血鬼ってあれか?

 人間の血を飲んだり、蝙蝠(こうもり)に姿を変えたりする魔物。

 吸血で眷属(けんぞく)を増やす、夜の王とか呼ばれてる長命種だ。


「お…お師匠様……今の話は本当ですか? もしそうなら、世紀の大発見ですよ……」

「あぁ……遠の昔に滅んだはずの一族の長が実在するとなると、全冒険者が殺到するぞ?」

「いや、でも始祖っつーくらいだから相当ヤバイ奴だろ絶対……」

「興味本位で突くのは止めておくのじゃ。アマツでさえ、諦めた奴じゃぞ? 例えお主達であっても、歯は立たんじゃろうな」

「『勇者』アマツさんが諦めるって、ユグドラティエさんやティルタニア様並みってことですか?」

「全盛期ならそうかもしれんが、もう随分昔のことじゃ。今はどうなのか、予想もつかんのぅ?」


 いや、完璧ヤベー奴だろそれ。

『勇者』が討伐を諦めた、『星』と同程度の実力を持つ怪物。

 それが歴史舞台から消え、今も尚山奥で隠居してるのは常軌(じょうき)を逸している。


「ユグドラティエさんは、どうして俺にその方を紹介しようとしたのですか?」

「まぁ、不死って奴らはどうしても孤独でのぅ。我もそうだったように、坊やとの出会いが良い切っ掛けになるかもしれん。期待半分、興味半分っと言ったところじゃな」

「そんなの危険過ぎます!! 仮にもお師匠様に届く存在、セイジュ君を会わせるわけにはいきません!」

(ちな)みに、その山脈のどこにいらっしゃるのですか?」

「おい、セイジュ! オマエまさか行く気じゃねぇだろな!?」

「山脈の中腹に凍らない滝……不凍大瀑布がある。その滝裏にのぅ、洞窟があるのじゃ。そこを抜けた先には永久凍土の都。氷の城の玉座にそ奴はおるのじゃ」

「分かりました……」

「おい、坊主。って、この顔は会いに行く気満々じゃねーか! 良いぜ良いぜ。俺達に止める権利はねぇ。退屈に押しつぶされそうなご隠居の顔をぶん殴ってこいよ。後は、どうにでも成れだ!」


 自分の実力を試してみたいと言う気もある。

 しかし、それ以上にユグドラティエさんの期待に応えたくなった。

 理由は、それだけで十分だ。

 まだ見ぬ始祖を目標に、狩りと傭兵の国ゲルマニアへの遠征を決心した――

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